アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−)
Pat Metheny - Live in Singapore
日付:2020年3月2日                                          会場:Esplanade Concert Hall 
 パット・メセニーの、シンガポールでは2014年以来、6年振りとなる3回目の公演。私にとっては、8回目の彼のライブであり、また今回この地に再度赴任して以降、2回目のコンサートである。折からの新型肺炎騒ぎで、多くのイベントが中止となる中、この公演についても、いつそのアナウンスがあるかとびくびくしていたが、彼はそれをもろともせず、予定通り来訪してくれた。会場は、マスク姿の観客で溢れるであろうことは予想できたが、まずはここに立ち寄ってくれたことに感謝感激である。

 同時に、今回の公演に先立つ2月10日、彼の盟友であったピアニスト Lyle Maysが、カリフォルニアの病院で、病気のため息を引き取った。パットや私と同じ66歳。その早すぎる死に、何よりも彼自身が大きく傷つけられたであろうことは疑いない。2005年発表の「The Way Up」の長尺演奏が、1977年以来続けてきた「Pat Metheny Group」でのライルとの最後の録音となった。その後パットは、約30年に渡り行動を共にしてきたライルとはレコーディングを行うことなく、Brad Mehldau とのピアノ・デュオや、新たな彼の固定パートナーとなったドラムの Antonio Sanchez(以下「アントニオ」)とのトリオ、そして「Orchestration」という大ソロ・プロジェクトを経て、Antonio Sanchez を核に、サックスの Chris Potter、ベースの Ben Williams を加えた Unity Band を結成することになる。そして、更にこのバンドの進化形として、「Orchestration」を担当する Giulio Carmassi を加えた Unity Group で、「Kin(←→)」を2014年の初めに発表する。前回の当地でのライブは、この「Kin(←→)」のツアーであったが、今にして思えば、既にこうした時期、ライルは、共に演奏ができる状態ではなかったのであろう。そして今回のツアーがパットにとってはライルの追悼の意味を持っていることは間違いない。

 またこの公演に先立つ2月、彼は、その、「Kin(←→)」以来6年振りとなる新作「From This Place」を発表している。CD店がなくなったシンガポールでは、まだこの新作を入手することはできないが、ネットで聴くことができる。新作の構成は、@America Undefined、AWide and Far、(ミデアムテンポ)BYou Are、(スロー・バラード)CSame River、(ベース・ソロ→ピアノ・ソロ→シンセ・ギター・ソロ)DPathmaker、(ギター・ピアノ・ユニゾン→ピアノ・ソロ→ギター・ソロ)EThe Past in Us、(スローバラード、ハーモニカ・ソロ)FEverything Explained、(ピアノ・ソロ)GFrom This Place(女性ボーカル)、HSixty Six、(スローバラード、スローギター・ソロ)ILove May Take Awhile(スローバラード)の10曲で、今回のツアーの4人に、ボーカルやハーモニカ、そしてオーケストラを入れたメンバーで録音されているが、サックスを入れず、ピアノが、ライルを髣髴とさせるリリカルな演奏を披露していることから、パットの初期の音楽に帰ったような印象である。そしてその作品の発表を受けた今回のツアーは、シンガポールを起点に、オーストラリア3か所、ニュージーランド1か所を経て、南米、欧州と合わせて34都市を回る大ツアーとなっている。

 今回のツアー・メンバーは、その新作の中心となる4人。パットとアントニオに加え、ベースが Linda May Han Oh(以下「リンダ」)、ピアノがGwilyn Simcock(以下「グィリン」)というカルテットである。後者の二人は初めて聞く名前であるが、ネットで調べてみると、(当然ながら)夫々がそれなりの実績のある実力者である。リンダは、1984年マレーシア生まれ(35−6歳)で、オーストラリアに移住、そこで実績を積んだ華人系の女性であり、既にソロ作品も発表している。またグィリンは、1981年ウェールズ生まれ(38−9歳)の英国人で、彼も自身のリーダー作を数枚発表して、それなりの評価を受けているが、2016年以降、パットと行動を共にしているということである。メンバー構成から考えると、前回の「Kin(←→)」のツアーは、結構斬新な音作りであったが、今回は前述のとおり、初期の作品に近い古典的なジャズだろう、という予感をもって会場に向かった。

 当日、開演は7時半ということで、会場であるエスプラナード裏のマリーナに面したバーレストランで、ビールと軽い夕食を済ませ、時間通りに会場に入る。折からの新型肺炎騒ぎで、入り口での体温測定はあったが、特段の問題はなく着席した。発売と同時に購入したS$132のチケットは、ステージから11列目であるK列。席は中央、距離も前回の彼のライブと略同様の位置。偶々、前の一列が開演時空席であった(そして結局、終演まで埋まらなかった)ので、ステージは見易い。前回同様、着席して直ぐに開演のアナウンスがあり、午後7時35分に、パットが登場した。彼は、時間にはきちんとしていることが、今回も確認された。

 当日のセットリストは、まさにツアーのキックオフということで、まだネットにも全く記載はないこと、そしていつものように、「聴いたことはある」が、曲名が特定できないものが多いので、そうした曲は夫々の印象や推測での曲名を記載しておく。今後、豪州公演等での曲名情報が出てくれば、適宜修正することにする(その後、3月5日に、このシンガポール公演のセットリストが公開されたので、そちらに修正した)。

(セットリスト)

(Pikasso Guitar Solo)
@ Unity Group Cover

(Band)
A So May It Secretly Begin? (Still Life (Talking), 1987 )
B Bright Size Life (Bright Size Life, 1976 )
C Sirabhorn (Bright Size Life, 1976)
D Have You Heard (Letter From Home,1989 )
E Always and Forever ( Off Ramp,1982)
F James(Off Ramp,1982)
G Slip Away (?)
H The Red One (I Can See Your Home From Here, 1994)
I Farmer’s Trust (Travels,1982)
J Tell Her You Saw Me (?)
K Everything Explained (From This Place, 2020 )
L Unity Village (Bright Size Life,1976 )
MPhase Dance (PMG, 1978)
N Question and Answer(Question and Answer, 1990)  

(アンコール)
O Medley : Minuano / Midwestern Nights Dream / Omaha Celebration / Letter From Home / Chris (This Is Not America ) / Last Train Home
P Song For Bilbao (Travels,1982)

 彼のライブの定番で、6年前と同じ、パットのソロの@でのスタートである。1997年の「Imaginary Days」から導入した42弦のピカソ・ギターでのソロ。いつもの通り、通常弦での演奏から始め、徐々に斜めに張られた他の弦を使い始め、エレキ・シタール風の効果をもたらす。以前の演奏と同じ曲かどうかは分からないが、当然同じ曲でもアドリブで違うものになっているのであろう。そして、ピカソ・ギターでのイントロに入ったところで、バンドの他の3人がステージに登場し、彼らの音が加わったところで、パットがセミアコに持ち替えるのも、前回と同じ展開である。

 ただ、ここから、今回のメンバーによる新しい世界が開けてくる。Aは、聴いた曲ではあるが曲名は特定できないミディアム・テンポの演奏で、メインテーマから、パットの流れるようなソロに移っていく。バンドは向かって左がピアノのグィリン。パットを中央に、右にドラムのアントニオ、そして私の位置からは少しドラムに隠れた後方にウッド・ベースのリンダという配置。カルテットで人数が少ない分、各人のタッチは手に取るように分かる。続いてパットのデビューアルバムで、Jaco Pastoriusを含むトリオで演奏されたB。ここで初めてピアノのグィリンのソロが披露されるが、このツアー直前に病死したライルに似たリリカルなタッチを聴かせる。

 スローバラードで、女性ベーシストのリンダのソロを含むCに続けて、おなじみのDのメインテーマが演奏される。ライブの定番で、私も最も好む彼の作品のひとつであるが、今までは全てコーラスやパーカッションを含む厚みのあるサウンドで演奏されているが、この日はカルテットによる原点に返ったような演奏で、彼のギタータッチが鮮明に耳に入ってくる。正直、聴きなれた曲であるが、全く異なった印象であった。

 ピアノを入れないトリオでのスローバラードのE、そしてパットとアントニオの二人だけでのFと続くが、Fでは、アントニオのドラム・ソロも披露される。バークレー音楽院首席卒業という彼のドラムは、もちろんリズムが正確なだけではなく、間の取り方が絶妙である。少しずれているかのように聴こえながら、それがドライブ感をもたらしている。個人的には、PMG時代のPaul Werticoのドラムの方がパットの音楽にはあっているのではないかと思えるが、おそらくパットは、アントニオのこの感覚を評価しているのだろう。

 これも中期の作品として聴き覚えのあるミディアム・テンポでピアノ・ソロをフューチャーしたGから、アップテンポのHに移るが、パットはセミアコでのメロディから始め、途中で、この日初めてのギター・シンセサイザーに持ち替える。しかし、音は抑えめで、むしろ後半のベースとドラムの掛け合いがここでのメインアクトになる。ベースのリンダは、前述のとおり、マレーシア系華人の30代半ばの女性で、それまでは3人の男の後方から、大人し目にバックアップに徹しているという印象であったが、ここでのアントニオとの掛け合いはアクレッシブで、さすがパットが目を付けただけあるプレーヤーである。

 この曲が盛り上がって終了したところで、パットがマイクに向かい、メンバー紹介を行う。私はここで、彼がライルの追悼を行うかな、と期待していたが、3人の紹介だけで、そのまま次のアコースティック・ギター・ソロのIに移っていった。そして、結果的には、最後まで、パットがライルの死をどう受け止めているかは分からないままであった。ひらすた自分の音楽を求め続ける彼らしい姿勢と言えばそれまでであるが、何か一言ライルについてはコメントして欲しかったというのが正直なところであった。

 再びセミアコに持ち替え、ピアノ・ソロで始まるスローバラードのJ、続いてミディアム・テンポでピアノ・ソロをフューチャーしたKに移る。この日、前記の最新ソロ・アルバムからの作品が中心かと思い、週末に予習をしていたのだが、ここまでの演奏はほとんど初期・中期の作品であった。そんなことで、今回は、新作からの作品はなかったと思い、コンサート後関連サイトにその旨を投稿したところ、一人のファンから、「Everything Explainedをやったぞ」という反応があった。改めて、ネットでこの曲を聴いてみると、確かにこの曲であったのかもしれないと思えてきた。そして実際、後日この日のセットリストが公表され、これが、今回唯一、新作からの作品であることが確認できたのであった。それにしても、グローバルなネットでのファンのコメントはさすがである。

 そこからはパットとそれぞれの相手とのデュエットに移る。まずは、ベースのリンダとのデュオのL。これも初期の作品であるが、リンダは嬉しそうにパットに反応している。続くグィリンとのデュオのMは、やや驚きであった。初期から中期のライブで、特にオープニングの定番のこの曲を、ピアノと二人で演奏するというのはやや冒険である。コンボでの演奏では、やはり夫々の音が他の楽器の音に重なることで、もちろん盛り上がるが、同時に多少の指使いの乱れやリズムのズレも無視できることもある。しかし、このデュオは、夫々の音を裸で晒すことになるのである。もちろん曲の印象も大きく変わってくる。結果は、パットのギターもグィリンのピアノも、その課題を見事にクリアーしたと言える。このライブでしか聴けない(ただ、後日、このツアーの映像も公開されるかもしれないが・・)Phase Danceであった。そして最後はアントニオとのデュオのN。パットは再びギターシンセに持ち替えるが、ここは既に長く行動を共にしている二人であるので、安心して聴くことができる。次第に盛り上がり、パットはフリーフォーム的なシンセ・ソロを聴かせ、それにアントニオがやはり激しく反応する終盤で盛り上がり、終息していった。メイン・ステージはここで一旦終了する。時刻は9時20分。

 そして直ちにアンコールである。今回は、またパットが一人で登場し、アコースティックのN。これも、聴きなれた曲であるが、数ある彼のアコースティックのどの曲だかは特定できない。そして続けて全員が登場し、これまた何度も聞きなれたO。パットは再びギター・シンセサイザーに持ち替え、リンダも、この日初めて、ウッド・ベースではなく、エレキ・ベースを演奏している。こうしてすべてのコンサートが終了したのは9時40分。前回の3時間には及ばないが、2時間を超える、十分満足できるライブであった。

 前述の通り、今回は直前に発表された新作のコア・メンバーによるツアーであることから、当然この新作が中心のライブになると予想していたが、それに反し、むしろ初期や中期の作品がほとんどで、新作からは、後で指摘された一曲のみが取り上げられることになった。今回のツアーが、まさに長期にわたるツアーの初日であったことから、ネットにもセットリストの紹介がなく、またパットの作品は、余りに数が多いことから、聴いたことはあるが、曲は特定できない作品がほとんどであったのは残念であった。

 しかし、同時に、やはり彼の原点は初期にあり、既に20代前半で、自分のスタイルを完成させていたと言えるだけに、そして私もまさに彼と同じ年代でその音楽を体験してきたことから、何か自分の若い時代に戻ったような感覚を持ちながら、今回のライブを楽しむことになったのである。サポート・メンバーも、その意味で、古い作品を理解し、当時のシンプルな音を意識しながら、しかしテクニック的には間違いなく大きく進化したスタイルでそれを再現していたと言える。新型肺炎騒ぎの最中にもかかわらず、当地でのライブを予定通り実行してくれたパットと他のメンバーには心からの敬意を表したい。

2020年3月4日  記