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エミリア・ぺレス
監督:ジャック・オーディアール 


 レンタル店のカードを定期更新した際に、新作DVD一枚の無料券が手交された。カードの更新料金として550円を払ったことから、これを使わない手はない、ということで、早速新作映画のコーナーを物色したところ、「ミッション・インポッシブル」などの娯楽物の横にあったこの作品を、「2024年カンヌ映画祭での各種受賞作」というルビに惹かれて衝動的に借りることになった。フランス映画であるが、主たる舞台はメキシコ。私自身にとってあまり土地勘がない地域であることも、興味を抱いた理由の一つである。しかし、映画を観始めると、その一風変わった作風と主題に、やや当惑することになる。監督は「フランスを代表する名匠」ジャック・オーディアールということであるが、私は初めて聞く名前である。

 メキシコシティの弁護士リタ・カストロ(ゾーイ・サルダナ)は、有色系のどこにでもいるような容貌の女性であるが、地元有力者の妻の殺害事件を、依頼人の要望通りに「自殺」という判決に導くなど、敏腕なようである。その彼女が、正体不明の男からの電話で所定の場所に出向いたところ、いきなり顔に袋を被せられ誘拐される。連れ去られた先に登場したマニタス(カルラ・ソフィア・ガストン)は、メキシコの麻薬王の大金持ちでマッチョであるが、リタは彼から、「女になりたいので、大金と引換えに秘密裏に手術を受けられる手配をして欲しい」と告げられる。リタはそれを承諾し、バンコクやテルアビブで、性転換手術の情報を集め、結局テルアビブの医師を紹介。マニタスには妻のジェシー(セリーナ・ゴメス。唯一私が知っている女優・歌手である)と二人の幼い男女の子供がいたが、マニタスの指示に従い、リタは嫌がるジェシーを、メキシコにいると敵に狙われると説得し、スイスはローザンヌの豪邸に案内する。そしてマニタスは性転換手術を受けると共に、本人は殺害されたということで姿をくらまし、ジェシーは悲嘆に暮れるのである。そして性転換手術を受けたマニタスは、「エミリア・ペレス」という女として生まれ変わることになる。

 4年後のロンドン。すっかり女っぽくなり、ロンドンで活躍しているリタは、あるパーティでメキシコ人の女から声を掛けられる。リタはすぐに彼女がマニタスであることに気が付き、彼(彼女)は、真実を知っている自分を殺しに来たのかと恐れるが、女(以降は「エミリア」)は、「生まれ変わったけれども、過去を失う辛さも分かった。またメキシコで家族と一緒に暮らしたいので、その手配をして欲しい」と頼まれるのである。それを受けリタは、スイスのジェシーには、「マニタスの親戚のエミリアが、メキシコで待っている」と告げて、家族をメキシコシティに連れ戻す。豪邸で、エミリアは再びジェシーと二人の子供との生活に喜びを見つけるのである。しかし、ジェシーにはエミリアの正体は分からないままである。

 しかし、そんな生活がうまく続くわけがない。エミリアは、失踪した子供を探す女との出会いから、自分の過去への改悛も兼ね、数10万人に及ぶとされるメキシコでの行方不明者を捜索するNGOを立ち上げ、またリタと共に、腐敗政治家たちを招いたパーティを開催し、そこで彼らを非難する。その間ジェシーは、退屈な生活に飽きて、昔の男と再び関係を持ち始める。その一方で、エミリアも、行方不明者の妻と良い仲になり、女性同士の恋愛感情も抱くようになっている。そうした中で、ジェシーが、再婚し子供を連れてエミリアの豪邸を出ると告げたところからエミリアとジェシーの争いが始まり、リタの必死の仲介にも拘らず、エミリアはジェシーの預金を凍結、相手の男も脅して別れを強要。しかしジェシーは子供を連れて夜逃げし、ついには男の組織も使いエミリアを誘拐し、リタに身代金を要求する。そしてリタが雇った武装集団とジェシーのそれとが銃撃戦を繰り広げる中、ジェシーに捕らえられているエミリアは、二人の馴れ初めを呟き、ジェシーは呆然とする。しかしジェシーの男は、傷ついたエミリアをトランクに入れた車を発進させ、エミリアがマニタスであることに気が付いたジェシーが車を止めるよう叫ぶ中、車は崖から落ち爆発、エミリアはジェシーと共に命を落とすのである。リタは残された子供二人を抱きしめ、そして通りはエミリアの人形を抱え、彼女の社会運動の功績を称える葬儀の人々で埋め尽くされることになるのである。

 いやいや何と言う映画だろう。まず主題としては、性転換した男の、家族や自分の過去に対する複雑な心情、あるいは、そうした人々を通じての、犯罪天国メキシコの告発といったところか。しかも、それが、冒頭から最後まで、ミュージカル仕立てとなるという、これまた変わった演出。正直、主演の3人を中心に繰り広げられるミュージカルの(主としてスペイン語と思われる)歌とダンスは、観ていてそれほど印象的ではない。

 そして俳優たち。特にエミリア/マニタスを演じたカルラ・ソフィア・ガストンは、カンヌ映画祭で「トランスジェンダー俳優として初めて主演女優賞を受賞」した他、リタ役のゾーイ・サルダナも、アカデミーでの助演女優賞を受賞するなど、結構プロ筋での評価が高かったようである。カルラ・ソフィア・ガストンについては、そもそも、マニタスからエミリアへの変貌が激しく、個人的には、二人を同一俳優が演じているというのは、ネット解説を読むまで分からなかった。そもそもスペイン人である彼(彼女)自身、実生活でも男から女に性転換した「トランスジェンダー」のようであるが、それでも冒頭のマニタスのマッチョ振りは、とてもそれを感じさせられない演技であった。そうした現代の「トランスジェンダー」自身がそうした役柄を演じた作品ということなのだろうが、正直違和感は残ることになった。なんとも風変わりで、普通の人間には、単純に受け止めることのできない作品であった。

鑑賞日:2025年11月16日