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教皇選挙
監督:E.ベルガー 


 先週観た「国宝」について、映画通の友人と話をしていたところ、以前に彼から推奨されたにも関わらず、また観ていない作品が何本かあることに気付かされた。その内の幾つかは既に首都圏での劇場公開が終わっていたが、今年3月公開のこの作品は、やはりメジャー作品であったからであろう、まだ日比谷で上映されていたことから、「国宝」同様、猛暑からの避暑も兼ねて出かけていくことになった。日比谷に同じ系列の映画館が2つあり、当初違う映画館に足を運び、そこで予約の映画がなかったことで気がつき、近所の正しい会場に向かうことになったのはご愛敬。

 英米合作で、監督は「西部戦線異状なし」等のエドワード・ベルガー、主人公のローレンス枢機卿を「シンドラーのリスト」のレイフ・ファインズが演じている。「シンドラーのリスト」は、ドイツ駐在時の1995年のポーランド旅行記(別掲)でも書いた通り、その年のアウシュビッツ旅行の契機ともなった作品であるが、映画の評は残していないことから、この俳優の名前も全く覚えていなかった。既にそれから30年が経っているが、今回改めてレンタル・ビデオでも観てみようかなという気になっている。

 教皇選挙については、まさにこの映画の公開直後の2025年4月、先代(266代)で史上初の南アメリカ大陸出身のフランチェスコが逝去し、5月にレオ14世(267代)が選出されている。彼も史上初めての米国出身、そしてペルー国籍も持っているということで、それも史上初めてということであるが、この「教皇選挙」と重なったことも、この映画が大きな話題となった理由であった。それもあろうか、この作品は、第97回アカデミー賞で作品、主演男優、助演女優、脚色など計8部門でノミネートされ、脚色賞を受賞したとのことである(但し、「脚色賞」だけだった、という見方もある)。

 その映画であるが、まずは冒頭、先代の教皇が逝去し、ローレンスがコンクラーベを仕切る首席枢機卿として準備を始める。もちろん舞台はかつて1980年代に私も訪れたことのあるシスティナ礼拝堂とその周辺である。100名を超える各地の枢機卿が集まる中(外の広場で何人かが談笑しながら煙草を吸い、その吸い殻がそのまま足元に散らばっているのは実際の様子なの?と思ってしまう)、当初の名簿に記載のなかったアフガニスタンはカブールのベニテス枢機卿が登場し、生前の教皇から承認を受けていることが確認され、皆に紹介されている。彼はこの映画の最後で重要な役割を果たすことになる。

 こうしてシスティナ礼拝堂でのコンクラーベが始まる。教皇選挙は公には「選挙運動」が認められていないということであるが、実際には内密の票集めが進められる。その辺りが映画の主題であるが、まずは評が拡散し、簡単には決まらない。票を焼いた煙の色で、決定がなされなかったことが、外で見守っている民衆に知らされるのは良く知られている。

 当初は、その争いは、白人の進歩派と保守派候補の間で繰り広げられているが、コンクラーベを取り仕切るローレンスにも票が投じられている。ローレンスは、こうした評を少数の有力候補者にまとめるべく、個別の説得を進める。またその保守派の有力枢機卿について、生前の前教皇が、警告を発していたという情報もローレンスのもとに届けられ、それについての情報収集も始めている。ローレンスは、前教皇の自室に無断で入り込み、前教皇がその保守派有力枢機卿の問題を記した文書なども見つけている。

 しかし5回目の投票を終えても、票は分裂し、新教皇はまだ決まらない。そしてその日の晩餐の際に、騒ぎが起こる。これは、アフリカ出身の有力枢機卿が30年前に妊娠させた女が、シスターの一人として食事の手配の場に現れ、それに気がついたその枢機卿がパニックを引き起こしたのである。彼は、ローレンスに過去の誤りを懺悔し、候補者から辞退することを告げる。また続く投票の際には、爆発音が響き、礼拝堂の上の窓が落下する事態が発生するが、これはその時外で発生していた過激派によるローマ市内への爆弾テロの一部であった。

 投票メンバーが緊張する中、保守派の有力枢機卿が、「こうした危機に対応するには伝統に帰り、他宗教や政治的過激派に厳しく対応すべきだ」、と強く主張する中、冒頭で紹介されたカブール出身のベニテス枢機卿が、「こうした時だからこそ、宗派を超えた友愛と寛容が必要だ」と反論する。そして、その保守派有力枢機卿は、対立候補であるアフリカ人枢機卿を貶めるため、彼の昔の女を連れてきたことや、前教皇の彼に対する警告などもあり失脚。その結果、驚くべきことにベニテスが、最後に新たな教皇に選定されるのである。しかし、その新教皇決定の正式発表前に彼と面談したローレンスは、彼から更に驚愕する事実を告げられるのである。

 映画通の友人が、先般観た「国宝」とこの作品はある種の共通性があると言っていた。それは、恐らくは「歌舞伎やバチカンといった伝統世界を取上げ、話の展開を面白くするためそこで現実には起こり得ない多くの仕掛けが挿入されている」ということではないかと想像される。確かに、この作品でも、一旦はアフリカ人初めての枢機卿が誕生かと思わせながら、それが陰謀で頓挫する。しかし、それを上回るトリックにより、最後はもっと驚くような結末が待っている。しかし、それは現実には起こり得ない結末なのである。場面の変化もほとんどなく、途中ではやや退屈感も惹起させた作品であったが、こうして終了後はそれなりに唸らせることで観客動員数を増やしたというのは、まさに「国宝」と同じ現象であると感じたのであった。

鑑賞日:2025年9月4日