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入門 東南アジア近現代史
著者:岩崎 育夫 
 既に、シンガポールに関する著作をいくつか読んでいる著者の最新作であるが、今回は東南アジア全体を俯瞰する新書を刊行した。「近現代史」とあるが、土着国家の成立から、それが近現代に至り、西欧列強の植民地化を経て「近代国家」として成立していく過程を辿っている。そうしたこの地域の歴史を「多様性の中の統一」という言葉で象徴しながら、土着国家の伝統と、新たな国民国家が相互に影響しあいながら、新たな形を求めるこの地域の歴史をまとめている。それは頭の整理をする上では、確かに役にたつが、他方で個々の記載には、特段目を引くものはなく、その意味で、軽く読み流せる程度の作品というのが正直なところである。従って、ここでは個々の事実よりも、東南アジアに対する著者の大きな見方を確認することを中心に見ていくことにしたい。

 まずこの地域の民族、宗教、言語、文化の多様性の歴史的要因として挙げられているのは、次のとおりである。「東南アジアはいくつもの中・小規模社会に分節していることが特徴の一つであり、(中略)東南アジア各地で自生的、自律的に土着国家が誕生したとはいえ、外部世界の高度な思想体系を持った宗教文化や政治システムが伝わると、それを受容する受け手の地域となった」こと、そして私の解釈を加えると、そうした外部(特にインドと中国)の影響の受容と維持が、夫々の土着国家で異なっていたということである。結果的に、そこでは土着国家が、明確な国家領域をもたない「マンダラ国家」として膨張・縮小を繰り返すことになり、この地域全体を統一する「帝国」的秩序が生まれなかったことが、その多様性の最大の要因であると考えられる。またその中で発展した都市は、主として古代から多くの民族が往来する「国際貿易都市」で、そこでは、様々な民族、宗教、文化が交錯する場所となったのである。

 こうした古代国家が変質するのは、言うまでもなく、16世紀に欧州列強の東南アジア進出が始まってからで、19世紀末までには、タイを除くすべての国が植民地となる。そしてそこで明確な国境線を持った植民地国家が成立すると共に、資本主義経済が導入され、また国家レベルでの多民族社会が誕生することになる。それが独立後のこの地域の秩序となっていったことも、良く知られているとおりである。

 この植民地時代は、世界の他地域の植民地と同様、欧米列強の収奪の時代であり、その内容には立ち入らないが、ここでは世界のGDPにおける、中国、インド、日本を除くその他アジアの比率が、1500年の12.7%から、1950年の6.8%に縮小している、ということだけ示しておこう。こうした収奪の統計的資料として興味深い。

 列強からの独立支援という名目の陰で、実際にはこの地域の資源収奪を目指した、第二次大戦中の日本による軍事支配の時期を経て、戦後の独立運動の時期に入っていく。ここで頭に入れておくべきは、戦後直ちに独立を達成したインドネシア(1945年8月)、ベトナム(1945年9月)、フィリピン(1946年7月)、ミャンマー(1948年1月)と、独立まで時間を要したカンボジア・ラオス(1953年)、マレーシア(1957年)、シンガポール(1965年)等々の2グループに分かれたこと。これについて、著者は、宗主国との合意と国内での独立後の政権の担い手の形成という二つの要因を挙げている。しかし、そうした環境で早く独立した諸国が、その後国内の混乱から成長が鈍化し、現在は独立が遅かったいくつかの国の後塵を拝することになったのは、その後の歴史の皮肉である。また、独立後の新国家は、基本的に土着国家と異なるものであったことを、著者は各国の指導者の出身母体から説明しているが、面白いのは、共和制を取ったインドネシアと立憲君主制のマレーシアの相違が、前者の指導者(スカルノ)が非王族であったのに対し、後者が王族であったという点(マレーシアの初代首相のラーマンは、ケダ州スルタンの20人兄弟の14番目の子供!)。その相違が、現代に至るまで、国家としての宗教の取扱い方の相違となっているとも考えられる。

 独立の時期の相違にも関わらず、経済成長の地域格差をもたらしたのは、1960年代後半から1990年代にかけての開発独裁と民主化の時代である。東南アジアでこの時期に成長を遂げたのは、スハルトのインドネシア、リー・クアンユーのシンガポール、マハティールのマレーシア(それに特定の長期独裁政権はないがタイ)であるが、これが@国際社会の新潮流(冷戦後秩序)、A国内政治社会の変容(中間層の拡大)、そしてB国内経済社会の新しい現象(独立経営者の登場)により終焉を迎えていったとされる。もちろん著者も認めているとおり、マレーシアとシンガポールでは、まだこの体制が変わったとは言えないが、少なくとも、今後変容を余儀なくされることは間違いない。シンガポールで、先週末から首相兄弟の間で繰り広げられている、リー・クアンユー私邸の処分を巡る内紛は、盤石の態勢を誇ったシンガポールも、次の時代に向けての模索が必要となっていることを物語っていると、個人的には考えている。

 最後に著者は、ASEANの歩みと問題を解説し、そして中国の影響力が強まるこの地域への日本の関わりについても触れながら、この新書を終えている。繰り返しになるが、個別国家毎の歴史書等を多く読んでいると、この新書で新たに知ることになった事実は限られている。しかし、こうしてこの地域の歴史を鳥瞰的に眺めてくると、個々の事実の積み重ねでは見えなかった部分が見えてくるのも確かである。歴史は常に生成する。それは、(一回目は悲劇として、二回目は喜劇として)繰り返される部分もあれば、不可逆的に進んでいく部分も内包している。この作品で最も感じたのは、この地域の戦後国家が、土着国家とは異なる植民地国家の延長として成立したという見方であるが、他方で、それにも拘わらず土着国家が現代まで影響を及ぼしている部分もある、という点である。それはシンガポールのような「人口国家」でも、多民族統合という観点から考慮しなければならない論点なのである。この地域に引続き関与していく者として、ちょっと一息を入れられた作品であったと言える。

読了:2017年6月15日