アニタ 反逆の女神
監督:アレクシス・ブルーム / スベトラーナ・ジル

日本に続き、米国プロ野球のWSも、劇的な週末を迎えた翌日。絶好の晴天にも関わらず、祭日でもあることからジムにも行けないため暇を持て余して、この封切り間もない映画を観に新宿まで出かけて行った。モデル・女優にして、ローリング・ストーンズ(以下「ストーンズ」)のK.リチャード(以下「キース」)の妻であったアニタ・パレンバーグ(以下「アニタ」)が生前に残した映像や未発表手記をもとに、キースやその二人の子供、及び親交のあった人々のインタビュー等を交えてアニタの生涯を回顧するドキュメンタリー作品である。監督はアレクシス・ブルームとスベトラーナ・ジル。制作総指揮にはインタビューにも頻繁に登場するアニタとキースの長男マーロン・リチャードも名前を連ねている。また映画中、アニタの独白は、米国の人気女優スカーレット・ヨハンソンが担当している。
1944年、戦争末期のローマで、祖父は画家、父は音楽家という芸術一家に生まれた(1942年生まれという情報もある)アニタは、すぐに父親の仕事でドイツに移り学校に通うが、成年近くなり学校を中退し、米国に移り、そこでモデルなどの仕事を始めることになる。イタリア系特有の愛嬌と美貌で、その世界で存在感を高めていくが、そこで米国公演中のローリング・ストーンズに接近し、メンバーの一人であるB.ジョーンズ(以下「ブライアン」)の恋人となり、すぐに同棲生活に入ることになる。時はサイケデリック/ヒッピー・ムーブメントが花開き、ドラッグもミュージシャンや芸術家に蔓延していた時期である。そしてそれからアニタの奔放な生活が始まることになる。
ブライアンは、アニタによるとストーンズのメンバーでは最も知的且つハンサムであったというが(それ以上に、当時の二人は、外見が髪型を含め、双子のようにそっくりである)、一方でドラッグへの傾倒も早く、アニタは彼のDVなどにも悩まされる。そうした中、ブライアン、キースと3人で、モロッコはマラケッシュへの自動車旅行の話が持ち上がり、ロンドンを出発するが、ブライアンがパリで体調を崩したことから、キースと二人の旅となり、マラケッシュで二人は結ばれる。しかしその後はパリからブライアンも駆けつけ再び3人での旅となったという。更にその後、M.ジャガー(以下「ミック」)が主演する映画で共演したことから、アニタは彼とも良い仲になったというので、もはや何をか言わんというところである。私は、ブライアンが薬中毒で急逝した後にキースとできたのかと思っていたが、映画によると、それはまだブライアンが生きている時であったのである。この時期のアニタを巡る愛憎を、キースは「Gimme Shelter」で、またミックは「無情の世界―You Can’t Always Get What You Want」(双方とも1969年リリースの「Let It Bleed」収録)で露呈したと映画では紹介されることになる。ただ彼女の助言でキースのファッション・センスが洗練されるなど、アニタはストーンズに大きな影響をもたらすことになったのである。
こうした中で、アニタはキースの子供を産む決心をし、長男であるマーロンが、そして数年後には長女のアンジェラが生まれる。しかし、ブライアンのみならず、キースやミック、そしてアニタ自身もドラッグ容疑で英国警察の捜査を受ける中、家族は英国から逃げ出し、フランスの地中海岸(そこも警察のドラック捜査で逃げ出す)やスイスのスキー・リゾートなどを転々としながら過ごすことになる。他方、ストーンズの公演旅行でキースは留守が続くことから、アニタは孤独感を強め、アンジェラはキースの母親に引き取られ英国に、アニタとマーロンは米国の農場と、別れ別れの暮らしに入る。更にアニタがキースとの3人目の子供として出産した次男が生後間もなく死亡したこと、そして米国の農場で、アニタが可愛がっていた若者が、二人でいた部屋でロシアン・ルーレットにより死亡したこともあり、アニタの精神状態は悪化。ドラッグへの傾倒も激しくなり、一時は厚生施設に入るところまでになったようである。しかし、そこで何とか立ち直り、手記を書き始めると共に、後半生は再び女優として高齢者を演じながら、最期は2017年、老衰で家族が見守る中旅立ったということで映画が終わるのである。
私は、アニタはドラッグ中毒で早逝したのだろうと思い込んでいたが、キースやミックと同様、あれだけドラッグまみれになりながら、73歳の天寿を全うしたというのには驚かされた。もちろん、それは、アニタ以上にドラッグに溺れたキースやミック、そして当時から親交のあったP.マッカートニーやミックの若い時代の恋人M.フェイスフル(映画にも登場し、コメントを寄せている)等についても当てはまる。J.ヘンドリックス、J.ジョプリン、J.モリソン等、同時代のロック・ミュージシャンでドラッグが原因で早逝した人々が結構いる中で、彼らはE.クラプトンなどと同様、それから立ち直ったということであろう。その意味で、この作品は、あの激動の60−70年代に奔放な生活を送りながらも何とか生き延びた幸福な連中の記録とも言える。ただ、私自身は、まさにロックを聴き始めた1967−8年に、限られた小使いで初めて買った洋楽シングル版が「Ruby Tuesday / Let’s Spend The Night Together (後者が「ドラッグ・ソング」として英国で放送禁止になったのはよく知られている)」であったことから、この時代のストーンズにはひとかどの思い入れがあり、それを思い出しながら、時折サイケデリックな映像も交えたこの映画を楽しんだが、それがない人々にとっては、映画としてはそれほど面白い作品ではないというのが正直な印象である。インタビューで度々登場するマーロンとアンジェラという二人の子供は、取り立てて特徴のない、両親の面影が微塵たりともない、どこにでもいそうな中年のおやじとおばさんで、主役の母親に比べてあまり映画映えがしない(二人とも子供時代の姿は可愛いのであるが・・)。後半生のアニタとキースの関係も、あまり触れられていない。少なくとも正式な離婚はしなかったようだが、そのあたりももう少し触れて欲しかった。そんなことで、映画鑑賞後、秋晴れの下での久々の新宿の街を徘徊したことが、映画以上に心地良い午後となったのであった。
鑑賞日:2025年11月3日