アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−)
Santana  Guitar Heaven-Live in Singapore
日付:2011年3月7日                                       会場:Indoor Stadium 
 シンガポールへのポップ・ロック系外タレ・ラッシュの第二弾はサンタナのライブである。サンタナのライブ暦については、実は曖昧な記憶がある。学生時代に、まさにこうしたミュージッシャンが来日公演を行っていた頃、サンタナも行ったような気もするが、記憶にはっきりと残っている訳ではない。雨の後楽園でのELPや、渋谷公会堂でのYESやJethro Tullの初来日公演などは、くっきりと印象が残っているし、当時頻繁に外タレのロック公演が行われていた武道館でのコンサートは、ChicagoやTen Years Afterと Procol Harumジョイント・ライブ、あるいはMahavishnu Orchestra等、記憶に残っているもの以外にも随分数は行ったと思うが、今その全てを思い出せる訳ではない。そしてこのサンタナについても、確か一回は行ったような覚えはあるが、その克明な印象は残っていないのである。もしかしたら、ウッドストック音楽祭の記録映画で最初に接した彼らの映像が、余りに印象が強かったために、実際のライブに行ったような感覚になってしまった可能性もある。そうであるとすると、この長い期間にわたり聴いてきたミュージッシャンのライブは、この歳になって初めてということになる。

 いずれにしろ、他の大御所と同様、今年63歳になるサンタナも、ギター一本で、ここまで生き延びた偉大なロック・ミュージシャンの一人である。その衝撃的な登場(First Albumと、略同時に出たAl Kooper/Mike Bloomfieldの「フィルモアの奇跡」での競演) から、一気にブレークし、その後は70年代にJohn McLaughlinと共に、インドとJohn Coltraneへの傾倒などを経て、80年代以降はラテン・ロックのヒットメーカーとして定着。一時ややマンネリ化するも、90年代以降はグラミー賞を何回も受賞するなど、再び還暦を越えてからも脚光を浴び続けている。固定的なバンドを持たず、常にメンバーを入れ替えながら、自分のギターを最大限に主張する音楽を作り続け、そして近年は、むしろ若いボーカリストとの競演で、何作かのシングル・ヒットまで送り出している。彼が作り出してきた、インストルメンタル曲での印象的なメロディーと、カバー曲を巧みなアレンジで我が物にする技術は、同時代のギタリストの中でも超一流であったと言える。そんな彼のシンガポール公演が週明けの月曜日に行われ、Eaglesに続けてIndoor Stadiumに足を運ぶことになった。

 サンタナの音源は、学生時代から継続して愛聴してきた。学生時代は資金的な余裕もなかったことから、初期の作品はもっぱら友人から借りて聴いており、自分で買ったのは、彼がインド体験に触発されて精神性を強めた「Caravanserai」(1972年)が初めてであった。しかし、ロンドン時代には、同時代に発表された作品に加え、彼の初期のアルバムを入手し続け、その後も、CD化された昔の音源と最新作を時々購入してきた。どの作品もすべて安心して聴ける水準のものであることから、退屈したときのネタとして絶好であったのである。また映像もメキシコでのライブや、その他東南アジアで仕入れた廉価版等、何枚かコレクションに入っている。そうした慣れ親しんだ彼の音であったが、最新作のCD「Guitar Heaven」は、それまでの、隠れた名曲を彼独自のアレンジで再生させるアプローチから、むしろロックギターの代表曲を、改めて彼のギターで再現すると言う、やや無謀な試みで、やはりオリジナルを知っていると、あまりアレンジに差がないだけに、やや期待はずれであった。今回のツアーは、このCD発表後のツアーということもあり、この作品中心の公演になるのかと予想しながら、二週間前に来たばかりのIndoor Stadiumに足を運んだのである。

 Eaglesのコンサートと異なり、この日はフロント席だけである。私の位置はステージに向かい右側の2階中ほど。Eaglesと略同じS$150の席(他はS$300、S$230、S$100であるので、Eaglesよりは若干安め)であるが、ステージまでの距離は遥かに遠い。スクリーンはステージ後方の一つだけで、私の位置からはだいたいは見ることができるが、右上に釣られているスピーカーがやや邪魔になる。開演前の会場は、Eaglesの時と同様、まだ心なしか空席が目立っているような印象であった。客はEaglesの時以上に、圧倒的に青眼の年長者が多い。

 開演予定時刻から待たされること25分、8時25分に会場が暗転し、コンサートが始まる。今回のバンドは、黒のシャツ、ズボン、帽子と黒一色の衣装で固めたカルロス・サンタナがステージに向かって左前にポジションを取り、その左にキーボード、右にベースとサポート・ギター、更に右端にトランペットとトロンボーンのホーンの二人。後方中心のドラムを挟んで左右にパーカッションが二人。それにボーカル二人という11人での構成である。もちろんサンタナは、開演後は、ステージ狭しと動き回ることになる。ホーンによるオープニングからサンタナを含むメンバーが登場し、コンサートが始まる。ということで、いつものように、まず当日の演奏曲目を整理しておこう。
 
(演奏曲目)

(8時25分―10時30分)
@ (Da Le) Yaleo (1999)
A Singing Winds, Crying Beasts(1970) 
B Black Magic Woman / Gypsy Queen (1970)
C Oye Como Va (1970)
D Maria Maria (1999)
E Unknown 
F 3曲メドレー(2曲目Guajira (1971)、1,3曲目はunknown)
G Jingo (1969)  
   (MC)
H Europa (1976)
I Batuka (1971)
J No One To Depend On (1971)
K Incident at Neshabur (1970)
L Evil Ways (1969) →Love Supreme (1973)
  (MC)
M Sunshine of Your Love (2010)
N Unknown
O Smooth (1999)

アンコール(10時35分―10時55分) 
P Soul Sacrifice (1969) 
Q Unknown
     (メンバー紹介)

 サンタナの初期のアルバムは頭が柔軟な時期に聴き込んだため、名前と曲は結構頭に入っているが、中期以降はほとんどBGMで聞き流すことが多くなり、その結果、聴いたことはあるけれども、どのアルバムのどの曲であるか特定できなくなっている。オープニングの@も、そんな曲である。「ダンデオー」というコーラスは確かにどこかで聴いたことある(後でSupernaturalからの「(Da Le) Yaleo」と判明)。ブラスのソロからアップテンポのラテンリズムになり、エレピからサンタナのギターソロに移行していく。Aで、聴きなれた2枚目のイントロが流れ、そのまま初期の代表作のBCが続けて演奏される。これは、どちらもドイツ滞在時に会社のクリスマスパーティーで、我々がバンド演奏した曲で、その頃の懐かしい思い出が蘇る。もちろんスタジオ録音では初心者向きのそのギターソロは、年季が入り、たっぷりとおかずを入れた演奏になっている。Cの演奏中は、サンタナの若い頃の演奏風景の映像がスクリーンで被され、これまた懐かしさがこみ上げる。

 アコースティックの音を出す特別なギターによるフラメンコ・フレーズで始まるDは、恐らく1999年の評価の高い「Supernatural」からの曲であろう。通常のアコギよりも固めで直接アンプを通した強い指捌きが聴ける。二人のボーカル(一人はブラック、もう一人は白人であるがややラテンぽい感じである)が、交互にリードを取っている。アップテンポのEは、私は全く聞き覚えのない曲。スクリーンに女の子のダンス姿が映るが、ボーカルが「Everybody, Stand up!」と叫び、私の周りもいっせいに立ち上がってリズムをとることになる。そのまま休むことなくFへ。これもまずは私の知らないアップテンポのラテン・ナンバーであったが、そのままメドレーで聴き覚えのあるボーカル、そしてサンタナのギターでのサビが入る。ここでふと気がついたのであるが、オープニングのドラマーは太目の男であった気がしたが、現在ドラムを叩いているのは、小柄な色黒の女性である。一瞬、最初からドラマーは女性だったかな、と考えていると、メドレーでまた別の曲に移行すると共に、終盤、メンバーがステージから消え、ベースとドラムの掛け合い、そしてドラム・ソロが始まった。小柄な女性ということもあり、余り力強さはないことから、「まあ女性の割には」と考えつつも、ソロが5分くらい続くと、やや退屈してくる。やはり私が今まで数多く見てきたドラマーと比較すると力量の差ははっきりしている。それでも、ソロが終わり、サンタナを含めたメンバーがステージに戻り、全員でエンディングを演奏すると、そこで初めてドラマーの正体が分かることになる。サンタナがマイクをとり「Cindy。私のワイフだ」と紹介する。二人がステージで抱擁するのを眺めながら、そう言えば、サンタナの私的生活というのは今に至るまでほとんど聞いたことがなかったことに思い至った。このCindy Blackmanという女性は、初婚の奥さんということではないような年齢差に見えたが、それがこの夜の一つの思いがけないサプライズであったということであった。

 続けてデビューアルバムからのG。まさに中学に入り洋楽に目覚め、親には内緒で、イヤホーンで聞いていたラジオの深夜放送で、この曲を初めて聴いた時に感じたコーラスの不気味な印象がまだ鮮烈に残っている。60年代後半のロック音楽で、こうしたラテン・テーストを持っているバンドはまだ珍しく、当時サンタナの音楽と共に、まさに新しい体験をしていると感じたものである。スクリーンにアフリカンダンスとサバンナの夕日が映し出される中、電気ピアノとハモンドのソロ、そして後半のパーカッション中心の展開に移り終息する。

 ここでサンタナがマイクをとり、聴衆に語りかける。静かな口調で、「我々は自由だ。我々は力を持たない弱い人間ではない。恐れは、全て愛に替わり、我々は人生の最良の時にいる。愛と平和を世界に・・・」等々と述べたところで、Hのイントロが奏でられる。もちろん会場は一気に盛り上がる。前半の「静」の部分は、彼はステージに向かって左前方に置かれた椅子に座って演奏し、後半他の楽器が被さりリズムが早くなったところで立ち上がり、そして最後は再び椅子に戻る。後半は、ホーンが入ることでスタジオ版と趣きが変わり、エンディングも、彼のギターではなく、ホーンが最後まで残り終了することになる。続けて、3枚目のオープニングのI、J、2枚目からのK、そしてデビューアルバムからのLと、私が慣れ親しんだ初期の曲が続く心地よい展開である。Jのスタジオ録音で、サンタナと10代でデビューしたばかりのN.ショーン(言うまでもなく、彼はその後Journeyのギタリストとして大ブレイクすることになる)が繰り広げた冒頭のユニゾンは、この日はサポートギタリストと二人で再現される。あえて難を言えばKでのキーボード・ソロのPAが悪かったため、そこからサンタナのギターソロに移行する時の私の大好きなフレーズの感動が、今ひとつ盛り上がらなかったことくらいか。

 Lのエンディングが、ホーンとコーラスで、コルトレーンのLove Supremeのメロディーに移行し、そこで、再びサンタナの語りが始まる。内容は、最初の語りと似たような感じ。「愛が必要だ。鏡を見てごらん。そこに光明と愛が映っている。人生の至福の瞬間・・・」。そしてこの日唯一の「Guitar Heaven」からのカバーであるM。これでメインは終わりかと思っていたら、続けてホーンをフィーチャーした私の知らないアップテンポのラテン・ナンバーのN、O(その後Supernaturalからの「Smooth」と判明)が演奏され、ようやくメインステージが終了した。

 ほとんど間を空けずアンコールで登場し、まず演奏したのはデビューアルバムからのN。言うまでもなく、映画「ウッドストック」で、初代ドラマー、マイク・シュリーブが野性味溢れるソロを聴かせた曲で、この日もスクリーンには、この映画での演奏場面が映し出される。但し、映し出されるのはサンタナの姿であり、M.シュリーブは残念ながらほとんど登場しない。そしてそのままドラム・ソロに入るが、やはりこの曲には、M.シュリーブのタッチが耳に染み付いているため、この日のやや重いメインドラマーの音だと今ひとつ盛り上がらない。もちろん最後の連打は、中ほどのCindyのソロに比べれば迫力はあったが、そこまでである。そして再び私の知らないラテン・ナンバー(さびのコーラスは「every day, every day!」と歌われていた)から、後半コーラスが残り、サンタナがメンバー紹介をして、この日のコンサートが終わったのであった。サポート・ギターのDave Mathewsの紹介に続いて、彼がU2の「New Years Day」のさわりを歌ったのはご愛敬。終了は、略11時。Eaglesとまではいかなかったが、賞味2時間半のステージであった。

 いつものように、9日(水)の当地新聞(Strait Times)での評を簡単に見ておこう。「聴衆は約6000人のベビーブーマー。サンタナのギターソロは流麗であるが、決して彼一人が目立っていた訳ではなく、他のバンドメンバーにも活躍の場を与えていた。古い人気曲のみならず「Maria Maria」や「Smooth」といった最近の曲でも聴衆は充分盛り上がっていた。」

 Cindyのソロについては、彼女がLenny Kravitzと活動していたことに触れている。またサンタナのMCについては、リビヤやエジプトの騒乱を意識したコメントが語られたとされている。

 後半から、長いインストルメンタル曲が続いたので、最後にラテン、ファンクが入ったメロディアスな曲に移りほっとした、と評者は書いているが、私はむしろこのインストルメンタル部分が最も聴きごたえがあったという印象である。そして最後に、「この日の音楽は、近くシンガポール航空が就航を予定しているサンパウロ便に乗って、カーニバル狂のブラジルに行き、こうした音楽を聴きたいという気にさせたのではないか」と、それこそこのナショナル・フラッグの宣伝のようなコメントで締めている。

 Eagles以上に、まさに私が洋楽を聴き始めた中学時代から同時並行的に聴いてきた音楽であることもあり、まさに初期の作品は、その時代を思い出させる懐かしさに溢れたものであった。しかし、彼が常に一線で活躍し、しかも、多くの名を遂げたミュージシャンが加齢と共に寡作になるのに対して、彼は還暦を過ぎた今も、コンスタントに新たな作品を発表し続けている。そうした彼の活動を考えると、この日のコンサートも決して単なる懐メロ・コンサートではなく、まさにサンタナの現在を、40年以上も前の曲にも載せて披露したコンサートと言えるのである。最新作のCDには、ややがっかりした私も、この日のコンサートには大いに満足して帰宅したのであった。

2011年3月12日 記

(追伸)

 この評を書いている最中の3月11日(金)午後、日本でマグニチュード8.8という空前の規模の東北関東大地震が発生した。発生当日は、東京中心の人々からの情報がほとんどであったことから、交通が麻痺し、帰宅困難者が都心に溢れた、ということを除けば、大きな被害の話は聞こえてこなかった。

 しかし、ひと夜明けると、まさに震源地に近い東北地方の太平洋岸では、地震に加え、続けて襲った大規模な津波で、まさに多くの地域で壊滅的な被害が出ていることが判明してきた。私も、今日は早朝からTVニュースにかじり付くと共に、当地の新聞での報道もつぶさに追うことになった。

 海外で暮らしていても、日本の状況は、もちろん自身の仕事や生活に直結する。まさにこちらに来てからの約3年は、日本については、経済の低迷と、最近は政治の混乱が語られることが圧倒的に多かった。そしてここに来て、再び昨日の地震で、益々日本の経済回復が遅れるのではないか、という懸念が当地の報道でコメントされている。日本が、阪神大震災の時と同様に、こうした災害を迅速に乗り越えて、アジアの人々にその底力からを見せつけてくれることを期待したい。