アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−)
Pat Metheny – Unity Group (写真付)
日付:2014年10月27日                                          会場:Esplanade Concert Hall 
 パット・メセニーの、シンガポールでは2006年以来、8年振りとなる2回目の公演。私にとっては、2005年の東京での「The Way Up」ツアー以来、約9年ぶり、7回目の彼のライブであり、また今回この地に再度赴任して以降、初めてのコンサートである。パットの音楽との付き合いについては、以前のレポートで散々書いてきているので、まずは、私が参加した前回のコンサート以降の彼の活動を簡単に振り返っておこう。

 「The Way Up」の長尺演奏で、1977年以来続けてきた「Pat Metheny Group」としての活動は、行き着くところまで行き着いてしまったのだろうか?その後パットは、約30年に渡り行動を共にしてきた盟友ピアニストLyle Maysとのコンビでのレコーディングを行うことなく、Brad Mehldauとのピアノ・デュオや、新たな彼の固定パートナーとなったドラムのAntonio Sanchezとのトリオを経て、「Orchestration」という大プロジェクトに邁進する。恐らく膨大なコストをかけた装置と精緻なプログラミング技術の結晶である自動演奏をバックにした、孤独な作業の世界に、彼はしばらく沈潜していったのである。そこで発表された2011年のスタジオ録音、そして驚くべきこのプロジェクトのライブ版である2012年の作品(CD及び映像)も素晴らしい出来になっており、現在に至るまで私の愛聴(視)盤になっている。

 しかしさすがにこうした孤独な作業も2年程度が限度であったのだろう。「Orchestration」のライブ版発表のタイミングで、新たな盟友となったAntonio Sanchez を核に、サックスのChris Potter、ベースのBen Williamsを加えたUnity Bandを結成することになる。そして、更にこのバンドの進化形として、「Orchestration」を担当するGiulio Carmassiを加えたUnity Groupで、最新作の「Kin(←→)」を今年の初めに発表。そのメンバーでのワールド・ツアーの一環として今回のシンガポール公演が行われることなったのである。

このUnity Band 又はUnity Groupの特徴は、ピアノを外し、サックスを入れた編成としたことにある。これは、1980年発表の「80/81」で、C.Haden、J.DeJohnette、D.Redman、M.Breckerという、当時の黄金メンバーによる一回限りのプロジェクトとして実現して以来、パットのリーダー作品としては、現在までなかった編成である。今回は、Antonio Sanchezのソロ・プロジェクトを通じて意気投合したC.Potterを加え、30数年ぶりのサックスを入れた継続的なバンドを編成することになったということである。そしてワールド・ツアーの一環として、日本と上海での公演を経て、彼らはシンガポールに乗り込んできた。

 当日、開演は7時半ということで、軽い夕食を済ませ、時間通りに会場のエスプラナードに入る。発売と同時に購入したS$100のチケットは、中央ではあるが、前回同じ会場で行われた上原ひろみの時よりは、若干ステージからは遠い位置であった。着席して直ぐに開演のアナウンスがあり、午後7時35分に、パットが一人で登場した。

 当日のセットリストは、不明なところも多いが、取り敢えず以下のとおりと思われる。

(セットリスト)

(Pikasso Guitar Solo)
@ Into the Dream (Imaginary Day,1997)

(Unity Band)
A Come and See (Unity Band,2012)
B Roofdogs (Unity Band,2012)
C Unknown
D Unknown
E James(Offramp, 1982)
F Folk Song #1 (80/81,1980)

(Unity Group+The Orchestration)
G Kin (Kin,2014)
H Rise Up (Kin,2014)
I Born (Kin, 2014)
J Genealogy (Kin, 2014)
K On Day One (Kin,2014)

 (Duets)
L How Insensetive (This World,1997) (Guitar & Bass)
M All The Thing You Are (All The Things You Are,1997) (Guitar & Sax)
N Dream of the Return (Letter From Home,1989) (Guitar & Keyboard)
O Unknown (Guitar & Drums)

(Unity Group)
P Have You Heard (Letter From Home, 1989)

(アンコール)
(Unity Group)
@ Are You Going With Me? (Offramp, 1982)
(Acoustic Guitar Solo)
A Unknown
(Unity Band)
B Good Life (Jack DeJohnette’s Parallel Realities,1980)
(Acoustic Guitar Solo) 
C And I Love Her (What’s It All About,2011)
(Unity Group)
D Song For Bilbao (Travels, 1982)

  最近の彼のライブの定番で、まずはパットのソロの@でのスタートである。1997年の「Imaginary Days」から導入した42弦のピカソ・ギターでのソロ。通常弦での演奏から始め、徐々に斜めに張られた他の弦を使い始める。エコーを利かせ、初期の「As Falls Wichita, So Falls Wichita Falls」で聴かせたような、エレキ・シタール風の余韻を漂わせる演奏である。このピカソ・ギターでのこの曲のライブ映像も持っているが、またそれとは少し変えた演奏になっている。

 続けてピカソ・ギターでのイントロに入ったところで、Unity Bandの他の3人がステージに登場。彼らの音が加わったところで、パットはいつものセミアコに持ち替え、Aの演奏に入る。メインテーマから、パットのソロ、そしてクリスのテナーソロと続く。パットのギターにやや金属的な硬さがあり、いつものような滑るような心地良さが感じられないが、まあよしとしよう。続いてパットがギター・シンセサイザーに持ち替えBに移る。クリスはアルト・サックスで、パットのギター・シンセに食い付いていく。サンチェスのドラムは、相変わらず繊細且つ力強い。アップテンポでソロの応酬の後、大騒ぎの中で収束し、静かなバラードのCへ。ここでは一転パットは小さな音での伴奏に徹し、クリスのアルト・サックスが主たるソロを取る。次のDはアップテンポで、サンチェスの短いドラム・ソロが入る。この2曲は、曲名は特定できなかった。Eは、ミディアムテンポのナンバーで、どこかで聴いたことがあるな、と思っていたら、この後のインターバルで、パット自身から曲目紹介があり、1982年の作品であることが分かった。私が参加した9年前のライブでも演奏された曲であるが、今回はテナー・サックスが主旋律を演奏しているので、雰囲気が一変していたのである。そして続けてパットがアコースティック・ギターをかき鳴らすイントロから、これまた懐かしいF。これはオリジナルがまさにD.RedmanとM.Breckerのサックスをフューチャーしていただけに、違和感がない演奏である。オリジナル同様、途中に長めのベースのソロが入る。

 ここで一旦パットのMCが入る。8年振りのシンガポールだ、といったこと、そして、まずは新旧取り混ぜた演奏をした、ということ等で、ここで全部ではないが、曲の紹介があり、Eに気がつくことになったのである。そして「Kinからのタイトル曲だ」という紹介でメンバーが楽器に着いたところで、もう一人のメンバーであるギウリオが登場すると共に、パットの後方にあったアンプを積み重ねたようなものからカバーが外され、「The Orchestration」が姿を現すことになる。

 こうして最新作からのGが演奏される。シンセ・ギターとアルト・サックスのメロディーからソロへ。そしてアルト・サックスとベースの掛け合い等に展開するが、恐らく新たに登場したギウリオが弾いているのであろうメロトロン風の音により、最初の数曲よりも、明らかに全体に厚みのあるサウンドになっている。続けて同じアルバムからのH。イントロでは、クリスもアコスティク・ギターを持ち、パットと二人でコードをかき鳴らすが、その後クリスはアルト・サックスに持ち替えテーマからソロへと展開していく。そしてIも同じアルバムからのスローバラード。イントロではクリスがフルートを披露するが、これはあまりたいしたことはなく、その後すぐにテナーに持ち替えることになる。ギターとテナーによる短いフレーズの掛け合いであるJを経て、再びアップテンポのK。セミアコ・ギターからテナー・ソロ、そしてエレキ・ベース・ソロを経て、最終部では、ギウリオのコーラスも入り、丁度私が好んでいた80年代後半から90年代初期の曲想となって収束する。こうして、ここでは最新作から5曲がまとめて演奏された。

 続けて、今度はパットと夫々のメンバーによるデュオに移る。まずは、ベースのベン。他のメンバーの陰に隠れて目立たないが、彼のテクニックも相当で、このデュオで、パットの指さばきに勝るとも劣らない彼のタッチを確認できた。曲は、最初はパットとCharlie Hadenのデュオ・アルバムとして1997年に発表された「Beyond The Missouri Sky」からの曲かと思ったが、このコンサート直前の、上海、東京、名古屋公演では、パットのデビュー・アルバムからの「Bright Size Life」か、Antonio Carlos Jobimによるボサノバ・スタンダード作品で、パットが1994年にGary Burtonらを迎えて作成した「This World」に収められている「How Insensetive」のどちらかが演奏されているようだった。前者は私も耳に残ってるが、後者は今までパットにこんな作品がある、ということも知らなかったくらいなので、全く知らない曲である。恐らくこの日は、後者が演奏されたのではないか、というのが私の推測である。

 次は、クリスのテナー・サックスとのデュオ。パットのセミ・アコとクリスのテナーが夫々勝手な早弾きを繰り広げているだけなのであるが、それが見事に調和している。このデュオは、今までのパットの音楽ではなかったものである。曲は認識できなかったが、上海、東京、名古屋公演では、このタイトルが演奏されているので、この日もこの曲だったのだろう。

 ここで、ギウリオのキーボードでの弾き語りに移る。今までの音楽と全く雰囲気が異なる、気楽な歌であるが、さすが声は澄んでいる。曲は、私は認識できなかったが、1989年のパットのアルバムに収められているもののようである。途中からパットがアコースティックのバリトン・ギターで静かにサビを入れる。

 そして最後にアントニオとのデュオ。私は、前回の東京公演でもブッ飛んだ「(Go) Get It」で来るかと期待していたが、実際は私の記憶にない曲であった。上海、東京、名古屋のセットリストでは、この「(Go) Get It」 か「Broadway Blues」(「Bright Size Life,1976」及び「The Orchestration Project,2012」)のどちらかが演奏された、ということであったので、これは後者かなと考えている。しかし、この日は、電気を通したガットギターの激しい音で、アントニオとのアップテンポでのバトルを繰り広げるということで、あまりに原曲と異なっているので、曲名については留保しておく。

 ということで、壮絶なデュオの4曲を終え、再び5人全員がステージに戻り、パットがメンバー紹介、そして直ちに聴きなれたイントロから、中期の代表作であるPが演奏される。それこそライブで何度も聴いてきた曲であるが、今回は、ギター・ソロからアルト・サックス・ソロに展開することから、パットの速弾きにLyle Maysのピアノが絶妙に絡むオリジナルになれた耳にはやや違和感が残る。さすがに2時間半近くなり、パットの指運びも、いつもの滑らかさがない感じである。しかし、曲自体の良さが、こうした小さな不満も掻き消してしまうところはさすがである。9時50分、いったん彼らは舞台から引き上げる。

 そしてアンコールである。まず全員が登場し、これまた何度もライブで聴いてきた@。この曲でパットによるギター・シンセサイザーを初めて聴いた頃のロンドン時代の想い出が蘇る。いったん全員が引き上げた後、パットが一人で登場し、バリトン・ギターでの長いソロを聴かせる。これは上海、東京、名古屋公演でも、いくつかの曲のメドレーであったようであるが、随所に「Map of the World(1999年)」のような、どこかで聴いた旋律が現れる、心地良いソロであった。

 更にアンコールは続く。今度は4人で、ミディアム・テンポでの聴きなれた旋律のB。この曲は、1980年発表の、Jack DeJohnetteがリーダーとなり、パットの他、Herbie HancockとDave Hollandが結集したスーパーセッション・アルバムである「Parallel Realities」からの作品である。そして再びパットのソロになり、「What’s It All About(2011)」からのビートルズ・ナンバー。最後に、これまたライブでは定番のDを全員で演奏し、全5回のアンコールが終了した。終了時間は10時25分。22曲、2時間50分に及ぶ、圧巻のライブであった。

(ソロ)



(Unity Group)





 後日、このコンサート評が新聞(10月29日付 The Straits Times)に掲載されたので、いつものように簡単に要約しておこう。タイトルは「パットと彼のバンドに脱帽」。相変わらずペダンッティックで分かり難い文章であるが、こんな感じであろう。

 「現在まで、20回のグラミー賞を受賞している米国ミュージシャンは、この地に来ることだけでなく、3時間に渡るコンサート自体も、全力で行ってくれた。観客のほとんどは、30分以上のおまけをもらう幸運を感じていた。

 コンサートの始めはこれから起こる驚きの前兆で、バンドが揃う通常のスタイルではなく、パットが一人でピカソ・ギターでの催眠を誘うような演奏を開始。続けて4人での低音の響くメロディアスではあるが激しいうなりに満ちた「Come and See」に移り、途切れなく、激しいリズムとわめき声がブレンドされた「Roofdogs」へと続いていく。7曲目が終わったところで、もう一人のボーカル/キーボード担当が加わり、最新作のタイトル曲ー強烈なパンチ力を持ったー「Kin」が演奏される。この日の驚くべきことは、プレーヤー各人のピッチ、トーンが、全て他のメンバーのそれに見事に適応していたことである。特にこれが示されたのは、3つ目のセッションでの、パットと他のメンバーのデュエットであった。ここでは「Dream Of The Return」での、ギウリオのやや薄気味悪いファルセットの歌声が前面に出て、パットのしゃれたフレーズを補完していたのが特記される。

 パットは、30年以上に渡り、多岐にわたる競演、新たなテクノロジーと伝統の調和を通じて音楽業界に君臨してきた。そして2012年からは、この日登場した4人のメンバーと共に Unity Bang / Unity Groupを結成し、2枚の作品を発表した。この日、彼らは最新作の「Kin」からいくつかの作品を披露したが、その中で最も独創的・印象的な曲は、「Rise Up」で、それはパットの緊張感あるフレージング、激しいストロークと、クリスの軽く体を揺すりながら繰り出されるパンチ力あるサックスの響きのショウケースであった。それを除くと、バンドのアプローチは、むしろ度々甘口で、深い共感を呼ぶものであった。彼らはあまりに洗練され、統制されているので、時として軽々と演奏をしているかのようであった。特に「Folk Song #1」と「Born」では、それが感じられた。最後に感じたのは、彼らの音楽は、「賢い(Wise)」というよりも「巧みに計算された(clever)」ものであり、「心」で聴くより、「頭」で聴くものということだ。それは恐らく、このバンドが、マニアックな旋律にこだわる一方で、そうした困難と神秘に対してあまりに巧みに対応しているからなのだろう(ここはやや意味不明である!)。

 しかし、そうした芸術的に完璧なサウンドにも、時々息抜きがあった。それは、パットの代表曲である「James」や、ビートルズの「And I Love Her」で感じられた。こうして、最後に聴衆はひたすらアンコールを求め、それが5回の「聴衆に媚びた」アンコールとなった。いや、最初の7曲が終わったところでパットが、「どんな状況でもまたエスプラネードに帰ってくる」と宣言したことを考えると、「聴衆に媚びた」というのは、適当な表現ではないかもしれないが。」

 24年前の、彼の東京でのコンサートについて、私は「年月が次第に斬新な音楽性を枯渇させていくのも争えない事実」であり、「過去の彼の栄光を作り上げたもののイメージが強ければ強いほどそれが今度は彼の一つの限界になってしまう」と書いた(別掲)。しかし、彼は、依然才能を枯渇させることなく、新たな試みに向けて走り続けている。確かに今回のコンサートは、もちろん懐かしい曲の再演があったとしても、全体としては私が過去に参加した5回のコンサートのどれとも異なるものであった。そしてこうした進化が、同時代のギタリストの中でも、彼を明らかに別格にしている理由であることを再び痛感した、この日のライブであった。

2014年11月1日  記