アジア・ドイツ読書日誌と
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ドイツ読書日記
第一章 序論 歴史からの出発
中世の星の下で
著者:阿部謹也 
 「ハ−メルンの笛吹き男」に続いてドイツで接した、1983年出版の作品である。しかし、この書物は、「ハ−メルン」のような一貫した主題を持たない小文集であることから、印象としてはやや散漫なものになってしまった。しかし、編集に際して著者は全体を3部構成に整理していることもあり、それぞれのテ−マに即して、「ハ−メルン」で接したドイツ中世の習俗・思考様式を追いかけることができる。まず、「中世のくらし」と題し、中世ドイツの民衆の生活のいろいろな側面を語る第一節、次に「人と人を結ぶ絆」として、主として都市市民の人間関係の諸側面を分析する第二節、そして最後に、「歴史学を支えるもの」という主題で学問的な方法と態度を示す第三節である。以下それぞれのカテゴリ−毎に見ていこう。

 中世の旅を巡る小文から第一節が始まる。中世の巡礼の旅とその過程で、相互扶助組織として成立した兄弟団が、都市の発達と共にその都市生活の基盤になっていくことがここで示唆される。この書物の題名ともなっている「中世の星の下で」は、中世の星辰の世界を通じた民衆意識の説明のために、南ドイツのフォルフェッグ家に伝わる「ハウスブーフ・マイスタ−」の絵を取り上げている。この絵の素晴らしさは言うまでもないが、重要なことは、人々に卑しまれた賎民も含め全ての人々の生活が7つの遊星の支配下にあるものとして提えられているという、中世宇宙観の全体性であろう。また「中世のパロディ−」では、ゴシック教会や教会音楽のまじめで荘厳なイメ−ジがつきまとう中世の世界が、実は同時に、教会学校の生徒や下級聖職者が教会の中でさえ時折馬鹿騷ぎをするような側面を持っていたことを示すことによって、著者がこの書物の中でも度々帰っていく、オイレンシュピ−ゲルの物語を始めとする中世の民衆本が、中世の最も優れたパロディーの伝統をひくものであることを示している。

 この導入部に続く第二節の「人と人を結ぷ絆」では、中世社会の人間関係を考察した論文を集めている。まず、消費者保護、身障者保護、環境規制、公私の責任分担といった現代の市民意識の萌芽が、既に中世都市空間の中で育まれていたことが示唆される。外敵防衛のために高い城壁で囲まれた中世都市では、自ずと外を否定的媒介とした仲間意識が構成される。それと共に、都市の内部に存在した下層民に対しても、ギルド・ツンフトという形で、彼らを排除する仲間団体という構造が成立していく。こうしてできた同職組合の中で形成されていったのが市民意識であり、それは産業革命以降の大都市化の中で変容したとはいえ、現代の人々の意識の中にその残滓を留めている、と見るのである。確かに中央集権国家が早くから成立していた英国やフランスに対し、領邦国家の集合体のまま近代に突入したドイツの場合は、こうした中世自由都市の倫理観やル−ルがより色濃く近代まで引き継がれたと言えなくはない。そしてそれがある意味では、ヨ−ロッパの中でも一番強い、規則に対する拘束意識というドイツ人の性向を支えているのであろう。

 ところが、市民意識が都市内において、下層民への対抗勢力として成立したことは、逆に言えば、まさにそれが都市における差別の構造ともなったことを意味した。ギルド・ツンフトといった兄弟団の形成が、農村から都市への大量の人口移動のあった15世紀に起こったことがそれを示している。「都市に流入してきた者がさしたる困難もなしに、なんとかありつくことができたような職業がまず差別され(中略)、それらの職業が賎民の職業として位置づけられていった」という著者の推測は納得しうる。

 こうした一般論の後、著者は、ユダヤ人・煙突掃除人・人間狼・貧しき旅人や病人といった被差別民の姿を追っているが、前作の評でも触れたように、これは著者の方法論が山口昌男のそれと重なる部分である。中世自由都市の中で、中央権力そのものからは離れた地点で自主的に生成された規範が、その小宇宙の中で差別構造を内包させる形で受け継がれていく姿は、我々がこれから見ていこうとするドイツ近代の社会学的原点とも言いうるのではないだろうか。

 最後に著者は自己の研究の方法論を明示しつつ、あるべき研究者の姿についての自説を述べている。その際著者が見るのは、ドイツにおける歴史研究が、大学を頂点にしながらも、それとは独立して各地の町や村にある民間の歴史協会という組織によって支えられている姿である。国家としての統一性の欠如を埋め合わせるものとしての、ドイツ的教養主義が、18世紀の「読書革命」を経て、「文化の市民化」をもたらした、と言う。日本の大学教育が今や社会上昇の一手段に過ぎないと言える中、こうした草の根で支えられた学問に対しある種の郷愁を抱くのは、なにも著者だけではない。

読了:1992年1月5日