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パラサイト 半地下の家族
監督:ポン・ジュノ 
 今年のカンヌ映画祭で、韓国映画としては初のパルム・ドールを受賞した他、アカデミー賞でも作品賞、監督賞等4部門で受賞を果たしたことで、一躍日本のメディアでも脚光を浴びている韓国映画である。新型肺炎で多くのイベントやアポがキャンセルされ、時間ができたこともあり、ウイークデイの夕刻、衝動的にいつもの近所の映画館での上映を見に行くことにした。午後6時50分の上映開始(終了は8時50分)であるが、現下の環境下、観客は精々10人程度。これだけ空いていれば感染リスクは少ない。映画は、英語、中国語2か国語の字幕付きである。

 韓国映画を見るのは、相当久し振りで、少なくともシンガポールで見るのは初めてである。韓国物は、「少女時代」などの女性Kポップ・グループを除くと、ドラマを含めて全く関心がないことから、監督のポン・ジュノを始め、恐らく出演者も、その筋では著名な俳優たちなのだろうが、全く馴染みがない。ただ今回、この映画が話題となった際に、日本のNHK国際放送のニュースに監督が登場したり、以前にこちらで見た日本映画「万引き家族」の是枝監督との対談などが取り上げられていたことから、その風貌なりは、事前に知っていた。しかし、映画の内容については、貧乏家族が富豪家族と接触することから展開する悲喜劇、という程度の事前知識しか持たずに出かけていくことになった。

 TVで紹介されていた、汚い半地下暮らしの家族模様の場面から映画が始まるが、その家族の息子ギウ(チェ・ウシク)が、海外に渡航する友人から、自分がやっていた富豪家族の娘の家庭教師を引継ぐことになり、その富豪家族の広大な家を訪れる。そして、それをきっかけに、妹ギジョン(パク・ソダム)は、幼い長男の教育係として、父親のギテク(ソン・ガンホ)は、運転手として、母親のチュンスクは家政婦として、4人が家族であることを隠して、その富豪の家に入り込むことになる。そして生徒の娘と恋仲になったギウを始めとして、彼らは、その富豪の生活を享受する夢に浸り始めるが、彼らが策を弄して解雇させた、前の家政婦が、富豪家族の留守に、その家で集まっていた4人の下を訪れることで、話は急展開し、そして悲惨な終末を迎えていくことになるのである。

 映画の前半、半地下家族4人が、富豪家族に取り入っていく過程は、余りに不自然である。富豪家族の母親パク(チョ・ヨゾン、そこそこ美人である!)は、ギウが持参した偽造した大学の卒業証明や、妹ギジョンの芸術療法を簡単に信用する等、お人好しそのもので、またIT企業のオーナーという父親パク(イ・ソンギュン)も、ギジョンの小細工で運転手を解雇する等、ほとんどありえない人物設定である。そもそも、4人の家族が夫々が、この富豪家で見せた技量があるのであれば、そもそも何で半地下の貧困生活をしなければならなかったのか、と突っ込みたくもなる。このあたりは、結果的には、後半の展開に繋げるためのコメディーと考えればそれなりに納得するが、現実離れした展開である。

 しかし、一旦4人家族が、富豪家庭に入り、そして大雨の夜に、解雇された元の家政婦が訪ねてくるところから、今度は、映画は一変サスペンス・ホラーの様相を呈することになる。そこで明らかになるのは、富豪家族のパラサイトである4人の前に、元家政婦とその破産した元ローンシャークの夫が、実はその富豪家族のパラサイトであったこと。そして彼ら二人は、4人が家族であることに気がつき、携帯画面を富豪家族に伝えると脅し、またそれを4人が抑え込んだりしながら、最後のガーデン・パーティでの悲劇に突き進んで行くことになる。その過程で、韓国の富豪の家には、朝鮮戦争の経験もあり、核シェルターを兼ねた広大な地下スペースがあることや、そこからいったん抜け出し、4人家族を制圧した元家政婦夫婦が、金正恩風の演説をすることなど、韓国特有の歴史や諧謔が描かれる。そしてガーデン・パーティでの惨劇の後、姿をくらました父親パクは、元家政婦の夫に替わり、この隠された地下スペースで、新たなパラサイト生活を送ることになる、というオチになる。

後半は、サスペンス・ホラーとして、それなりの緊張感で展開していき、引き込まれる部分も多いが、それでも、展開では、突っ込みたくなる部分も多い。例えば、雨の日に元家政婦が訪ねてきた際に、4人は豪邸での家族パーティの最中であったが、そんな時に元家政婦を家に入れるか?またそれから元家政婦とその夫と大立ち周りをやっている最中に、富豪家族が、予定を変更して突然戻ってくる、というのも、簡単に予想できる、安易な展開である。そして、ガーデン・パーティの最中、何でギウがあえて地下に幸福の石を持って降りて行ったのかという動機も、十分説得力を持っていないように思える。

 ということで、全体として見ると、前半が喜劇、後半がサスペンス・ホラーと雰囲気が一変するが、リアリズム映画ということでいうと、是枝の「万引き家族」の方が圧倒的に現実味があるのは、私が日本人だからということだけではないと思う。また、日本以上に広がっている韓国の格差社会を皮肉った作品であるという通俗的な解釈もできなくはないが、そうであれば私が最初に指摘したとおり、其々がそれなりの能力を持っている4人家族が、何故半地下暮らしを余儀なくされたのか、を掘り下げる必要がある。しかし、あくまで前半は後半のホラーを導くための導線に過ぎないと解釈すれば、そうした社会派的解釈は不要になる。そして、この映画が欧米で評価されたというのは、この映画が単純な社会批判や風刺ではなく、むしろ韓国フレーバーに満ちたエンタメ映画であったことが、彼らのエキゾチスムを刺激したためであったのかな、と思えてくる。その意味で、個人的には、あまり感じるところのない作品であったというのが正直なところであった。    

 尚、映画を見ていた時は気がつかなかったが、作品中で妹ギジョンが歌う曲(富豪家に入り込むために使った偽名を被せ、ネットでは「ジェシカソング」と呼ばれている)が、竹島への韓国の主権を主張する楽曲の替え歌であることから、ネット右翼からの批判が出ているようであるが、この映画が社会的作品ではなく、サスペンス・ホラーのエンターテイメント映画であることや、欧米人にはそもそも竹島問題など全く認知されていないことを考えると、別にシリアスに批判する必要もないと思われる。

鑑賞日:2020年2月27日