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マレーシア総選挙2018ー選挙結果
2018年5月10日 
 4月28日(土)の正式公示により、2013年5月以来、5年振りとなるマレーシアの総選挙の選挙戦が始まった。投票日は、5月9日(水)の平日。当日は結局祭日ということになったが、シンガポールに居住する有権者は地元の選挙区でしか投票を許されていないことから、事実上投票を行うことは難しい。

 222議席を争う選挙戦を戦う勢力は、まずはナジブ・ラザク首相が率いる与党第一党・統一マレー国民組織(UMNO)を核にした与党連合である「マレー国民組織:BN(Barisan Nasional)」。対する野党は、元首相のマハティール・モハマドを指導者とする野党連合「希望同盟(PH-Pakatan Harapan)」と、野党連合への合流を断ったイスラム政党である「Parti Islam SeMalaysia(PAS)」の2党。PASの票がどちらに流れるかも、勝敗を決める大きな要因になると言われている。 

 事前の予想で、幾つかの選挙区が注目されている。まずはシンガポールに近いジョホール(Johor)州。UMNO発祥の地でもあるこの州はBNの圧倒的な地盤であったが、前回2013年の選挙で、当時の野党指導者アンワル率いるPakatan Rakyatが躍進し、与党と接戦となった選挙区である。そして今回は、マハティールと共にナジブに反旗を翻した元副首相のMuhyiddin Yassinが過去7回の選挙で勝利を収めてきた選挙区でもある。華人票は、ムヒッディンには批判的であるというが、今回改めて混戦となることが予想されている。

 首都クアラルンプールがあり、マレーシアでもっとも経済的に豊かな州であるセランゴール(Selangor)州も注目されている。元々ここは野党の地盤で、またBNが2015年に導入した消費税(GST)に対する批判も強いという。しかし、今回PASがPHへの合流を拒否したことから、それがどの程度PHの得票に影響するかがポイントであるという。

 北東部のケランタン(Kelantan)州は、モスレム色が強く、従来はPASの地盤であったが、今回その票がどれだけBNに振れるかが注目点である。また西部のケダー(Kedah)州は、前回選挙で、華人系がBNの汚職体質を批判し、「Malay tsunami」と呼ばれる野党躍進が見られた地域である。結果的には与党が多数を確保したが、今回は、ここにあるランカウイ選挙区で、野党に転じたマハティールが立候補することになった。ランカウイでのマハティール人気は高いことから、これがこの地域での新たな「Malay tsunami」を引き起こすかが注目される。

 カリマンタン(ボルネオ島)のサバ(Saba)州は、今回の選挙区の中でもBNにとっては最も不透明な地域であるという。前回の選挙ではBNが大勝している地域であるが、元BNの副総裁で、1MDB問題でナジブと袂を別ったShafie Apdalが新たに組織した地域政党が、反BNの支持を拡大している。前回選挙で圧勝したこの地域での得票がBNにとっては大きな鍵である。そしてそれは、やはりBNが前回圧勝した、隣のサラワク(Sarawak)州も同様に不透明であるという。

 こうして法の定める最低期間である11日間の公式な選挙活動が開始された。

 この選挙期間中、シンガポールの新聞は、この隣国での選挙活動を連日紙面を割いて報道しているが、そのうちのいくつかのトピックを抽出すると以下のとおりである。

 ナジブ首相は、最初の遊説地に、マハティールが立候補するランカウイを選び、直接マハティールに言及することなく、「批判ばかりの演説をしている人々がいるが、自分は冷静に何が貢献できるかを話す」として、観光資源開発を通じての地域住民の所得増加やモロクロス場の建設など、総額1.3百万リンギの資金支援を行うことを宣言した。更に、選挙前日の9日には、26歳以下の労働者の所得税を免除したり、週末に予定されている断食の開始に際し、週末を連休とすること、そしてその断食明けのHari Raya Aidifitriには高速道路を5日間無料とするといった追加的な政策を提示している。
 
 他方、マハティール陣営は、マラッカでの集会に、2人の過去の閣僚―元貿易大臣(Rafidah Aziz)や元財務大臣(Daim Zainuddin)―を呼び、ナジブ政権打倒を訴えた。彼らはマハティールの時代の経済成長を呼び起こしながら、ナジブの元で、マレーシアが停滞した。そして1MBDの投資が、いったい人々に何をもたらしたのか、と問いかけた。

 こうして5月10日の投票日の早朝、事務所に向かうバスの中で、私はマハティル率いる「希望同盟(PH-Pakatan Harapan)」が、下院の過半数112議席を上回る議席を確保し、政権奪取を確実にしたとのニュースに接することになった。同日午前の最終議席数は、「希望同盟(PH-Pakatan Harapan)」が113議席。それに提携する地域政党を合わせて121議席。与党連合(BM)は、前回の133議席から大きく後退し79議席。第三勢力であるイスラム主義政党(PAS)は18議席となった。

 この結果、マレーシアでは、1957年の独立以来初めての政権交替が実現し、92歳のマハティールが、2003年の退任以来15年振りに首相に返り咲くこととなる。マハティールは、現在収監されているアンワル元副首相の出獄後の政権移譲を約束していることから、直ちに彼の恩赦を国王に申請した。但し、アンワルが首相となるには、釈放されただけでは不十分で、まず国会議員となる必要があることから、次の補欠選挙を待たねばならないことから、しばらく時間がかかると見られている。

 これから、今回の選挙についての様々な報道やコメントが公表されることになろうが、まずここではこの結果を受けての個人的な所感だけ記載しておく。

 すでに以前の報告で触れたとおり、マハティールがナジブの政権運営に批判の拳を挙げたのが2015年4月のことである。それは当初の与党内での論争の枠を超え、2016年2月にはマハティールは与党を離脱、野党との共闘でナジブ政権打倒を宣言することになる。それから2年強、自身が投獄したアンワルとの和解を経て、マハティールはその「最後の政治決戦」に勝利することになったのである。

 彼がナジブ批判を開始した2015年、私は「なぜこの時点で、マハティールがこれを始めたのか?特に長年の政治家としての勘を有するマハティールが、勝ち目のない権力闘争を仕掛ける、ということは非常に考えにくい。足元の与党内でのナジブ支持の流れができる中で、あえてドンキホーテを演じるという選択肢は彼にはない。そうであれば、また別の意図があるのではないだろうか」と書いた。まさにマハティールはドンキホーテではなく、現実の権力闘争を勝ち抜く力が残っていることを示したのである。昨晩の投票締切り後、ほとんど徹夜で開票状況を見守り、午前4時過ぎに勝利宣言を行ったということなので、昨晩は間違いなく徹夜であったと思われる。92歳の老人がここまで強靭な体力と線新緑を持っていることは驚きである。まさにその意味でも、今回の選挙は、世界に稀に見るアジアの政治家の生命力と政治センスを示したとして歴史に残ることになろう。これからの政権立上げやその後の運営など、まだまだ課題は多いが、その中で彼の力がどこまで持続するか、今度はそれが大きな見所である。

2018年5月10日 記