アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−)
Welcome to the Machine― Live in Singapore
日付:2019年2月23日                                                                            会場:The Pavilion, Far East Square 
 「BRAIN DAMEGA – PINK FLOYD’S DARK SIDE OF THE MOON AND WISH YOU WARE HERE IN QUADRAPHONIC」と題された、地元のピンク・フロイド・トリビュート・バンドによるライブである。

 シンガポールでのライブは、外人バンドはメタル系が中心で、かねがねプログレ系のコンサートがないのが不満の種であった。それに対し、日本はまさに外人プログレ・バンドの天国で、私が半世紀近く追い続けてきた、YES、ASIA、Camel、King Crimsonといったバンドがいまだに頻繁に日本を訪れている。ちょっと足を伸ばして当地に来てくれても、と期待しているが、私の滞在期間の間、こうしたバンドが当地でライブを行うことはなかった。やはり、ただでさえ人口の少ないシンガポールで、そこでのプログレ・ファンなどは本当に限られており、とてもライブで採算が取れるような状況ではないのだろう、というのが、その理由であると思われる。

 そんな中で、偶々新聞で、地元のピンク・フロイドのカバー・バンドが、その最盛期の2枚のアルバム全曲を、ピンク・フロイドの売りであるライトショウを含めて再現するライブがある、という記事を見つけ、半信半疑でS$30のチケットを購入したのである。

 その新聞記事(2月20日付、The Straits Times)をまずは以下に紹介しておこう。

 「伝説の英国のロックバンド、ピンク・フロイドは、その演奏のみならず、視覚的な演出のライブで知られている。しかし、今やメンバーも欠けることになったバンドのライブを見ることはファンには叶わないが、シンガポールのバンドがこれを再現しようというライブが行われることになった。

 Welcome to the Machine―このバンドは、東南アジア唯一のピンク・フロイドのカバー・バンドと自負しているがーは、こうしたバンドとしては非常に稀なソロでのコンサートを行う。彼らは、ピンク・フロイドの70年代の2枚の作品の全曲を演奏する。

 このバンドは、2012年の結成以来、シンガポールのクラブやフェストのみならず、ベトナムやタイでも演奏活動を行ってきたが、単独のライブは初めてである。オリジナルのピンク・フロイドのライブ感を出すために、バンドは、デザイン会社やライティング会社と連携し、レーザーやヴィデオの準備を行った。ギタリストで、創設メンバーのNoel Ong(46歳)は、このため、昨年シドニーで行われたRoger Watersのライブに、何人かのメンバーと共に足を運んだという。Ongは、Ugly In The Morningというファンクロック・バンドのギタリストだが、他のメンバーは、当地のいくつかのバンドから参集している。最年長で同じく創設メンバーのLim Kiang(69歳)は、1960年代のR&Bバンド、Straydogsで名が知られている。ギター&キーボードのDavid Baptistaは、Ugly In The Morningと共に、プログレ・バンドであるForbidden Planetで活動しているが、ここからはドラムのLaurence Bucci(44歳)も参加している。もう一人のキーボード、Yuk Wong(30歳)は、別のプログレ・バンド、Wicked Auraから、そしてボーカルのArindam Chattejee(44歳)はThe Lunchboxesからの参加である。

 彼らの音楽の趣味は異なるが、Baptistaによると、ピンク・フロイドは、その音楽の複雑性故に、メンバー共通の好みであるという。

 バンドは、昨年は、当地のビールフェストの他、Barbershop by Timbre等のナイトクラブで演奏を行ったが、今回の公演にあわせ、サックス奏者とバックコーラス二人を加えることにした。今回の公演は、ライブ・ファンにとっては一種の賭けであったが、結果的に当初予定されたKallangのThe Labが早々に完売したことから、急遽より広いThe Pavilionに会場が変更されることになった。

 バンドとしては、海外のピンク・フロイドのファンまで広げるために、将来の豪州ツアーを検討している。Bucciは言う。ピンク・フロイドは熱狂的なファンがいる。ただ音楽を再現するだけではなく、彼らの楽曲に対する深い愛を示す必要がある。今回のライブで、間違いなく、みんなピンク・フロイドの音楽の虜になると思う」

 ということで、土曜日夕刻のテニスから自宅に直帰し、シャワーを済ませてから、ビジネス街の中心部近くにある今回の会場のThe Pavilion に向かった。この会場は、以前に友人の空手の大会で来たことがあるが、その時の印象では、さして大きくなかった。午後7時の開場に合わせて到着すると、やはりその時と同じ場所であったが、人の集まりはまだまばらである。場所が確認でき、それほど混み合う感じでもないので、まずは腹ごしらえということで、近所で夕食をとり、8時の開演直前に、そこに戻る。プロモーターの Peatix は初めて使用するところであったが、携帯へ送られたチケットの問題もなく会場に入ると、立ち見のフロアーは人で埋まっているが、予想したとおり、それほど広くない会場なので、人数は200-300人程度の感じであろうか。正面、ステージに向かいやや左側中央に位置をとると、ステージ後方の円形スクリーンに、D.ギルモアのインタビュー映像が映し出されている。その円形スクリーンは、私もDVDで持っているピンク・フロイドのPulse Tourで使われた演出を模しているのだろう。10分程それが続き、やや退屈したところで、バンドがステージに登場し、あの聴きなれたShine on you crazy diamond のギターイントロと共に、第一部の Wish You Were Here が始まる。

 バンド・メンバーは、新聞記載のとおりであるが、向かって左から、正面はギター、サックス、ボーカル、ベース、ギター、そして後方に女性コーラス二人、ドラム、キーボードという構成。左の、サラリーマン風ギタリストによるソロから、中央のインド系ボーカリストによるテーマ、そしてその間にいる小柄なゲスト・プレーヤ−のサックスソロと続く。同行の友人と、S$30という値段を考えると余り期待できないので、つまらなかったら帰ろう、と話していたのであるが、夫々のソロも全体のPAもきちんとオリジナルの雰囲気を出している。2曲目は、このバンドの名称ともなっている曲で、シンセサイザーが印象的な曲である。一曲目から、既に予告されていたレーザーショウも始まり、彩られた光線が、会場を貫いている。4曲目では、イントロのアコースティック12絃ギターは右側のギタリストが担当するが、DVDでは、同じくギルモアのアコースティックのソロがそれにかぶさることになるが、この日は、ソロは左にいるギタリストがエレキで被せることになる。そして再びメイン・テーマに戻り、約50分の前半が終了、30分の休憩に入る。十分後半も聴こうという気になるステージである。

 外の小さい広場で、僅かな隙間に腰を下ろし、しばしの休憩をとった後会場に戻ると、9時半、後半が始まった。後半は、位置を変えて、ステージに向かい右側に移った。ステージまでの距離は短くなり、ボーカルから右に位置するミュージッシャンは良く見える。

 後半は Dark Side of the Moon 全曲。Speak To Me breath の鼓動音から演奏が始まる。一つの山は、もちろん The Great Gig In The Sky の女性スキャットであるが、これは二人の女性コーラス隊の左側にいるベレー帽を被った女性が担当。もちろん DVD の黒人歌手と比較すると劣るが、結構健闘していた。 69歳のベーシストのソロ・ベース(やや音程がオリジナルと異なっていた)で始まる Money では、再びサックスがソロを聴かせ、続けて硬質なギター・ソロに移るが、位置をステージ右にとったことから、ギターの音が小さめになってしまったのはやや残念であった。以降、Us And Them からエンディングの Eclipse まで、組曲風に流れていくが、シンセサイザー・ソロで、接続がうまくいかず、モヒカン頭のキーボードのソロがやや途切れた他は、原曲同様の感動的な展開となる。こちらも十分満足できる第二部のライブが終了したのは、10時15分。

 彼らは、いったん引き揚げるかなと思っていると、ステージ左のリード・ギタリスト(Noel Ong。彼が、リーダーなのだろう)による、携帯のメモを見ながらの、この日初めてのMCとなった。バンドの成り染めから、この日のアレンジでの各方面への感謝、そしてもちろんメンバー紹介。彼らのTシャツ等のグッズ購入のお願いなど。そして近い将来には、Animals や The Wall なども全曲やりたいとも。その MC がやや長くなり退屈し始めたところで、そのThe Wall のイントロである In The Fresh?、The Thin Ice そして Another Brick In The Wall-Part 1 が続けて演奏される。The Wall も一部は既にレパートリーになっているということだった。そしてそのまま今度は同じ The Wall からの名曲 Comfortably Numb で、大いに盛り上がったところで、この日のステージが全て終了することになった。時間は午後11時。略3時間立ち続けたライブであった。

 会場横の、Far East Plaza で一杯飲もうとしたところ、狭い通りに並ぶバーは、若者たちを中心に大変な賑わいであった。こんなビジネス街の、週末の日中は人のいない地域の飲み屋が、これほどの人で溢れている、というのは、最近中心街に来ることのない私にとってはやや驚きであったが、その片隅に空いたテーブルを見つけ、友人とビールで一息つくことになった。

 この日の聴衆は、先に書いたとおり、おそらく200-300人。S$30/一人の入場料だと、その収入は、せいぜいS$10,000くらい。この収入では、会場代を払うのが精一杯なので、いったい彼らはどのように音楽活動を続けているのだろう、というのが、その時の、同じプログレ・ファンの友人との最初の疑問であった。PA機器もそれなりにしっかりしており、それに加え、今回は、レーザー設備や、円形スクリーンでの、オリジナルを模した、但し独自の映像作成(Noelの紹介によると、ドラマーの Laurence が手がけたとのこと)等、付帯コストも結構かかったのではないか。それもあり、Noel は、Tシャツを含めたグッズを買ってくれ、と懇請していたが、その売上げもたいした金額にはならないような気がする。この日の演奏が、それなりの水準であったことから、彼らの活動を支える基盤がどうなっているのかが、まず気になったのであった。

 音楽的には、確かにピンク・フロイドは、同じプログレでも、YES や King Crimson のような超絶技法を要求されないことから、カバーはやり易いのであろう。そしてレーザーショウ等の視覚面を含めた雰囲気が、オリジナルでもポイントであった。それに近いステージを作った地元バンドの心意気には、十分拍手を送りたい。週末、手持ちのピンク・フロイドの音源を聴きながら、今度は、彼らが出演しているというクラブ等も訪れてみたいという気にさせるライブであった。

2019年2月25日 記