アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
映画日誌
その他
Hangover PartU
監督:Todd Phillips 
 ここのところシンガポールで映画を見る機会はあまりなかった。アジア映画をもう少し見たいという気持ちもあったが、やはりどうしてもお金を払って見に行くということになると、欧米映画を選択してしまう。しかしその欧米映画も、ここのところどうしても見たいという作品がなく、結局この半年程度で見たのは、約1ヶ月前に見た「カリブの海賊―生命の泉」くらいで、これも単純な娯楽作品なので、ここにレビューを乗せるような作品ではなかった。

 ワーナーブラザース製作のこの映画も、数週間前に封切られ、近所のキャセイ・シネマに大きな宣伝が掲げられたが、シリーズの第一作も知らない私は、その時は「どうせ酔っ払いのドタバタをネタにしたコメディだろう」という程度の関心しか抱かなかった。ところが、前週末金曜日(6/17)のウォールストリ−ト・ジャーナル・アジア版の一面に、何故かこの映画の話題が掲載されたのである。「バンコクでの一夜は、タイに二日酔いをもたらした」というタイトルのその記事は、第一作が世界で米ドル430百万以上の興行収入を稼いだこの映画の第二作が、バンコクを舞台に、この町の汚い堕落した様子を浮き彫りにしたことで、タイ観光協会を含めたタイの関係者がたいへんな不快感を抱いている、というものである。もちろんバンコクのみならず、どこの国の大都会も、表の顔と裏の顔を持っているが、この映画が人気を博しているだけに、そこで取り上げられたバンコクの裏の顔は、この国の人々の間でたいへんな物議をかもすことになったというのである。

 言うまでもなく、私自身もこの国、この町は公私共々頻繁に訪れている場所である。また今月末にも出張で滞在する予定でもあることから、これは公開期間に一応見ておかなければならないと思い、この週末衝動的に近所のキャセイ・シネマに足を運んだのであった。

 ストーリー自体は、予想したとおりのドタバタ・コメディーであった。私は見ていないが、第一作と同じ独身男3人組が、その一人の結婚式のため、タイ海岸沿いの高級リゾートホテルに滞在するが、結婚式の前日、ほんのビール一本ということで飲み始めたものの、突然翌朝、バンコクにあるスラムの一室でひどい二日酔い状態で起きることになる。前の晩一緒に飲み始めたフィアンセの家族で米国から同行していたティーンエイジャーの若者の行方が分からなくなり、彼を探す過程で、いろいろな事件に巻き込まれると共に、彼らがすっかり記憶を失っていた前の晩のご乱交が次第次第に明らかになってくるという筋書きである。

 そこでスクリーンに映し出されるのは、スラム街での麻薬売人との抗争やカーチェース、盛り場での乱痴気騒ぎであり、はたまたゴーゴーバーの奥の部屋でのおかまとの情事であったりと、度々この町を訪れている私でさえ、ほとんど見たこともないし、見たくもない最も低俗なバンコクの顔である。もちろん、結婚式のために滞在する海岸沿いの高級リゾート・ホテルや、バンコクにある高層ホテルのオープン・エアーの屋上テラス・レストラン(Lebua Hotel & Resort, Tower Club)等、表の顔もふんだんに使われているとはいうものの、やはり強い心象を与えるのはこの町の裏の顔である。トリックスター的に登場する一匹の猿が、チェイン・スモーカー宜しくタバコを吹かしているのも一部の人々を怒らせているという。

 新聞記事によると、この映画に苦情を呈する人々は、まさに仏教の保守的な価値を守ってきたとするこの国の表の顔ではなく、「放縦の町バンコク」という裏の顔が、世界の人々がタイに対して持つ心象を形成してしまうという強い懸念を持っている。インターネットには、この映画のタイでの上映を禁止しろ、という意見も多く書き込まれているという。またある意見は、この映画は、同じ地域で観光業ではライバルにある国、例えばシンガポールに観光客を誘導するような種類の映画であると非難しているという。

 こうした一般的な外国からの印象を受け、タイ政府はこうした風俗の一部の規制に乗り出している。例えば最近タイ文化庁が、宗教的デザインを肌を晒す部分に刺青することを禁じたり、また5月のタイの正月(スークラン)に行われる水掛祭りで3人のティーンエイジャーの少女が胸を露にした事件は、それがこの町の風俗地帯に近い場所で行われたにもかかわらず、大きな社会問題になったという。

 しかし、他方で、もし外人がこの国に対して持つイメージがそうであるならば、それを利用しない手はないと考える人々もいる。この映画のスポンサー企業であるBoon Rawd Brewery社は、この映画の公開に合わせて「The Wolfpack’s(この映画の主人公3人組の愛称) Favorite Six-Pack」というスローガンで、同社の製品であるシンハ・ビールの大キャンペーンを開始し、また表の顔として使われたレブア・ホテルは、「Hangovertini」という特別カクテルや「Hangover U」という週末滞在パッケージを販売したりする等、商魂逞しいところを見せている。そしてある政府スポークスマンは、「まさにタイはこうした(タイの裏の顔を誇張する)映画のロケも許容する(だけの寛容がある)。いろいろな種類の映画がここでは撮影されるだろう」(と余裕に満ちたコメントを行っている)と、この新聞記事は結んでいる。(( )内は、筆者補足。)

 言うまでもなく、タイは現在、来る7月3日(日)に投票日を迎える総選挙キャンペーンの最中にある。そこでは、既往エスタブリシュメントの後押しを受けた現首相アピシットの民主党と、追放された前首相タックシンの実妹インラックが率いるタイ貢献党(Puea Thai)が熾烈な争いを繰り広げている。しかし、例えば昨年4−5月のように、これまでのタックシン支持者と反対派が激しい街頭抗争を行った時も、それ以外の場所ではタイ、そしてバンコクの市民社会は、こうした政治抗争とは無縁に逞しく生き抜いてきた。政治抗争があろうがなかろうが、この国、この町の人々にとっては喧騒と混沌は日常生活そのものなのである。そして私にとっても、こうしたアジアの喧騒と混沌が、ある意味この国とこの町の大きな魅力であり、この映画がそれをやや誇張して描いたとしても、この国はそんなことにめげず、わが道を進んでいくであろうことは間違いない。それがここアジアのエネルギーなのではないかと感じながら、結局私はこの映画のハッピーエンドを能天気に楽しんだのであった。メンバーの男の結婚式が無事進行する中、メンバーの一人が、自分から新郎新婦にプレゼントを贈ると紹介をする。それを受け、4人の女性ダンサーに続き大柄の黒人がステージに登場し、かつてロンドンで見たミュージカル「チェス」の挿入歌である「One Night In Bangkok」を、全く素人の調子の外れた音程で歌う。「いったいこれは何だ」と思っていたが、その後、この黒人は、(第一作でも)ゲスト出演をした、かつての世界チャンピオンのボクサー、マイク・タイソンであることが分かった。そして前夜の彼らの行動を記録した携帯の動画が見つかったので、「一回だけ見て消去しよう」ということになり、タイトル・バックが流れる中、そのとんでもないご乱交のシーンの数々が映され、聴衆は最後の爆笑をすることになる。アジア・ネタを素材に、あくまでハリウッド的な乗りで、最後までつっ走った映画であった。

鑑賞日:2011年6月18日

(追伸)

 6月28日(水)、業務でバンコクに一泊する機会があり、誠にミーハーではあるが、この映画で使われたレブア・ホテルのスカイ・バーを訪れ、「Hangovertini」を味わってきた。映画では、この屋上テラスのレストランで主人公たちが会談中に、突然ヘリコプターが現れ逮捕劇が行われる、という設定であった。このレストランは予約制であるが、その横にあるバーは予約なしで入ることができる。

 65階のトップフロアーでエレベーターを降りると、まず一番高いところにあるステージで、女性歌手とバンドが演奏しているのが眼に入るが、そこから階段を下りたところがレストランとバーである。バーは、スペースの端に円形で作られ、その周囲からはチャオプラヤ川を含むバンコクの夜景が真下に広がっているのを眺めることができる。柵は透明であるので、高所が苦手な人はやや恐怖感さえも抱きかねない設計である。

 バーに席はなく、スタンディングのみであるが、やはり映画の効果もあってか、地元を中心にした若いカップルやグループで結構混みあっており、バーを一周するのに、人波を縫わなければならなかった。取りあえず空いていたスペースで、その夜景を楽しみ30分程滞在して移動したのであった。帰りがけに、エレバーターホールのある階にもう一つバーがあり、そこの屋外テラスは席も設けていることが分かった。こちらからの景色も同じ感じである。スカイ・バーで足元のスリルを楽しんでから、こっちに移動しゆっくりする人々もいるのだろう。

 選挙前のバンコクは、もちろん町中に双方の政党のポスターが溢れていたが、それを除けば全くいつもと変わりなかった。まさに今日その投票が行われるが、事前調査で優勢が伝えられるインラックのタイ貢献党が勝利したとしても、それはまた新たなプロセスの開始を告げるに過ぎない。インラックが打ち出す政策に対し、反タックシンンを露わにする軍部とタイの既成エスタブリッシュメントが様々な圧力をかけてくることは間違いない。また貢献党有利という世論調査のバイアスも指摘されているが、もし現政権である民主党が勝利したとしても、引続きタックシン支持勢力からの反対運動には対抗していかなければならないだろう。タックシン時代を通じて、二つの大きな勢力の対立構造を抱えてしまったタイの政権安定までの道どりは、日本のそれとまた違った意味で安易ではない。

2011年7月3日

(追伸2)

 7月3日(日)に行われた上記の総選挙は、インラック率いるタイ貢献党が、議会(人民代表院)の総議席数500中265議席と、単独過半数を確保する地滑り的勝利をおさめることになった。与党民主党は159議席と、約100議席の差をつけられ、アピシット首相も直ちに敗北宣言を行った。

 タイ初の女性首相就任が確実になったインラックは、最終的に他の中堅・中小4政党から連立の合意を得たことにより、与党として総議席の約6割を確保し、数の上からは政権基盤は安定的なものになり、週明けの市場もこれを評価しタイ株式市場は上昇、バーツも為替市場で強含むなどの動きになっている。

 二つの勢力に分断されたタイを「和解」させることを選挙公約に掲げたインラックと貢献党であるが、しかし多くのメディアは、彼女にとっての本当の戦いはこれからである、とコメントしている。そもそも貢献党の支持基盤は、タックシン時代に彼が「バラ撒き政策」を行った北部を中心とした農村部であり、今回も貢献党は、こうした層を主たる対象に、最低賃金の大幅引上げや米買取価格保証政策などを公約として掲げ、選挙を戦ってきた。しかし、タックシン時代がそうであったように、こうした新たな「バラ撒き」は厳しくなりつつある財源問題と共に、既往秩序への脅威として、既成エスタブリッシュメントの攻撃を招く恐れは常に存在する。そして何よりも「和解」というコンセプトで、現在事実上の亡命状態にある実兄タックシンの恩赦・帰国を認めるかどうかは、まさにそのタックシンを追放した軍部の虎の尻尾を踏む可能性の高い、デリケートな問題である。その意味で、タックシン自身が自分の「クローン」と呼ぶこの新たな女性首相が、こうした問題に対し今後どのような対応を行っていくかは、この国と公私共々深い関係を持っている私にとっても、引続き眼を離せない大きな課題である。

2011年7月6日