第三次世界大戦はもう始まっている
著者:エマニュエル・トッド
年初に2021年11月時点での著者による新書を読んだが、これはそれに次ぐ、2022年6月の出版の新書である。前著では、コロナが蔓延し、米国ではトランプが米国第一主義を推し進めている最中での時評であったが、今回の議論の中心は言うまでもなくロシアによるウクライナ侵攻になる。そしてタイトルが示すとおり、この戦争は実質的に「世界大戦」の開始を懸念させるものである、というエキセントリックな議論が展開されている。
もともと反EU,反グローバリズムである著者は、ここではそれ以上に反米的な姿勢を表に出している。そして、まずは、今回のロシアによるウクライナ侵攻も、米国の国際政治学者ミアシャイマーの議論を引用し、「いま起きている戦争の責任は、プーチンやロシアではなく、アメリカとNATOにある」と言い切ることから始めることになる。
他の著作でも度々引用されている、1990年2月、当時の米国ベーカー国務長官による「NATOは東方に拡大しない」という約束にも関わらず、欧米はウクライナのNATO加盟を推し進め、特に2014年のユーロマイダン革命で、この方向が決定的になった。それまで我慢していたプーチンは、もはや侵攻により、これを阻止するしかなかった。そして特に米国にとっては、自国から離れた地域で闘われているこの戦争は、米国が指導してきた国際秩序への脅威で、この阻止に失敗すると米国の威信が大きく損なわれることから、ウクライナを全面的ではあるが、あくまで「間接的に」支援することで、自国の兵器産業を支援し、そして欧州の力を弱めるという目的も遂行できることになる、ということになる。その意味で、この戦争は、既にグローバル規模での「世界大戦」であると見る。しかも、米国が、ソ連崩壊で衰えたロシアの国力が、その後の原油を始めとする資源価格等の上昇などもあり回復していることから、これほどまでの反撃能力を有している点を見誤やまったこともあり、その結果この戦争は第二次大戦というよりも、第一次大戦の様に、双方にとって勝算のない長期戦となる可能性が高い。実際ウクライナ侵攻後の欧米による経済制裁にも関わらず、ロシア経済は持ちこたえており、むしろこの制裁が欧米経済にも悪影響を及ぼし、特に米国社会の崩壊(米国中産階級の自殺率増加やそれによる平均寿命の短縮等)を促す事態になっている、というのが著者の認識である。
それ以外のインタビューや論考も、同じような議論が、著者の専門である家族構造論から見た、ロシアなどの「共同体主義的父権制社会」と米英のような「核家族社会」、そしてその中間にあるドイツや日本のような「直系家族社会」の相違とそれを起源とする現体制の説明なども交えながら展開されている。
こうした「ロシア寄り」とも言える姿勢は、当然欧米の論壇では厳しい批判を受け、著者は孤立することになっていると思われるが、それにも関わらず自らの主張を繰り広げる著者の姿勢には、それなりに感心する。そして実際、欧米諸国もアフガンやイラクに侵攻した実績もあり、今回のロシア系住民の保護を理由としたロシアの侵攻も、単純に非難されなければならないという訳ではない。しかしそれでも、現在の最大の課題は、この地域戦争が、著者が言うところの世界大戦に転嫁するのを避けることで、欧米もまずはそれを考え政策を打ち出していることは間違いない。そうした中で、米国の姿勢を批判する著者の議論は、やや説得力を欠くものになっているのは確かである。ウクライナが如何に「破綻国家」であっても、やはり「侵略」という行為は非難されるべきものであり、その課題の解決は、まず「侵略者」がその盾を収めることからか始まるのである。その後発生したイスラエルとハマスの戦闘も踏まえると、まずはこの地域戦を収拾させることが、そうした世界大戦を避ける上で、益々重要になっていることは間違いないと思われる。
読了:2023年11月8日