アジア・ドイツ読書日誌と
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ドイツ読書日記
第二章 政治
第四節 ナチス
ナチ親衛隊(SS)
著者:バスティアン・ハイン 
 「「政治的エリート」たちの歴史と犯罪」という副題の新書で、原著は2015年、邦訳は2024年3月の出版である。著者は、1974年生まれのドイツ人。訳者は1962年生まれの現代史研究者で、業界の重鎮である1947年生まれの芝健介がまえがきと解題を加えている。

 先日読んだ「ナチスと大富豪」と同様、戦後80年を経て、まだ「ナチス」関係の新刊があるのか、という思いで読み始めたが、それでも面白いから「ナチス」関係は止められない。一般的には、ナチスの「エリート集団」と言われている親衛隊が、実は創設期は彼らが粛清した突撃隊と変わらない暴力集団で、実際の構成も中産階級以上のアーリア系隊員に限られず、特に大戦開始以降は採用基準も緩められた多民族混成集団となっていったこと、そしてゲシュタポを支配下に置いたり、武装親衛隊と国軍の関係などの大戦期の再編成の様子。最後は戦後の親衛隊員を中心とした戦争責任に関わる連合軍による裁判と関係者のその後の関係者の生き様等々。もちろん多くの部分は復習であるが、それでも依然若い研究者がナチス研究の分野に入ってきていること、及び初めて聞く引用されている関連文献の多さに、この課題が決して風化することのないものであることを改めて痛感することになった。日本ではこれほど大戦期の日本軍国主義についての新しい研究が出てきていることを聞かないので、それとは大きな違いである。

 こうした内容については、芝健介の解題が分かり易いので、主要な点はそれを使わせてもらう。まず「親衛隊=ナチ・エリート、突撃隊=ナチ大衆組織という単純な図式的理解の完全否定」。これはヴァイマール期の警察の記録で、「街頭や広場での左翼との乱闘・衝突では、親衛隊の負傷者が突撃隊の1.5倍」で、「親衛隊のほうがむしろ創成期から際立った暴力性を持っていた」とする。そしてそうした性格が大きく変わったのは1929年初めにヒムラーが親衛隊の全国指導者となり、レーム事件により突撃隊から自立すると共に、彼は、その採用条件を「北方人種」による「厳選された人びとの精鋭」と位置付け、更には「全隊員を完璧に「ユダヤの血」と無関係とする」審査を導入したと宣言する。それがこの組織の「エリート伝説」を作り出すことになったが、当然ながら、実際には様々な困難や例外があり、特に戦争の開始、拡大と共に、それは形骸化していくことになる。ただ、親衛隊は、参加のゲスターポと共に、既往の警察組織に浸透していき、後の「ホロコースト実行の人員的基礎となった」とされる。そして親衛隊、なかんずく武装親衛隊は、大戦開始後、一時期採用者が減少する危機もあったが、それを乗り越え、戦闘でその攻撃性・残虐性をいかんなく発揮すると共に、ユダヤ人ホロコーストも先頭にたって実行していったのである。これは、まさに改めてもう一回観た映画「シンドラーのリスト」(別掲)で描かれているとおりである(しかし、その親衛隊の隊長ゲーテは、シンドラーに買収され、結果的にユダヤ人を助けることになるのであるが・・)。

 そして最終章は、ニュールンベルグ裁判を含め、戦後の戦争責任追及過程で、親衛隊とその配下のゲスターポ/保安部(SD)を「犯罪組織」と断定するが、「そのことが一般ドイツ国民一人ひとりの責任を不問にし、集団的責任を曖昧にさせた(「国民のアリバイ」論=「親衛隊スケープゴート」論)」過程を説明することになる。もちろん戦後の冷戦激化の過程で、日本と同様、多くの(下級?)親衛隊員が新政府に職を得て社会復帰していくのは日本と同様であるが、他方で2011年5月の「デミャニック裁判」の様に、「絶滅収容所の部署で勤務していれば、収容所を支える機能を果たした」として被告人有罪判決が下されているというのは、この問題が「いまなお現代ドイツの問題である」ことを示しているというのは、日本と大きな違いである。

 ということで、文中に触れたように、この新書を読むことで、およそ30年前に観た映画「シンドラーのリスト」も改めて観直すことになった。ナチス問題はまだまだ未完である。

読了:2025年9月9日