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裏切りのサーカス 他
監督:トーマス・アルフレッドソン 他 
 昨年末に、ル・カレ原作の映画、「ナイロビの蜂(原題:THE CONSTANT GARDENER)」を見た後で、その話題で友人と話していたところ、同じ原作者による2つの映画を推奨された。この内、「裏切りのサーカス」は、やはり昨年末に読んだ2017年の同じ著者による「スパイたちの遺産」がその後日談となっている、彼の往年の三部作である「スマイリー三部作(発表順に「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」、「スクールボーイ閣下」、「スマイリーと仲間たち」)の内、「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」の映画版である。コロナ禍の正月、暇にまかせてこの小説を読み始めたが、読了を待ちきれず、映画版をレンタル屋から駆り出し、ついでに借りたもっと古い「寒い国から帰ってきたスパイ」と共に観ることになった。前者については、返却期限もあったことから、小説が読了近くなったところで、繰り返し2回観ることになった。

 まず前者の「裏切りのサーカス」であるが、ネットでの解説によると、2011年制作・公開の、イギリス・フランス・ドイツ合作映画。小説の発表が1974年であることを考えると、ずいぶん遅い映画化であったということになるが、著者の1991年の小説「序文」によると、それ以前にテレビ・シリーズが制作されたそうで、そこでジョージ・スマイリーを演じたアレック・ギネスの名演に言及されていることから、映画版の制作は、このインパクトが消えるのを待っていたということであろうか?

 まずいつものように小説版であるが、相変わらず翻訳で読んでも、非常に入り難い。冒頭、コーンウォールの小学校に、ジムという新任教師が着任し、そこで丸々と太った訳あり転校生と親しくなるが、その冒頭部の意味が分かるには、相当読み進めなければならない。間違いなく英語版で読んでいたら、ここで既に挫折していただろう。そして主人公ジョージ・スマイリーが登場しても、しばらくは物語は展開せず、香港の諜報員ターの登場をもって、ようやくこの英国諜報部のトップレベルに入り込んだ「もぐら」探しの物語が始まることになる。この展開が進むようになり、やっといっきに読み進めることができる。

 しかし、上記のとおり、映画版は、小説の読了を待ちきれず観ることになった。さすがに小説の展開では映画版は分かり難いということだろう。冒頭は、ジムが、諜報部トップ(コントロール)の秘密指令を受けてハンガリーはブダペスト(小説では、チェコはプラハ又は郊外のブルノとなっているが、ネット解説によると、ハンガリーが映画製作についてリベートを出していたことから、映画ではこちらが舞台になったとのことである)に飛ぶが、そこで待ち伏せに会い、銃弾を受けて拘束されるところから始まる。そして、この作戦の失敗もあり引責辞任するコントロールとその盟友スマイリー。しかし、ターの通報を受けた情報機関監視役のレイコンの指示により、スマイリーは、この組織内にいる「もぐら」を探る作戦を始めることになる。そこで、コンビを組むのが、先に読んだ「スパイたちの遺産」で登場したピーター・グラム。主要な素材は、新たな情報部幹部が進める「ウィッチクラフト作戦」。これが、ソ連にコントロールされた偽りの情報を提供する代わりに、米国の情報を含め、より価値のある西側情報を得るためのソ連側の策動であるという疑惑。「もぐら」の存在を指摘して解雇された古手の女性調査官コニーらの回顧情報を基に調査を進めるスマイリー。原作では冒頭にあった、ジムの学校での出来事は、映画では途中での、スマイリーによるジムへのヒアリング場面に挿入され、ジムが梟を叩き落とす場面なども挿入される(小説では、瀕死の梟を外に持ち出し始末したということで、「叩き落として」はいないが・・)。また原作では、冒頭に近いところで説明される、ターの香港での亡命希望のソ連スパイ女性(オルガ)との接触で知らされた英国情報部高官の「もぐら」話は、映画ではここで挿入される(また映画では、その場所は香港ではなく、イスタンブールとなり、そこでロケが行われている)。この際のターの報告が、本部で握りつぶされていることにも、スマイリーは気がつき、疑惑への確信を強めることになる。ギラムは、幹部から「ターは、ソ連の二重スパイで、口座にはソ連の金が振り込まれている」と言われターへの怒りを燃やすが、スマイリーにより、それもターに嫌疑を向けさせるための「もぐら」の作戦であると説明する。そして彼に、「ウィッチクラフト作戦」全体を取り仕切るソ連諜報部幹部「カーラ」との、30年前のインドでのただ一回の出会いについて、切々とギラムに語るのである。

 ジムが撃たれたハンガリーでの事件当日の当直電信官であった男の証言からビル・ヘンドンへの疑惑を強めるスマイリー。ジムとの再会で語られる、彼の逮捕・拷問を経て解放・帰国、そして組織引退に至る経緯の確認(ここでは、彼の拷問中に、オルガが引き出され、目の前で殺されるが、これは原作ではなかったように思う)等。幹部の一人を脅し、「ウィッチクラフト作戦」での情報受渡し場所となっている家を突き止め、そこで罠を仕掛けるスマイリー。そこに「もぐら」が嵌り、彼の正体が晒されることになる。

 この最も重要な場面は、原作では詳細に描かれているが、映画では相当省略されているため、映画だけだと、何故ここで、彼が「もぐら」だと確定したのかがあまり理解できないように思える。私は上記のとおり、この映画を二回観たが、映画だけであると十分納得できないという想いを強くした。そして最期の場面で、彼が射殺されるのも、小説では、下手人は明示されていなかったように思える。

 この映画の素材になっている「もぐら」事件は、私はてっきりキム・フィルビーをモデルにしたものかと思っていたが、2011年の著者の小説の序文によると、当時、フィルビー以外にもジョージ・ブレイクという男もいたようである。ネットでの解説によると、フィルビーは、訴追中にソ連に亡命。ブレイクは、一旦逮捕され収監された後脱獄し、ソ連に渡り、両名とも、そこで生涯を終えている。この小説・映画では、この「もぐら」は、射殺される(映画ではー「もぐら」との同性愛関係も示唆されるージムにより)ことになるが、そのモデルの二人は易々と逃亡したというのも、面白い歴史的事実である。

 いずれにしろ、原作も映画も、冷戦時の諜報活動のすさまじさ、特に二重スパイの摘発の難しさを描いているが、映画版は、上記のとおり省略も多く、これだけではそうした著者の意図を理解するのは難しい。ただそうした限界にも関わらず、この素材を果敢にエンターテイメント性も失わない作品に仕上げた監督トーマス・アルフレッドソン(私は初めて聞く名前である)の力量は見事である。俳優陣では、中高年で退職間近でもの静かな、しかし経験に裏打ちされた鋭い推理力を有するスマイリーを演じたゲイリー・オールドマン(彼も私は知らなかった)の繊細な演技は言うまでもないが、その他の俳優も熱演している。最近読んだ「スパイたちの遺産」の主人公、ピーター・ギラムを若々しい俳優が演じているのは、やや意外であったが。

 表題の「サーカス」は、当初は曲芸のサーカスかと思っていたが、実際は、英国情報部の本部が所在するロンドンは、ケンブリッジ・サーカスのことである。それを含め、映画では、70年代と思しきロンドンの風景が使われるが、それは私がこの街に滞在した80年代のそれとさほど変わっておらず、映画を見ながら当時を懐かしく思い出していた。この街を最後に訪れたのは、ドイツ在住時の1998年のイースター休暇であったと思うが、またいつかこの街を訪れる機会があることを切に願っている。

 もう一本の映画、「寒い国から帰ってきたスパイ」は、著者の初期の作品(1963年刊)で、映画も1965年作成の白黒作品である。著者の出世作となった小説で、それこそ、どんでん返しの多い情報戦の複雑さを描いている。その意味で、その後の彼の小説の原点になった作品であり、評価としても、その後の彼の作品を上回ると言われているが、私はこちらは小説を読まないまま、前記の映画と続けてレンタルDVDで見ることになった。

 その意味で小説との比較は出来ないが、1960年代の白黒作品ということで、やはり古さは否定することができない。名優リチャード・バートン演じる主人公アレックス・リーマスがしぶい演技を見せるが、図書館でのナンシーとの接触と恋愛感情の進展は、やや不自然な感は否めない。そして自堕落な生活を送っているように見せかけ、東ドイツ情報機関の接触を受け、東ドイツに渡るが、それはその幹部ムントを排除するための英国情報部の作戦であった。それが再びムント査問の場面で、ナンシーの登場で一転し、ムントは無罪となるが、そのムントにリーマスとナンシーは助け出される。そこでリーマスは、英国情報部の作戦が、実はムントを保護するために仕組まれた二重のトリックであったことを認識する。しかし、最後に再び二人は大きな罠にはめられることになるのである。そうしたどんでん返しに満ちた物語の展開は、確かに見事であるが、映画が制作された60年代という時代もあるのだろう、前記の「裏切りのサーカス」と比較しても、全体の進行が図式的であるという感は拭えなかった。

 そんなこともあり、これから読むル・カレの小説としては、まずは「スマイリー三部作」の残り2つ、「スクールボーイ閣下」、「スマイリーと仲間たち」から手をつけ、「寒い国から帰ってきたスパイ」は、その後ゆっくり読むことにしたい。

鑑賞日:2021年1月3日/5日