顔をなくした男(上/下)
著者:B.フリーマントル
チャーリー・マフィン・シリーズの第15作で、原作、邦訳とも2012年の出版である。シリーズ前作の「片腕をなくした男」の出版は2009年であることから、3年振りの続編ということになる。舞台は再びモスクワ。前作で、モスクワの英国大使館で片腕のない男の射殺体が発見され、再びチャーリーがその捜査責任者としてロンドンから派遣され、そこでいくつかの展開の後、その殺人がロシアの有力大統領候補の米国に対する二重スパイ事件に係る謀略であったことを暴き、その陰謀を阻止するのであるが、その続編という扱い。更には、それを含めた三部作の第二作ということで、さらにもう一冊「魂をなくした男」に繋がっていく作品であるということである。
冒頭、ラドチィッチというロシア連邦保安局の副長官が、妻に対し英国への亡命を考えていることを告げている。そして前作での事件を解決したチャーリーではあるが、今回の事件で彼のロシアでの過去の活動やナターリヤとの関係を含めすべてロシア当局に知られた可能性があり、彼自身に暗殺や自殺の懸念があるという恐れで、英国情報部(MI5)の保護観察プログラムの保護下に入れられ、精神科医などによる各種尋問を受けている。チャーリーは馬鹿々々しいと思いながらも、適当に尋問者たちをあしらい、彼らをまいてジャージーに飛び、ナターリヤ宛の秘密送金をしたりしている。しかし、彼はナターリヤが、前作の一件によりロシア情報部内で危険な立場に置かれていると認識していることから、部長のスミスに、彼女は自分の妻であることを告白し、二人の子供である娘のサーシャと一緒に英国に連れてくる支援を求めている。スミスはこの件で、ライバルであるMI6のモンズフィールドに支援を求め、ラドチィッチの英国亡命について計画しているモンズフィールドは、その作戦の格好の陽動作戦として、ナターリヤとサーシャの亡命をMI5とMI6の共同作戦として実行することを、政府高官も含め認めさせている。但し、MI5の次長のジェーン・アンバーサムは、MI6でモンズフィールドの部下であったが、彼の愛人となることを拒否したためにMI5に移動になった経緯があり、またMI6での彼女の後任レベッカ・ストリートはモンズフィールドの愛人となっている。この二人の関係も、話のその後の展開に色気を添えることになる。そしてそんな中、チャーリーの自宅にロシア情報部員が侵入し、英国警察に逮捕されるという事件が発生。英露外交関係が緊張する中、「死んだことになっている」チャーリーは、別名を使い再びナターリヤとサーシャの亡命のためロシアに送り込まれることになるのである。こうしてチャーリーのナターリヤ亡命作戦と、MI6によるラドチィッチ亡命作戦が並行して進められることになる。ラドチィッチにはフランスに留学し、そこで恋人と同棲しているアンドレイという息子がいて、彼が後々問題を引き起こすことになる。
チャーリーは、ナターリヤ亡命作戦がMI6との共同作戦となっていることにうさん臭さを感じている。そのため、ロシアに入るフライトに同乗していたMI6要員を、途中のアムステルダムでまいて、一旦英国に戻り、そこから偽名で団体ツアー客として人知れずロシアに入ることになる。MI6のモンズフィールドは怒り狂うが、MI5のスミスは、チャーリーらしいと留飲を下げている。しかし、チャーリーは、ナターリヤの出獄用のパスポートを受け取るために、いずれにしろモスクワの英国大使館とは連絡を取らなければならない。
モスクワに入ったチャーリーは、迷惑をかけない範囲で単独行動をすると、ツアーのガイドに仁義を切って、注意しながらナターリヤと連絡を取り始める。ナターリヤは、まだ亡命について十分納得できていないが、チャーリーとの再会は楽しみにしている。他方ラドチィッチ亡命作戦についても、MI6の担当官が彼と慎重に連絡を取り、またパリに留学中の息子についても、現地の担当官が様子を確認する中、ラドチィッチに問題がないか確認している。またジェーンは、前作での二重スパイ事件で拘束したロシアスパイとの関係でCIAの担当官とも、肉体関係を結びながら、本件について連絡を取っている。そしてその時、チャーリーが参加した英国人ツアー16人全員がホテルでロシア当局に拘束されるのを、チャーリーは目撃することになる。モスクワの意図は、英国でのロシア大使館員拘束への報復であるが、スミスは拘束者の中にチャーリーが入っていなかったことに安堵している。他方、チャーリーは、ツアー客拘束事件の現場で、モスクワ駐在の旧知のMI6要員のハーディと出会い、彼から、別のロシア高官の亡命計画が進んでいること、そしてハーディがその案件から完全にのけ者とされていることを知り、彼を情報源として使えると確信するところで、上巻が終わる。
下巻は、ナターリヤとようやく再会したチャーリーが、彼女から、ツアー客拘束は、チャーリーの存在が明らかになったことを物語っており、ナターリヤの亡命も監視が厳しくなっていることを告げられるところから始まる。彼女は亡命に悲観的であるが、チャーリーは必死に説得している。
ラドチィッチ亡命計画も着々と進んでいる。彼の妻がパリに飛び、息子のアンドレイにその計画を伝えているが、アンドレイは不満である。そしてMI6は、この作戦の陽動作戦として、チャーリーの暗殺まで考えていたが、彼の行方が分からなくなったことで、こちらは中止すると話している。またチャーリーは、ハーディとの会話から、MI6が、その作戦のため自分を暗殺しようとしていたこと、そして共同作戦の真意はそこにあったことを確信している。彼はMI6に知られず、ナターリヤとサーシャ亡命を実行しなければならない。
こうしてモスクワのラドチィッチとパリにいる彼の妻と息子の亡命が実行される。しかしラドチィッチは英国に無事到着したが、妻と息子は、同行したMI6の数人と共に、オルリ空港到着直前にフランス当局に拘束されてしまうのである。ラドチィッチは、家族が到着するまで、一切協力はしないとゴネ、モンズフォードは、フランス側にこの情報が漏れた理由を詮索すると共に、政府高官からその解決を強く指示されることになっている。
モスクワでは、チャーリーが、ラドチィッチの亡命と妻・息子のフランスでの拘束を知り、それについてナターリヤと情報交換している。ナターリヤがラドチィッチ亡命事件の調査委員会のメンバーに選ばれたことで、彼女は指導部からは信頼されていることが明らかになっている。そしてチャーリーは、ついにナターリヤとサーシャの偽のパスポートを入手するため、英国大使館と連絡を取り、その担当官ウィルキンソンと、監視の目をくらましながら慎重に接触を試みるのである。
ラドチィッチと、拘束された妻と息子が、正当な理由でフランスを出国しようとしていたことをフランス当局に納得させるためテレビ会談が行われるが、そこで息子のアンドレイは父親を非難し、英国には行かないと断言し、ラドチィッチのみならず、モンズフォードらMI6関係者を困惑させている。結局妻のエレーナは英国に移動し、ラドチィッチと再会するが、家族との縁を切った息子はロシアに戻るとされている。その英国では、ラドチィッチ亡命作戦の主担当者のストラハンが、介護していた母親を殺して自殺しているが、これがその後の展開にどのような意味を持っているのかは明らかではない。そしてチャーリーは、何度かの接触の後、ウィルキンソンから二人の偽のパスポートを入手し、亡命の最終段階に入ることになる。最大の問題は、「共同作戦」のため大使館に彼の「支援部隊」として送り込まれているMI6の要員を如何にまくかである。しかし、ナターリヤとサーシャの亡命はMI6に漏れていた。二人がシュレメチボ空港に向う車は彼らに追跡され、そして彼らは到着した空港で待っていたチャーリーを目撃するのである。MI6要員は、直ちに自分に与えられていた任務である「チャーリー暗殺」を実行する。ロシア当局による、前作でのチャーリーの行動に対する報復と見せかけるように意図された狙撃である。そしてナターリヤとサーシャは無事英国に到着するが、撃たれたチャーリーはロシアで拘束される。彼は、致命傷は免れるが、気を取戻した際に枕元にいたのは、前作で関わったロシア保安局の捜査責任者グーゾフ。彼の取り調べが始まるところで、この話は次作「RED STAR FALLING」に続くことになる。
相変わらず、スパイたちの携帯での連絡の取り方や尾行をまいたりする様子などが詳細に描かれ、それに女たちによる肉体を使った暗躍、そして何よりもMI5とMI6、それに政府高官やCIAも加わる騙し合い等は、相変わらずの彼の世界である。いつもの通り、夫々の関係がなかなか掴みにくく、話の展開もまだるっこしいところもあるが、終盤に向けて一気に盛り上げていくところはさすがである。そして、今回は、まさにチャーリーが危機に陥ったところで終わることで、次作に対する読者の期待を維持することになる。私もまさにそれにハマり、その続編を早速注文してしまったのである。
ただそれが到着する前に、また著者の別のシリーズの読み残した一冊を先に処理することにする。
読了:10月20日(上)/ 12月3日(下)