アジア・ドイツ読書日誌と
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アジア読書日記
インド
底知れないインド
著者:広瀬 公巳 


 2024年9月出版であるので、私が接したインド論では、現状最も新しい出版である。著者は、元NHK記者でニューデリー支局長を務めた後、出版時点では近畿大学の教授となっている。内容的には何度も触れてきたこの国の様子が中心であるが、最新のインド評価ということで、気が付いた点を書き残しておくことにする。

 まずは、2023年9月のニューデリーで開催されたG20会議で、モディ首相が自国名を「インド」ではなく「バーラト」という名称を用いたという話から始まる。英国による呼称から、自国語による呼称に変更した(憲法にも、この名称を併記したという)ことに、インドの自負が示されているということであるが、これが今後国際メディアなどを通じて一般化していくかどうかが、今後の関心であろう。

 こうしたインドの現状。経済成長著しく、GDPは近々日本やドイツを越えて世界第三位となるのは確実であるが、引続き国内に多くの貧困層や低い識字率といった格差を抱える階級社会。外交的には、世界最大の民主主義国家として、西側民主主義国と一定の関係を持ちながらも、中露といった権威主義国家ともそれなりの関係を維持するという柔軟な政策をとり続ける。こうしたインドは、日本にとって、政治的、経済的、そして(移民受入れを含めた)社会的・文化的にも重要な相手国である。当然、そうした相手国の姿勢を念頭に置いた対応が必要とされる。

 そうしたインドの多面性を、著者は、新空港や地下鉄といったインフラ整備が進む(しかしテロ対策から警備は厳重である)バンガロールのルポから始め(私がこの街を最後に訪れたのは、2019年頃だったと思う)、郊外の古都マイソールなどを訪れている(ここは、私は行くことがなかった)。バンガロールに象徴されるインドの成長を支えているのが、2014年以来の長期政権を維持しているインド人民党のモディ首相である。

 しかし、このモディも、2024年の総選挙では、事前に圧勝が予想されていたにもかかわらず、結果は大きく議席を減らし、地方政党との連立で何とか政権を維持したという。これは小選挙区制(及び一部は、対イスラム強硬政策への反発)の故であり、その意味で現在のモディ政権(ネルー以来、初めての3期連続での首相就任ではあるが)は、日本の自民党政権と同様、連立政党や野党にも気を配る必要のある政権運営を行わざるを得ないということは、認識しておく必要がある。

 インド系移民の有名人が取り上げられている。ザンジバル出身のソロアスター教の家族のもとに生まれたクイーンのF.マーキュリーから始めているのはご愛敬であるが、英国79代首相のスナク(ヒンドウー教徒)や、ロンドン市長のS.カーン(イスラーム教徒)、米国ではハリス元副大統領や、N.ヘイリー国連大使、世銀総裁のA.バンガ等々。そしてインド自身が、2023年、2024年と続けて開催された「グローバルサウスの声サミット」を主宰するなど、途上国をまとめるような国際会議を主導している。もちろん、こうした参加国が多い会議は、なかなかまとまらないようではあるが、その意気込みは注目される。

 国内経済関係では、アップルをはじめとした米国IT企業(GAFA)のインド進出が注目される。ここでも、グーグルのピチャイCEOやマイクロソフトのナデラCEO等インド系の経営者がこうした進出を推進している。もちろんこの分野は日本企業も熱心で、シンガポールに赴任した知合いが、そのままインド駐在に横滑りしたり、日経新聞等でも、最近の矢崎工業などの自動車部品メーカーのインド進出が報道されている。中国との緊張や、日本への親近感、人口大国としてのインドの潜在力など、日本がこうした動きを進めるのは十分理解できる。もちろんスズキのように、現地で成功するのは簡単ではないであろうが・・。

 シーク教指導者殺害を巡るカナダとの紛争、モディの後継候補とされる何人かの有力政治家(内相のアミット・シャ―や、ウッタル・ブラデーシュ州首相のヨギ・アディテアナート等)。また中国との関係は、国境紛争(2020年6月には北部ラダック地域での武力衝突で45年振りの死者が発生した)や「一帯一路」を巡る緊張やインド亡命中のダライ・ラマ14世とその後継問題など、軋轢も多いが、それにもかかわらず、モディは結構頻繁に習近平と面談している。そしてソ連との関係は、従来からの武器輸入や核開発して支援といった歴史的経緯もあり、ウクライナ侵略に対する非難は最小限に留めている、というのも、よく知られている通りである。他方で米豪日とのQUADに参加したり、ASEANや中央アジア諸国との関係強化も進めており、相変わらずの「柔軟外交」はインドの特色であることも言うまでもない。そして最後に日本との関係。インド映画「RRR」が日本でも評判になったことを挙げて、インド文化の日本への浸透と、その逆のインドでの日本への関心拡大等が報告されている。インドで長く活動する日本人仏教徒や北海道で馬の調教に携わるインド人等。もちろんどこの国ともそうした関係はあるのだろうが、私自身の自宅近所でのインド(あるいはネパール)人経営のカレーレストランの増加など、インドとの関係の進行は、それなりに日常的な感覚になっていることもその通りである。

 ということで、改めてインドの現状を確認することになった、気楽に読み進めることができる新書であった。

読了:2025年11月30日