シンドラーのリスト
監督:S.スピルバーグ
(アメリカ映画であるが、ナチス関連ということで、ここに掲載する。)
言わずと知れたこの1993年のS.スピルバーグ監督作品。先日劇場で観た「教皇選挙」の主人公である首席枢機卿を演じたレイフ・ファインズが主要な役割で登場していることに加え、最近ナチス親衛隊(SS)に関する新書を読んだ(別掲)ことが、これを改めて観ようという気にさせた。
かつてドイツ時代に公開されたこの作品を、当時ドイツで観て、それが同年のアウシュビッツ旅行(別掲)のきっかけになった。しかし当時は映画の評は書いていたかったことから、映画自体の感想は全く残っていない。それ以上に、恐らくアメリカ映画であることから、音声は英語で、ドイツ語ルビだったのではないかと想像されることから、当時この映画の細部をどこまで理解できていたかはたいへん疑問である。しかし、当時の日本語映画解説でも話題になっていたことから、そうした文献を読んで大凡の展開が頭に入っていたことから、ドイツの映画館でも、3時間を超えるこの映画を飽きることもなく観ることができたのであろう。しかし、今回の日本版は、日本語吹替えであることから、気楽に観ることができる。しかし、私の想像に反し、主役のシンドラーを演じているのはリーアム・ニーソンという俳優で、レイフ・ファインズは、彼の交渉相手であるナチスの収容所長という、いわば悪役であった。俳優としては、その他、シンドラーの片腕となって工場を切り回すユダヤ人、アイザック・スターンを「ガンジー」のベン・キングズレーが演じている。
白黒画像の映画は、ナチスによるユダヤ人迫害が、住居の強制収奪とゲットーへの強制移住となるところから始まる。そうした中、ドイツ人のシンドラーは、今後の戦局の拡大により大きな利益が見込める金属食器生産会社に目をつけて、そこで会計士をやっていたユダヤ人のスターンと交渉、彼を通じ迫害され始めたユダヤ人の金を資本としてその工場を買収すると共に彼を経営の責任者とする。そしてそこの従業員として、ナチスのユダヤ人政策により、ポーランド人よりも低賃金での雇用ができるユダヤ人の熟練工をかき集め、「ドイツほうろう容器工場」での生産を開始する。同時に彼はナチス親衛隊のパーティーに潜り込み、そこで将軍たちに大盤振る舞いをしながら関係を深めることで、会社は順調に業績を伸ばしていく。
ユダヤ人への迫害は益々激しくなり、親衛隊によるユダヤ人の強制労働や恣意的な殺害、そして強制収容所への移送等が始まる。スターンもその強制収容所への移送の列車に乗らされるが、それに気がついたシンドラーの機転で、すんでのところで救出されている。続いてゲットーの強制手入れが行われ、シンドラーがその様子を、馬に跨って丘の上から妻と一緒に眺める場面は、この映画を初めて観た30年前の記憶として未だに残っている。そして再びスターンが強制収容所に送られるところを、親衛隊の所長ゲイト(レイフ・ファインズ。30年後の首席枢機卿役と比較するとさすがに若い!)を買収し、改めて阻止するのである。ゲットー内では隠れたユダヤ人が、夜になって動き出したところを待ち抱えていた親衛隊員により射殺されている。
ユダヤ人迫害は更に激化し、街では大量殺戮されたユダヤ人が穴に放り込まれ焼かれたりしているが、シンドラーの工場で働いているユダヤ人たちはそれを免れている。そして戦況が厳しくなる中、シンドラーは、前線からより離れたチェコに工場を移動する決断を行い、そこに連れていくユダヤ人工場労働者のリストをスターンと一緒に作成することになる。最終的に4000人を超えるリストが完成した時に、スターンは、シンドラーに向かって「このリストはただの名簿ではなく、我々の命です」と呟くのである。
列車での、男と女子供に分れた新工場地への移送。男の列車は無事到着するが、女子供を載せた列車は書類上の過ちでアウシュビッツに到着している。列車から降りた女たちは髪の毛を切られ、裸にされて、ガス室らしき部屋に押し込まれ、そこで一瞬観ているものを緊張させるが、上の蛇口から出てきたのはただの水で女たちは救われ、最終的には新工場へ移送されることになるのである。ただはるか遠くで、親衛隊幹部への買収で救出に動くシンドラーが何故それに成功したのかという理由は今一つ理解できない。女子供が到着した駅で、シンドラーは、ナチス警備兵に対し、「工場労働者に危害を加えた兵士は厳罰に処される」と警告し、ユダヤ人労働者を守るのである。新工場では、食器に加え砲弾製造なども行っているが、その評判は上がらず経営は厳しくなっているようである。しかしそうした中、ドイツの無条件降伏と大戦の終了が告げられることになる。
従業員に対し「ドイツ軍に協力して儲けた私は有罪となるので、逃げるが許して欲しい」と、そしてナチス警備兵には、「家族のもとに殺人者として帰るか、人間として帰るか選んで欲しい」と告げるシンドラー。兵士たちは工場を去り、シンドラーも一台の車で出発する。そこに集まった従業員からは、彼がユダヤ人のために尽くしたという多数の署名入り証書と彼らが作った金の指輪が送られるが、シンドラーは、「自分の浪費癖がなければもっと多くの命を救えた」と泣き崩れるのである。多くの従業員たちがその彼を取り囲み慰めたのは言うまでもない。
彼が去った後、赤軍の先兵隊が工場に到着し、ユダヤ人たちの解放を告げる。近くの街で食事がもらえるという話を聞いた従業員たちは大挙して草原を歩き始めるが、ここで画面がカラーとなる。そして舞台は跳び、シンドラーの墓標を弔問のため訪れる人々の長い列。皆、品の良い服装をしている老若男女たち。シンドラーの墓碑からは、1908−1974の年号が読み取れ、この3時間を超える映画が終わるのである。
シンドラーがユダヤ人を雇用したのは、単に戦局を利用した事業での成功と金儲けという経済的合理性だけで、そこには「ユダヤ人を救済しよう」という意図は一切なかったように描かれているのが、この作品の肝である。当然ながら、それが表に出ればナチスから攻撃されることが明白であるからである。主人公を演じるリーアム・ニーソンは、常に冷静で冷たいシンドラーを演じているが、それでも時折、ゲットー手入れを眺める場面のように、ユダヤ人迫害の現場に遭遇し眉を顰めることになる。こうした様子が、戦争が終わり工場を去る際の「もっと救えた」という彼の悔恨に繋がる、という流れである。他方、「教皇選挙」のレイフ・ファインズは、そのシンドラーに易々と騙される、残虐ではあるが軽薄で阿呆な親衛隊隊長という役柄であるのには笑ってしまう。
スピルバーグによるユダヤ人迫害場面の激しさは、この作品がホロコースト映画の金字塔となったことを物語る。ナチスによる強制移住、強制労働から始まり、殺害や死体処理のリアルな描写は、時として吐き気をもたらすくらいである。冒頭に記載した親衛隊に関わる新書でもこうした目を覆うようなユダヤ人大量殺人の数々が記載されているが、映画による描写は文字によるそれとは比較にならないくらい強烈である。ただよく言われる通り、そうした迫害にあったユダヤ人が、現在はイスラエルによるガザの民衆への同様の虐殺を続けているというのは歴史の大きな皮肉である。
ホロコースト映画では、その他「ショア」等も知られており、まだ観ていない作品も多いが、取り敢えず当面はその世界から離れることにする。
鑑賞日:2025年9月9日〜11日