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韓国民主政治の自壊
著者:鈴置 高史 
                         

 1954年生まれ(ということで、私と同じ年齢である)の、元日経新聞記者で、ソウルや香港特派員の経歴を持つ著者による2022年6月出版の韓国論である。海外駐在者には、(私のように)その滞在国がとんでもなく好きになるか、その反対にとんでもなく嫌いになるタイプの二つがあるが、この著者は後者の典型であるようだ。更に本書の対象・出版時期が、日韓関係が戦後最悪と言われた文在寅政権末期ということもあったのだろう、韓国政治に対する否定的な見方をこれでもか、これでもかといった感じで論じている。もちろんそこでの主張には、それなりの説得力もあるのだが、やはりもう少し冷静になっても良いという感覚は否めない。

 著者の韓国についての総括的な見方は「混沌の李朝末期が再現している」という冒頭の言葉に示されている。国民の支持が拮抗する左右両党による党派対立が激化し、双方が権力獲得とその上での相手方への報復を徹底し、そこでは妥協と中長期的な国家建設への意欲が失われてしまっている。このままであれば1987年6月、ようやく民主国家に移行した韓国は再び権威主義的独裁政権に転ずる可能性があると見るのである。

 そう考える理由を著者は饒舌に語ることになるが、それは端的に言えば、権力維持(あるいは政権転換後の報復を避けるための)民主的な三権分立のなし崩し的な無効化ということで、それの典型例が、文在寅が2021年1月の退任前に導入した、「裁判官や検事を専ら操作する高位公職者犯罪捜査処(公捜処)の発足」と「保守の牙城、検察から汚職と経済事件をのぞき捜査権をとりあげた」ことであるとする。更には、制定は見送られたが、「誤報」を理由に言論機関に巨額の罰金を科し得る「メディア懲罰法」も進めたという。そしてそうした「独裁」への道を、コロナ時代の文在寅政権の対応から詳細に説明していくことになるのである。

 新型コロナ蔓延時の韓国の反応についての、「防疫で、東洋(韓国)は、西洋を凌駕した」という、韓国が抱いてきた西欧についての劣等感について留飲を下げた、という指摘。そしてそうした「から威張り」は、歴史的に中国、そして近代には日本の支配を受け続けてきたこの国の持つ根本的な意識であるとして、慰安婦や徴用工問題での日本への対応でもそれが根底にあるとする。またロシアによる侵略を受けていたウクライナについても、文在寅が「無能な大統領がロシアを刺激した結果」だと「上から目線」でコメントしたという(ただ、さすがに国際社会からの批判を受けて、これについては弁解を行ったとのこと)。しかし、新型コロナ対策では、確かに検査件数自体は国際比較で高い水準になっていたのは確かであるが、文在寅がウクライナについてのコメントを行った2022年初めには第5波に襲われ、感染者数が急増していたのである。

 冒頭で触れられた、文在寅による野党攻撃が「韓国のベネズエラ化」を生むということで一章が割かれている。ここでは、2020年11月、当時検事総長であったユン・ソンニョル(尹錫悦)に対する「職務停止・懲戒処分」を巡る攻防から始まり、2021年1月の「公捜処」の発足に議論を進めている。著者は、この「公捜処」発足と、その担当検事の文在寅派による独占(検事の任期は9年で2030年まで)は、「三権分立が崩壊した日」と手厳しい。更に文在寅政権下の「嫌がらせ」で、保守派裁判官の大量退職が発生し、裁判官の「左傾化」が進んだとされる。そしてこうした「民主主義の後退」が、国際関係における欧米諸国や日本との距離感と中国への接近という傾向を強めることになると指摘する。更にこうした傾向が韓国の「法治意識の欠如」を示しており、それは「法を蔑視し、正義を重んじる儒教的伝統」が一因であると見る。法は安定的であるが、「正義」は、施政者の意向で簡単に変わる。これが慰安婦や徴用工問題で、韓国が過去の条約による合意をいとも簡単に破棄する理由でもあると見るのである。そしてこうした流れが、韓国が、民主的選挙を経て独裁化したベネズエラの道を歩むことになるだろうと指摘する(折も折、テレビでは、今年のノーベル平和賞を受賞したベネズエラのマドゥロ政権への反対派指導者、マチャドのベネズエラ脱出行が報道されている)。

 続けて韓国の国際関係についての議論に入る。文在寅政権による「反米・従中・親北」政策の今後の展望である。2022年1月、北朝鮮が核実験とICBM発射を再開する可能性を示唆したことで、文在寅政権の「朝鮮半島平和プロセス」が水泡に帰した。そして2022年3月の選挙で保守系のユン・ソンニョル(尹錫悦)が大統領に就任したが、THAADの追加配備やQUADへの参加を巡る問題等で、中国からの圧力を受け及び腰で、米国バイデン政権からの信頼も失っている。対日関係についても、尹錫悦政権となり、多少の改善を見せているが、全体として「対中包囲網」への参加を含め、「どの国と組むか」についての合意を作れないままである。こうした韓国の姿勢に対して、米国(バイデン政権)からは2021年3月の米韓閣僚会議や米韓外相会議で、「米中二股外交」を続ける韓国に対し、「中国包囲網に参加し、民主主義国家の側に立つこと」が強く要求されているが、それに対しては文在寅政権側からは明確な反応が示されず、中国を喜ばしたとされる。また米国(バイデン政権や議会筋)は、慰安婦や徴用工問題で日本と距離を置く姿勢や韓国内の人権問題(国務省報告書等)、更には文在寅政権の「対北ビラ禁止法」等にも批判的であるとされる。尹錫悦の保守政権に交替しても、ウクライナ問題でのロシア批判に及び腰の姿勢は続いており、こうした事態が続くと、米国が韓国を見限るのも時間の問題であるというのが著者の見方である。

 こうして尹錫悦政権の元でも、この左右両党の権力闘争は激化するばかりであり、それが李朝末期の状況を想起させ、韓国政治の混乱を招くだろうという著者の見方となる。また安全保障面では、北の核開発に対する韓国(それは日本の同様の問題にも通じる)の核武装問題が今後の課題であり、米国では、そこでNATO流の「二重鍵方式」が議論になっているが、現在の韓国にそれを認めることはないだろうとする。そして最後に、日本以上に少子化が進む韓国経済が、不動産バブルの崩壊や財政・貿易の二重の赤字の拡大などの経済問題を抱えており、これも韓国の今後に暗い影を落としているとして、この報告を追えるのである。

 いうまでもなく、尹錫悦は議会での左派優位状況の下で特段の成果を上げることができず、戒厳令に打って出て崩壊。それを受けた大統領選挙で、前回敗北した左派の李在明が勝利して6月以降は政権を維持している。現在までのところ、李在明政権は、戒厳令問題では尹錫悦とその関係者を厳しく追及しているが、対日米関係については、当初予想したよりも柔軟な姿勢で対応しているように見える。その意味で、この新書が書かれた文在寅政権末期の状況と比較すると、韓国内政及びその外交姿勢は、相当落ち着いているように思われ、著者の懸念はやや杞憂であったとの見方はできそうである。また足元、米国トランプ第二次政権が、司法権や中銀への人事介入などで、それこそここで著者が韓国について指摘している「党派抗争」を激化している状況下、更には米中貿易戦争も、米国が一時の攻撃的姿勢から妥協的姿勢に転じている中では、米国の韓国に対する姿勢はバイデン政権下でのそれとは変わっていると思われる(あるいは韓国などに関わっている余裕はない、ということかもしれないが)。他方、今回の台湾有事を巡る日中対立については、今のところ韓国側からは特段のコメントは出されておらず様子見姿勢であることから、中国に対する韓国の姿勢については「米中二股外交」を維持している、とも言えそうである。その意味で、この新書は、日韓関係が最悪で、更には韓国に対する米国バイデン政権の厳しい対応が示されていた中での、韓国についての最も厳しい見方をこれでもか、これでもか、と論じた作品で、我々はもう少し冷静にこの国の今後を見ていく必要があると思われる。他方で、今後の韓国李在明政権の動きを見る上での一つの視点を与えてくれた作品であるとも言えるのであった。

読了:2025年12月12日