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川崎通信
「ブラックボックス」、又は芥川賞雑感
著者:砂川 文次 
 第166回芥川賞受賞作の「ブラックボックス」を読んだ。宅配の自転車配達員をしている男を主人公とした小説であるが、その男は衝動的に暴力行為に走る性格で、その結果、脱税調査にきた税務署員らに暴行を加え、刑務所に収容される顛末を描いている。

 この佐久間(通称「クマ」)という男は、自衛隊員を始めに、いくつかの仕事をしてきたが、どれも長続きせず配送員となるが、出来高のみで収入が決まるこの仕事では有能である。しかし、配送途中での車による走行妨害など、ちょっとしたきっかけで「キレる」ことがある(この佐久間の内面が、タイトルである「ブラックボックス」という比喩になっているのであろう)。そして同棲している女の妊娠を契機に、「安定した」仕事探しを考えていた矢先に、ちょっとしたことで、自宅に訪れた税務署員らに暴行を加えることになる。ひたすら延々と配達員の日常とその心情が綴られた後、やっと文章の休みがあったと思うと、突然刑務所暮らしの話になるのであるが、そこでこの収容されるまでの経緯が後から説明されることになる。そしてそこでも同房の収容者との間で衝動的な暴力行為を働き懲罰を受ける。そして妊娠した女から届いた別れとも、よりを戻したいとも分からない手紙を、そのまま放置するところで終わる。

 現在のコロナ禍も織り込みながら、その日暮らしに生きる、衝動的な男を映画いた小説で、芥川賞の受賞作としてみると、「格差拡大」という最近の社会的傾向の中で、その底辺にあるような若い宅配配送員の姿が「現代的」として評価されたということであろう。ただ小説としては、暴力行為の場面を除くと、それほど展開もなく、まあダラダラと男の日常生活と心情が綴られているだけの作品である。そうした「無頼派」の暴力表現としては、同じ受賞作としては中上健次と比べられたりしているようであるが、彼の作品に出てくる男たちのような泥臭さは全くない。その意味では「現代的なピカレスク」と言うこともできるのだろうが、正直迫力不足は否めない。

 これを読んだ文芸春秋3月号では、中上を含め、過去に話題となった芥川賞受賞作についての回顧が収録されており、むしろこちらの方が面白かった。第一回受賞作の石川達三の「蒼氓」から始まり、安倍公房や最近死んだ石原慎太郎、そして私が同時代として読み始めた庄司薫(1969年受賞)や柴田翔(1964年受賞なので、これを読んだのはしばらく後のことであったと思う)等々。上記の中上や村上龍、池田満寿夫の受賞は1976−77年であるので、まさに私の大学から社会人への移行期であったことが改めて思い出される。そして私が読書記録をつけ始めた2000年前後では、何よりも現在も一線で書き続けている平野啓一郎の「日蝕」(1999年受賞)が、個人的には最も強い印象を残している。その後21世紀に入ってからは、ほんの僅か(その中には、お笑いの又吉による2015年の受賞作も含まれている)を除き、この受賞作品にはほとんど目を通し現在に至っている。ただ、やはり文学離れといった世の流れと言うのだろうか、かつての受賞作家は、多くがその後継続的に執筆活動を続け、それなりの作品を残しているのに比べ、21世紀に入ってからの受賞者は、その後の活動が聞こえてこない人々が多いように感じる。受賞最年少記録を更新した綿矢りさと金原ひとみ(2004年受賞)も、それなりに創作活動を続けているようであるが、元々私小説的であった作風もあり、その後はそれほどの話題作は出せていないように思える。そして今回受賞した砂川も、あまり将来性は感じられない。

 そうした想いを感じながらも、やはり今後もこの受賞作は毎回読み続けながら、「将来の大器」の登場を期待し続けるのだろうと感じているのであった。

読了:2022年2月21日