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天使と悪魔/インフェルノ
原作者:ダン・ブラウン 
 先日、映画館で見た新作映画「イルミナティ」は期待外れだったが、それに触発されて、改めて、このイルミナティが素材として取り上げられていた、ダン・ブラウン原作の「天使と悪魔」、そしてついでの続編の映画化である「インフェルノ」の2作をレンタルショップから借りて、改めて自宅で観ることになった。前者は、2009年5月に、後者は2016年11月に、夫々シンガポールの映画館で観ており、夫々の評は既に掲載済であるが、今回は日本語のサブタイトル付きで観たことから、より理解し易かった。

 其々の映画の全般的な評について繰り返す必要はないので、今回新たに感じた点だけを簡単にまとめておこう。

 前者については、まずは、映画「イルミナティ」を見た上での印象であるが、原作者ダン・ブラウンが、この「秘密結社」を歴史的な事実を無視して使っているということが、今回の最大の発見である。ドキュメンタリー映画である「イルミナティ」で語られている歴史的事実は、この集団がドイツはバイエルン州インゴルシュタットの大学教授であったアダム・ヴァイスハウプトにより創設されたのは1776年でのことであったとされるが、ダン・ブラウンの映画では、既にルネサンス期にこの集団が活動しており、ガリレオもこのメンバーであった、といった会話も登場する。そして、ダン・ブラウンは、この映画で展開されるローマ・カトリック教会への挑戦が、1668年にメンバー4人を、異端者を示す焼きごてを刻まれて惨殺されたイルミナティによるラ・フォルゲ(報復)であるとするのである。そして、物語の途中では、このメンバーが教皇の防衛隊であるスイス・ガードにも潜入し、ラングドンらの動きを妨害し、また「反物質」が隠されていたローマのサンタンジェロ教会は、当時のイルミナティの「密会所」であったとされる。しかし、上述のとおり、これは全く歴史的な事実とは異なるダン・ブラウンの創造である。

 映画「イルミナティ」の評でも書いたとおり、その秘密結社としての性格から、この集団は、19世紀初めの消滅後も組織は生き延び、現在でもそれに属するメンバーが、枢要ポジションから世界の動きに秘密裏に影響を及ぼしている、という伝説が、時には面白おかしく語られてきた。もちろん、ダン・ブラウンが、歴史的事実を捻じ曲げたこうした説を作品に利用したとしても、それはフィクションとしての原作や映画の価値を下げるものではない。実際、今回改めてこの映画を観て、サスペンスとしての緊張感と、宗教と芸術の対抗と和解についての説得力ある彼の主張をより強く感じることができたのである。また、映画で使われている左右対称の「イルミナティ」や、4大元素である土、空気、火、水のエンブレム等、「イルミナティ」の映画では全く触れられていなかったデザインも、ダン・ブラウンンの創造なのであろう。その意味では、やはりダン・ブラウンの物語創造や脚色の能力は素晴らしいと言わざるを得ない。唯一、ここでは繰り返しになるが、彼が使ったこの作品の仕掛けは、歴史的事実ではない、ということだけ確認すれば十分である。

 続けて、「インフェルノ」であるが、当時の評にも書いた通り、ダン・ブラウン原作の前二つの作品以上に、フィレンチェ、ヴェニスそしてイスタンブール観光案内的側面が濃厚に出ているという印象は今回も否定できなかった。しかし、英語版だけで観たことで、当時は十分理解できていなかったラングドンが記憶喪失に至った事情や、WHOで本件の責任者であるエリザベスとラングドンの過去の恋人関係であったことなど、日本語サブタイトルがあることで、より分かり易かったことは否めない。英語だけで観る映画は、よりこちらの想像力を刺激する反面、個々の会話の理解を狭めてしまうのはしょうがないだろう。

 新型コロナの拡大で、感染症に対する世界の関心は、この映画の公開当時と全く異なっている。言うまでもなく、今回のコロナ対応を巡るWHOに対する数々の批判も、そうした世相の反映でもある。原作では、不妊ヴィールスが既に拡散する中、生き残ったシエンナとエリザベスが、それへの対応での協力を約すことになるが、映画では、シエンナはあくまでヴィールス拡散に邁進し絶命する。そして映画ではラングドンやエリザベスの活躍でヴィールスの拡散は防ぐことができたーWHOの勝利!−、ということになるが、こうした映画の「ハッピー・エンド」は、現実のコロナの拡散の中では、やや安易な結末だと感じさせられる。今回のコロナ拡散を受け、ダン・ブラウンも、改めて原作で提示した彼の問題意識について溜飲を下げているのではないだろうか?彼が、改めてこうした感染症の歴史的・社会的意味を再考するような新たな作品を作り出してくれることを期待したい。

鑑賞日:2021年2月14日/15日