韓国 行き過ぎた資本主義
著者:金 敬哲
1年ほど前に、同じ著者の、2022年11月出版の、韓国ネット社会に関する新書(別掲)を面白く読んだが、これはそれ以前の韓国報告で、2019年11月の出版。著者は韓国ソウル生まれで、上智大学新聞学科の修士を取得後、東京新聞のソウル支局記者等を経て、現在はフリーで活動している。
韓国の政権は、ここのところ、保守系のイ・ミョンバク(李明博:在職:2008年〜2013年)とパク・クネ(朴槿恵:在職:2013年〜2017年)から革新系のムン・ジェイン(文在寅:在職:2017年〜2022年)。そしてつい最近は、保守系のユン・ソンニョル(尹錫悦:在職:2022年〜2025年)が戒厳令騒ぎで失脚し、革新系のイ・ジェミョン(李在明:在職:2025年6月〜)へと移行する等、保守と革新の間で目まぐるしく交替を繰り返してきた。この新書が出版された2019年は、この中のムン・ジェインの革新政権時代であり、彼がそれまでの保守政権の政策を大きく変える試み(積弊清算)を行うと共に、対日関係も「戦後最悪」といわれるまで悪化した時期であった。その意味で、今回就任したイ・ジェミョンは、同じ革新政権であっても、つい先日初めての外国訪問に日本を選ぶなど、随分柔軟な姿勢が目立ち、2019年当時とは状況が大きく変わっている。しかし、韓国社会の様子は、それから6年経過した現在もそれほど大きく変わってはいないのであろう。それを念頭に著者の報告を見ていくことにする。
ここで報告されているのは、主として、1997年の「IMF危機」を契機に、時の金大中政権が「新自由主義的」な経済政策を進め、その結果財政破綻からは復活し、経済主権を回復したにもかかわらず、それが「韓国社会の両極化と所得の不平等」を深刻化させた。著者は、そうした「社会の二極化と、社会階層の定着化」を実際の庶民生活の実態を中心に報告することになる。本の大半は、そうした社会実装を、激しい受験競争や若者の厳しい就職環境、そして中高年の直面する危機といった側面から裏付けていくことになる。
激しい受験競争については、大学受験日の様子などが日本のメディアでも報告され、日本などとは比較にならないくらい激しい競争が繰り広がれていることは良く知られている。ここではその様子が、各政権による教育政策や子供たちの塾通い生活や、そのための親の居住地の移動といった事例を含め詳細に報告されているが、ここではその経済負担が両親にのしかかると共に、子供へのストレスも激しくなっていること、そしてそうした経済負担が、社会の両極化を促していることだけ踏まえておけば十分だろう。日本でも結局、教育における経済負担の増加が、階層の固定化を促しているのは同じであるが、韓国ではそれが更に政治家等有力者の不正入学(2016年の朴槿恵大統領弾劾の原因の一つとなった最側近崔順実や、2019年の文在寅大統領最側近、曹国の娘の不正入学問題)といったスキャンダルを生んでいるというのは特記される。
そしてそうした激しい受験競争にも関わらず、失業率が史上最悪となる経済状況下、一流大学卒業者でさえも、人気のある公務員や大手企業への就職が狭き門となり、「公試生」と呼ばれる公務員試験受験浪人(そのための専門塾も活況を呈している)や企業のインターンや非正規雇用が増加、他方では仮想通貨投機などで一攫千金を試みる動きなどが出ているという。この本の出版時点で、文在寅政権は、公務員枠の拡大や大手企業への圧力と中小企業支援に力を入れているとされるが、著者によると、それらの政策もほとんど良い効果をもたらすどころか、上記の若者の失業状況を更に悪化させているとされる。例えば、政権による最低賃金引上げは、中小企業経営に厳しさを加え、結果そうした企業の人員リストラとなっているというのである。
その厳しい受験競争と若年層の失業率上昇に加え、既に職を得ている中高年層も厳しい現実に立たされているとされる。若者たちから「ゲジョシ(品の悪い中年男性)」と馬鹿にされる中間管理職は、日本でも増えており、その対策などに苦慮しているとされるが、韓国では男性美容ブームも起こっているというのには笑ってしまう。しかし韓国企業では、実力次第で昇進も早いが、退職年齢も早まっており、エリート社員でも50代での退職後の再就職が厳しくなる中、退職後に向けた自己啓発や資格取得が必須となっているというのは、ある意味自分の身につまされる話である。しかし宅地建物取引士といった人気資格は競争が激化したり、取得後の仕事も減ったりと簡単ではなく、ここでは大手企業からチキン食堂経営に転じた例などが紹介されている。また今まで紹介されてきた子供の受験に伴う経済負担増加(「エデュプア世帯」)に加え、子供のキャリア形成のための海外留学で、一人韓国に残り孤独に苛まれる「雁パパ、鷺パパ、ペンギンパパ」といった中年男性の増加もあり、一部ではこうした人々の孤独死等も発生しているという。不動産価格の高騰や、子供のみならず親の経済負担もしなければならない韓国の中高年は、一部の特権層を除き厳しい晩年を迎えることになる。韓国の「退職年齢」は50代前半。他方「引退年齢」は、2017年時点で男性72.9歳というので、私などは韓国ではまだ働いていなければならなかったのだろう。そして退職後は、ソウル市内にはそうした高年者が集まる広場があり、そうした場所で、家にいられない高齢者が時間を潰すことになっているという。そしてそうした高齢者たちに対する若者たちからの冷たい視線は、この社会が「敬老社会」から「嫌老社会」と変わっていることを物語っている。日本以上に少子高齢化が急速に進んでいる韓国社会のこうした「社会の二極化と、社会階層の定着化」という構造問題は、もちろん程度の差こそあれ、日本も抱えている共通問題であることは言うまでもない。
最終章で、著者は改めて時の文在寅政権の「所得主導政策の失敗」と韓国社会を分断に追い込んだ「積弊清算(保守政権の遺産の一掃)」、更には慰安婦問題の蒸し返しを含めた日韓関係悪化を批判してこの新書を終えることになるが、既に記したとおり、その後の尹錫悦保守政権を経て、最近の李在明革新政権では少なくとも日韓関係は落ち着いている。しかし、ここで取り上げられた韓国社会の両極化や階層分断については、足元あまり報道されることはない。
高齢社会の問題は、言うまでもなく、まさに個人的に私自身が直面している課題である。幸いにして私自身は、この年齢になり、少なくとも住居は確保しており、また今後大病をして予想外の大きな負担が発生しない限り、取り敢えずは何とか経済的に困窮することはない状態で現在を迎えている。しかし、この年齢で家には居辛く、ジムやテニス、はたまた図書館や喫茶店で多くの時間を潰すという状態は、ここで紹介されている韓国高齢者の生活と大差はない。今更資格取得でもないし、かといって多少かかわっているNPO等のボランティアにもっと気合を入れようという気も起らない。それでは後は何をやるのか?そんな質問を浴びせられた著作であった。
読了:2025年8月29日