インド沼
著者:宮崎 智絵
インド宗教社会学者による2024年8月出版の新書で、図書館で見つけて読み始めたら結構面白く、フリーマントルの下巻を放って先に読了することになった。
インド映画は、大昔に観た「サラーム・ボンベイ」以降ご無沙汰した後、時々耳にする「ボリウッド・ブーム(?)」もあり、少しずつ最近の作品を観始めているが、まだ数はそれほど多くない。しかし、ここで紹介されているとおり、日本でも公開されているインド映画はまだ相当数がある。副題が物語るように、著者は最近のインド社会の様子を、そうした映画作品を通して紹介している。
まずはインドの歴史解説から始まるが、ここでは16世紀のムガール帝国時代を舞台にした「ジョダー・アクバル」という作品が紹介されている。モスレム国であったムガール帝国の皇帝アクバルの政略結婚を描きながら、彼がヒンドゥー教徒等の異教徒にも深い配慮を払い、民族・宗教融和を図っていたとされるが、こうしたインド中世史は、機会があれば観ておきたいという気にさせられた。そして英国植民地時代を取上げた作品としては、18世紀末、英国による支配への抵抗を扱った「ダグス・オブ・ヒンドゥスターン(2018年)」という作品もあるようだが、特に取り上げられているのは私も観た「RRR」。これは英国支配下で「インド帝国」が形成された19世紀初めが舞台になり、英国総督府に対する闘いが主題の一つであるという。当時の評を読んでみるよ、確かにそんな作品であった。そして戦後のインド独立前後では、これも以前に観た「ガンジー(1982年)」が取り上げられている。こうした映画に映されるインド現代史についてのコメントは復習の領域である。
以降、「カースト」や「恋愛・結婚/家族関係」、「宗教」、「教育」、「海外インド人」、「スポーツ」等々のテーマ毎に、現代インドの様子が、それに関連した映画と共に紹介されていくことになる。現代史のコメントと同様に、夫々のコメントは、限られた私自身のインド体験も含め、それなりにイメージが出来ている話がほとんどである。しかし、そうした様子が具体的に映されている映画と共に紹介されると、是非観ておきたいと思われる映画も散見される。以下、そうした作品を中心に備忘録も兼ねて記載しておく。
まず「カースト」であるが、現代のインド憲法では「カーストを原因とする差別は禁止され、不可触民制は廃止されているが、カースト制そのものの廃止は規定されていない」という指摘の下、それを素材にした作品の幾つかが紹介される。その中で直ぐ手に入りそうなのは、「きっと、うまくいく(2009年)」という作品で、これは3人の青年が、カーストの制約の下で理想を求めていく姿が描かれているという。また特定の「指定カースト」優遇といった「逆差別」を取り扱った「ヒンディー・ミディアム」という作品も面白そうである。もちろん日本を含めどの国でもこうした身分制の残滓は多く、「法の下の平等」とはいうものの、それなりの階級が再生産されていく実態は簡単には変わらない。しかし、インドのそれは特に社会意識の中に根を下ろしていることから、ある意味、「永遠の課題」であり、映画に使われることも多い、ということであろう。その一つの表現としてこうした作品は観ておきたい。
インド映画について、多言語国家であるが故に、製作映画の言語が、ヒンドゥー語(ボリウッド)、タミル語、テルク語(トリウッド)等々と異なっているというのは、今まで全く意識していなかった。因みに最近は、タミルやテルクといった南が元気だという。またボリウッドの俳優は「ムキムキ系」が多いのに対し、「トリウッド」等は「ぽっちゃり系」が多いという指摘にも笑ってしまう。
恋愛・結婚・家族といったテーマは、どこでも映画の一般的なものであるが、インドのそうした社会習慣が、変わりつつあるとはいうものの、基本家父長的、大家族的、保守的であることから、あまり面白みはない。この範疇は無視することにする。
宗教面では、死期を悟った老人が家族の反対を受けながらもヒンドウーの聖地バラナシに赴く姿を描く「ガンジスに還る(2017年)」を抑えておこう。時々TVの国際ニュースでも報道される集団でのガンジス沐浴の社会意識を知る点で参考になるかもしれない。またインドではすたれた仏教に、(紀元前ではあるが)帰依したアショカ王を取上げた「アショカ(2001年)」や、ヒンドウーとモスレムの宗教対立を直接取り上げた「ボンベイ(1995年)」や「ヴィール・ザーラー(2004年)」等も、手に入るかどうかは分からないが、一応書き留めておこう。
インドでのトイレや生理事情を詳しく説明する著者の熱意は買うが、これは余り気分が良くないのでこの関連映画は飛ばし、「教育」事情に移る。優良校への受験競争が激しいのはどのでも同じであるが、格差社会のインドではそれは一層深刻で、それは映画の素材にもなる。「カースト」部分で前述した「ヒンディー・ミディアム(2017年)」や「きっと、うまくいく(2009年)」、ここで新たに紹介される「スーパー30,アーナンド先生の教室(2019年)」等がそれを扱った映画であるという。また「貧困」問題では、私も以前に観た「スラムドック・ミリオネーラ」の他に、「ガリーボーイ(2018年)」が紹介されている。後者は、スラム生まれでラップの人気者になった男の実話を描いているとのことであるが、これは音楽的に興味がないので、また「スポーツ」関係でも、スラム出身で実在のクリケット選手の半生を扱った作品もあるが、これも無視することにする。更にチャイを売る生活からのし上がった映画監督の少年時代を描いた作品等も飛ばしてしまおう。因みに現首相のモディも、グジャラートの駅でチャイを打っていた父親を手伝っていたという話しもここで紹介されている。ただ「女神は二度微笑む(2012年)」というサスペンス映画は面白そうである。
その他、英米日本の映画の「パクリ」物など、多くのインド映画が紹介されているが、ここで記載した作品を探して観るだけでも結構な時間はかかりそうである。それにしても、流石インド研究者であるだけあって著者のカバー範囲は広く、またそれを素材にしたインドの現在についての記載も軽妙でたいへん面白く読めた新書であった。また各所にあるコラムで、自らのインドでの個人的体験に触れているが、これも微笑ましいコメントが多かった。依然女性へのレイプの報道もある中、日本人女性が一人で、果敢に一般の列車や田舎の宿に宿泊する気合にも敬服する。こうした人々の努力により、インドが日本でももっと親しい国となり、政治的、経済的、社会的な関係も強化されることを期待している。
読了:2025年6月15日