ゴールドフィンガー
監督:フェリックス・チョン
数年前に、香港警察物の「インファナル・アフェア」という3部作を観たが(別掲)、ここで主役を張っていたトニー・レオンとアンディ・ラウがおよそ20年振りに共演したというのが売りの2023年制作の香港映画で、監督はフェリックス・チョン。
その「インファナル・アフェア」シリーズは、2002年から2003年にかけて公開された「潜入捜査官」物で、「警察内部の権力争い、黒社会の内部抗争などをクールに描いて『香港ノアール(ノアールは、フランス語で「黒」や「暗黒」を意味する)』の称号を与えられた」人気シリーズになったという。そしてこの20年振りの二人の共演は、トニー・レオンが、無一文からのしあがった財閥総帥で、アンディ・ラウがそのトニーの汚職等の黒い部分を15年に渡って追いかけるという話である。
1970年代の香港。警察内で広がる汚職を摘発するICACという組織に対し警察官が猛反発し、騒乱が起こり、そのICACの捜査官であるラウ・カイコン(アンディ・ラウ)は、1977年以前の汚職は摘発しないと告げ、その警察官たちをなだめている。他方、チン・ヤイン(トニー・レオン)は、土木技師東南アジアで成功しようとして失敗し借金を背負い香港に戻ってくる。そこで英国植民地政府が、ある物資を香港に持ち込むという内部情報を得て、香港内の不動産開発の可能性に気が付き、田舎の不動産を手に入れたのを契機に、次々に買収を進め、設立したカルメン・グループという企業を財閥的な大企業に育て、のし上がっていく。1981年、そのチンの成長の裏に汚職があると見たラウは、チンを拘束し、関係者を含めた尋問を行うところから、映画はそのチンがのし上がる過程を回想するような展開になっていく。何もない新事務所で、最初のスタッフとして雇ったタイピストの女を表の顔として立てながら、株価操作にたけたブローカーの男を雇い自社株の株価を吊り上げる。財界の大物を騙し、その名前を使い香港有数のビルを、財務危機に陥った英国の所有者から買収する等々。更にフィリピン大統領の投資顧問となったり、タイ・ミャンマー・ラオス国境地帯の麻薬取引にも手を染める。米国や日本にも投資し、国際企業としての体裁も整えていくのである。
しかし1982年、香港の本土返還交渉が始まると、英国企業の撤退や、中銀の金融引締め等もあり香港経済のバブルが弾け、会社の株は暴落。カルメン・グループ経営危機の噂が広がる、資金の当てのない中間配当割増で乗り切ったあたりから、裏取引により手を染めていく。特に、東マレーなる国のエネルギー資源を巡る取引で、調査員が殺されたあたりから、それまでもチンを追っていたラウの追求が厳しくなる。しかし、チンは、何度も逮捕・訴追されながらも、手練手管を使い、その都度無罪を勝ち取っていく。他方、ラウの家族が何者かに突然車をぶつけられたりと、ラウの周辺に対する脅威も高まり、またブローカーと良い中になった社長の女が逃亡中の船で爆殺されるなど、関連汚職の証言者となりそうな人々も次々に消されていくのである。
こうして、ラウがロンドンで当局に拘束された東マレー案件の関係者の証言を取るあたりから、ラウに流れが傾いてくる。1988年、アメリカでのチンの告発は、裁判官の妻のインサイダー疑惑で退けられるが、それから8年後の1996年、東マレー案件での贈収賄についての裁判で、多くの関係者が有罪となる中、一人生き延びてきたチンもついに自己の関与を認め、ラウはついにこの15年に渡る追求を貫徹するのである。チンへの判決は懲役3年。彼の財閥は清算され、残余財産は債権者に返還されるが、株主に与えられることはなかった、というルビで映画が終わることになる。
チンがバブルを利用しながらのし上がり、またそれが弾けた後も、汚職などの汚い取引により生き延びるが、最後はそれを執念で追いかけた捜査官ラウが勝利するという話であるが、その裏取引はなかなか分かりにくいし、また理解しようとも思わない。それに派手なバブルの映像や、関連する多くの殺人なども、まあこの手の映画にはよくある素材で、あまり真剣に追いかける気にはならない。そして、あれだけ追求を逃れてきたチンが、最後は簡単に有罪を認めてしまうというのも、やや唐突な終わり方であった。そこにはラウがじわじわと追い詰めていった、という雰囲気はあまり感じられなかった。かつて「インファナル・アフェア」でコンビを組んだ香港の有名俳優の再共演というのも、もともと彼らにそれほど関心を持っている訳でもないことから、どうでも良い。ただこの映画でふと感じたのは、香港で治安維持法が施行され、民主化運動が潰された現在、こうした『香港ノアール』が、当局の規制もなく制作・公開され、それなりの興行成績を残しているというのが何を意味しているのだろう、という疑問であった。香港経済の裏や警察の汚職は、もはや中国政府が気にする事項ではなくなったということなのか?はたまた、中国共産党にとって、この程度の表現は香港を政治支配する際の脅威ではない、あるいは民主化運動を抑え込まれて不満が溜まっている民衆の気持ちを逸らせる素材程度にしか考えていないのか?また俳優でいえば、J.チェンが共産党支配に迎合して生き延びている、というのはよく知られているが、このトニー・レオンやアンディ・ラウも同じようなスタンスをとっているのか?ただそうだとすると、逆にこの映画の興行成績が好調というのはあまり理解できない。ということで、そうした現在の民主化運動への管理が強化される香港での映画製作ということの意味合いにつきいろいろ考えさせられたというのが、この作品観たうえでの唯一・最大の関心であったと言えよう。香港の今後の運命と併せて、ここでの作品をこれからも観ていくことにしたい。
鑑賞日:2025年10月14日