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英国王のスピーチ
監督:トム・フーパー 


 レンタル店の割引券があったことから、適当に選択して借りてきた2作のうちの一作。2010年、イギリスとオーストラリアの合作で、第83回アカデミー賞で作品、監督、主演男優、脚本賞を獲得したということで、以前から気になっていた作品である。監督は、トム・フーパー。主人公のジョージ6世はコリン・ファースが演じているが、両名共、私は初めて聞く名前である(追伸:と記した後、映画通の友人から、この監督は、この作品で成功した後、ミュージカル映画に進出し、「レ・ミゼラブル」や「CATSキャッツ」等を制作したことを知らされた。確認すると、「レ・ミゼラブル」は、2013年に、「CATSキャッツーMovie」は2020年に観て、評も載せていた(別掲)。最近の記憶力の衰えを感じさせられた。)。

 冒頭、1925年の大英帝国博覧会の閉幕スピーチーそれはBBCラジオを通じて世界各地に送られる初めてのものであったがーを、時の英国王であるジョージ5世は、次男であるヨーク公(コリン・ファース)に託すが、彼は生まれつきの吃音障害から、それを上手くこなすことができず、大恥をかいてしまう。そして1934年、それまでも吃音障害の各種治療を試みてきたが効果がない状況のもと、妻のエリザベス(ヘレナ・ボナム・カーター)が耳にしたハーレー街にある言語障害専門医であるライオネル・ローグ(ジェフリー・ラッシュ)という医者を内密に訪問する。ローグは高飛車な男で、患者がヨーク公と聞いても、宮殿を訪問するのではなく、自分の病院に来るよう指示し、後日ヨーク公はそこで治療を始めることになる。時は大陸でヒトラーとスターリンが台頭し、国王ジョージ5世も、定例である国民に対するクリスマス・メッセージの準備をしながら、弱まる体力を感じ、自分の後継国王をどうするかを危惧している。ただローグによる治療の様子は、そもそも吃音障害がどういったものかについての認識がない私にとっては、それがどれほどシリアスなものか分からないこともあり、正直退屈、時として滑稽に感じられたのである。

 1936年、郊外の飛行場に降り立った兄デヴィッド(ガイ・ピアーズ)と共に父親の元を訪ねるが、国王は既に瀕死の床に就いており、そして逝去。兄がエドワード8世として国王となる。しかし、その兄は、2回の離婚歴があるシンプソン夫人との結婚を考えており、彼女が同席したバルモラル城でのパーティで、兄弟は激しい口論をするが、兄はその意思を変えることはない。そして弟は、医師のローグと何度かの口論と休止を挟みながらも彼による治療を進める。ローグは、兄との不仲や、幼い頃の左利きやX脚を無理やり直された事などについての劣等感が、吃音障害の原因の一つとみて、むしろ精神科医的な治療を行ったように描かれている。

 兄のエドワード8世はシンプソン夫人との結婚を決意し、政治家たちは、それは英国国教会制度の下では認められないとの判断を行い、彼の退位が決まる。私は、彼の退位は事実としては知っていたが、こうした時代背景の下での話であったことは、今回初めて認識した次第である。そしてヨーク公は、1936年12月、ジョージ6世として戴冠する。しかし吃音障害が治らないヨーク公は、欧州情勢の緊張が高まり、時のボールドウィン首相が辞任挨拶に訪れ、ネビル・チェンバレンが新首相に就任する中、国王としての自分に全く自信が持てないままである。ハーレー街のローグを改めて訪れた彼は、大司教の反対にも拘らず、戴冠式の準備に彼の支援、更には式への出席を依頼することになる。会場となるウエストミンスター寺院での二人だけでのリハーサル。そしてローグの助けを借りて何とか戴冠式を済ませたジョージ6世は、自宅で家族とその際のスピーチの映像を眺めている。併せて映されるヒトラーの演説を聴きながら、「何を言っているか分からないが、こいつは演説がうまい」と呟いている。

 そして1939年9月3日、ドイツによるポーランド侵攻に対する英国の最期通牒がドイツにより黙殺され第二次大戦が始まる。そしてジョージ6世は、その開戦にあたり、9分間の国民に対する演説を行うことになる。放送のマイクの反対側に位置したローグは「自分だけに話していると思え」と指示し、何とかその演説を終え、バッキンガム宮殿でのテラスから、王妃とエリザベス、マーガレットの二人の娘と共に国民に手を振る(エリザベスは1926年4月生まれであるので、この時は13歳ということになる)。そして映画は、国王が戦時中も毎年国民に定例のメッセージを送り、それが英国民に戦争を乗り切る力を与えたこと、そして1944年、彼はローグに爵位を与え、二人は終生の友人であったとのルビで終わることになるのである。

 前半の退屈な展開に比較して、後半は、時代の緊張する政治的背景(チャーチルなども頻繁に登場する)やシンプソン夫人事件等が挿入され、それなりに面白く観ることができた。とはいうものの、単に側近が書いただけの原稿を読む行為で、「吃音障害」が何故そんなにシリアスなのかが感覚的に理解できないことから、それを最後に克服したという終末が、それほど感動的に思えないのである。日本の皇室もそうなのであろうが(映画の中で、吃音に悩む夫に対し、妻が「私があなたの求婚を2回断ったのは、あなたを愛していなかったからではなく、王室の一員として自分の生活がなくなるのが嫌だったの」と語る時、小和田雅子も同じことを何度も考えたのだろう、と思ってしまった)、彼らの持つ悩みは、我々一般人とはやや離れたものであることを改めて感じた作品であった。

鑑賞日:2025年12月9日