アジア・ドイツ読書日誌と
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ドイツ読書日記
第十章 欧州統合の視線から
第三節 ユーロ
ヨーロッパから民主主義が消える
著者:川口マーン恵美 
 ドイツ暮らしをネタにした新書を何冊か出している著者であるが、さすがにそのテーマは今更読む気にならないので、今まで接したことはなかった。その作者が、今度は欧州の政治情勢を取り上げたので、初めて目を通してみた。主題は、いままで何冊も読み続けてきたユーロ問題であるが、あえて専門家ではない著者がどのようにアプローチするかだけが興味の対象であった。結論的に言えば、ギリシャ問題を焦点にしたユーロ問題については、それなりに分かりやすく整理しているものの、新たな視角や議論はない。しかし、唯一難民問題については、今まであまりマスメディアで報道されてこなかった話を含めて、在住者ならではの実感が示されている部分が見受けられた。ここでは、ユーロ問題の復習は最小限に留め、そうした著者ならではの報告に焦点を当ててみよう。

 まず序論として解説されているEUについては、昨今TVニュースでも取り上げられている英国によるEU改革案が紹介されている。まさにこれを書いている最中(2月19日から20日)にかけてブラッセルでEU首脳会議が開催され、そこで英国が提案するEU改革案が審議されている。私はあまり認識していなかったが、旧東欧圏からの移民労働者が急増している英国は、こうした移民労働者の権利(児童手当や福祉)につき、4年間の就労を条件とする規則を導入するなど、英国での適用に例外を設ける提案をEUに突き付け、それが受け入れられれば、今年予定されているEU残留を問う国民投票で、政権としてEU側に立ったキャンペーンを行おうという提案である。これに対し、移民の出し手で、今までそうした権利を保障するEU規則から利益を得てきた旧東欧諸国が納得するかどうかが焦点になっている。もともとシェンゲン協定にも入らず、当然独自通貨も維持するなど、従来からEUと距離を置いている英国であるが、この国が離脱に向かうかどうかは、ただでさえギリシャ等の債務問題に加え、今や難民問題も抱えるEUが、その内部から突き付けられた試練であるといことができる。今少し前に入ってきたTVニュースによると、EU首脳会議は英国の提案を全会一致で承認した、ということであるので、取りあえず英国問題は、次の国民投票(6月23日の実施が公表された)に移ったということになる。

 ギリシャ問題については、昨年(2015年)6月から7月にかけての債務危機に際して、ドイツの茶の間に届けられた各種の情報を報告している部分が、それなりの臨場感がある。チプラスらを「ゴロツキ」と批判するドイツ・メディア。それでも、ギリシャのデフォルトを回避し、EUに残留させたいEU首脳は、「時間の無駄」と呟きながらも、その分刻みのスケジュールを調整しブラッセルでギリシャからの提案を待っている。その後またギリシャは、EUと合意した緊縮策を受け入れるかどうかは、最終的には国民投票に委ねる、として「ガラガラポン」を行った後、国民投票で否決。しかし今度はチプラスがその国民投票を無視する、という迷走が続く訳だが、ドイツ国内では、引続きギリシャに緊縮策を実行させる「鉄の宰相」を求める声と共に、ギリシャのEU離脱は阻止しないが、この国への人道支援が必要、といった議論も出ていた、というのは初めて聞く話であった。これをもって著者は、今まで最もユーロの恩恵を受けてきたドイツ国民の中にも、「自国の暮らしを守りきれなくなる危機感」から反ユーロの感情が広がっていると見ている。その結果、確かにドイツ人の一般民衆の中で、ユーロを支持する理想主義=倫理主義的な流れと、生活防衛から右翼のナショナリズムになびく流れが次第に拮抗しつつあり、それがドイツ社会の分裂を強めているとしている。

 しかし、域内では一人勝ちと見られるドイツも、実は生活実感としてはボロボロになっているというのは、在住者ならではの報告であろう。ギリシャを含めた債務国へのお手本を示すべく緊縮財政を進めてきた結果、ドイツの財政、特に州政府の財政がひっ迫し、公共インフラやサービスが劣化しているという。また企業も「極限までリストラをしてしまった」ため、後は安価な移民労働者に依存するしかない状態になっている。昨年ドイツを震撼させたフォルクスワーゲン問題もこうした緊縮策の結果であるというのが著者の見方である。

 そして難民問題である。まずドイツ基本法の難民保護規定についてはいろいろなところで紹介されてきたが、移民受け入れの実務はEUではダブリン協定に基づき行われる、というのが今回認識した重要な論点である。これによると、EU内では、難民が最初に入ったEU国で庇護申請を行い、登録、資格申請を行う。これをしていない難民が、あるEU国を経て、他のEU国に入った場合は、後者は前者に送還することができる。昨今の難民問題で、多くの難民がドイツを目指しているとされるが、直接空路でドイツに入れる難民はほとんどいないことから、協定上は、ドイツは彼らを、彼らがEU圏に入った国に強制送還できるのである。しかし、それが非現実的となっている、というのが、ここで認識した第一の問題である。

 次に指摘されるのが、「安全な第三国」を経由した「経済難民」問題。シリア等の紛争地以外の「安全な第三国」、特に経済が崩壊しているコソボ、アルバニア、モンテネグル、セルビアなど、旧ユーゴからの「経済難民」もドイツに殺到しており、彼らは法的には本国に送還されるが、審査事務が追い付かず、多くの「経済難民」が実質長期間ドイツ国内に留まることになっている。また審査が終了し、本国に送還されることが決まっていても、実際には何等かの理由で送還が遅れている人々が、2015年8月で14万人に膨れているという。そしてその間彼らには衣食住のみならず、子供の教育や、医療補助等が保障されている。

 この問題に対処するため、2015年10月、ドイツでは急遽、迅速な審査を行うと共に、補助を大きく削減する法案が制定されたという。緑の党やアムネスティなどは、この法案に批判的であるが、その理由は、バルカンの「安全な第三国」であっても、ロマなどの迫害された人々には庇護権が与えられねばならない、という議論である。しかし、ルーマニア、ブルガリアがEUに加盟して以降、これらの国のロマは「合法的」にEU内を移動できる状態になり、ドイツでの物乞いや犯罪の増加をもたらしている。背後の組織が、彼らを使い社会保障費の不正受給まで行っているという疑惑も紹介されている。

 そして次は、まさにシリアやアフリカなどの紛争地からの難民である。EUへの入り口として、アフリカ難民が押し寄せるイタリアのランペドゥーザ島とシリア難民が押し寄せるハンガリーの状況が説明される。ここでは先に述べたダブリン協定は、全く有名無実化している。難民たちは登録も行わず、ドイツなどを目指して勝手に移動する。ハンガリーによるセルビア国境の鉄条網による閉鎖も、効果はあがっていない。そしてそれが、2015年9月、メルケルによるハンガリー難民受け入れ決定になるが、これはダブリン協定が公に反故になった転換点となったと見る。しかし、その直後にドイツは国境審査を再開するという、今度はシェンゲン協定自体も反故にする決定を行い、直ちに実行した。人口8000万人のドイツで、年間100万人に及ぶという難民を吸収できるのか、という論争がドイツ国内で繰り広げられる。ユーロ問題全般と同様、当初は、「倫理派」が優勢であったが、難民同士での騒乱や難民による犯罪が増えるにつれ、次第に「反受入れ派」の主張も強まっている。特にこの本では触れられていないが、昨年(2015年)の大晦日のケルンでの女性連続暴行事件は、ドイツ人の民意を大きく右傾化させることになったようである。もちろんそもそもの難民問題の根源であるシリア内戦の停戦努力は行われているが、これを書いている現在も、今やISという独立勢力に、米ソが対立する代理戦争と化しているこの内戦の終了は全く見通せない。こうしてドイツ国内でも、難民問題を巡り、与党内のみならず、野党の中でも、そして何よりも国民全体の意見が分裂する危機を迎えている。そしてEU内でも、難民を受け入れるドイツが、自国の利益を脅かしているという批判が高まり、ドイツの孤立が目立ってきているという。「難民問題は、善意や人道主義では解決できない。怒涛のように迫り来る彼らの姿は、EUがとんでもない袋小路に入り込んでしまった事実をはっきりと示している」という著者の指摘はそのとおりである。この問題は、実はギリシャ問題が霞むほど、EUにとってのインパクトが大きいのである。

 最後に著者は、移民問題に関連するテロ問題、そしてこうしたEUの問題が日本に突き付けている示唆とその役割に言及しているが、これは省略する。

 ギリシャ問題も、もちろん「ドイツの富の移転」という観点では、ドイツ人の日常生活に影響する問題であったが、移民問題はそれ以上に庶民の日常に直接関わってくる。私がドイツにいた90年代、前者にあたるのが旧東独統合問題で、後者にあたるのがトルコや旧ユーゴから公式に移住した移民問題とそれを排斥しようとするネオナチの動きであった。確かに前者は、景気の全体的後退といった形で日常生活に影を投げかけていたが、それが直接生活に影響することはなかった。それに対し、後者は、日常生活で不快な思いをすることを含め、日々の生活で実感することも多い、「身近な脅威」であった。それから連想すると、現在のドイツでも、猛烈な勢いで増加するシリアやアフリカの難民問題は、人々にとっては、ギリシャ問題よりももっと「可視化」される問題になりつつあるのではないかと想像される。その問題は、著者がこの本の題名としている「民主主義の危機」をもたらすものではないにしても、EU分裂の大きな契機となることは否定はできない。その点で、この本が、ドイツを中心とするEUの移民問題を、日常生活の実感を含めて提示してくれた意味は大きい。「ユーロの理想」に向けた苦しい模索はまだまだ続く。

読了:2016年2月8日