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川崎通信
国際交流会議 アジアの未来 雑感
2022年5月26日―27日 
 本年(2022年)5月26日、27日の二日間、都内で恒例の第27回国際交流会議「アジアの未来」が、日経新聞社の主催で開催された。かつてのシンガポール滞在時代に、所管する東南アジア各国の首脳が参加する会議であることから、毎年注意して見てきたが、シンガポールを離れた現在でも、そこでの東南アジア首脳の発言や討議は気になるところである。今年の開催からやや時間が経過してしまったが、時間的な余裕ができたので、ここで今年のこの会議を若干整理しておこう。

 今回も、東南アジアの首脳の多くが参加している。主要な出席者を列記すると以下の通りである。リー・シェンロン首相(シンガポール)、ジョコ・ウィドド大統領(インドネシア)、プラユット・チャンオーチャー首相(タイ)、イスマイルサブリ・ヤーコブ首相とマハティール・ビン・モハマド元首相(マレーシア)、フン・セン首相(カンボジア)、ファム・ビン・ミン筆頭副首相(ベトナム)、トンルン・シスリット国家主席(ラオス)と、ASEANからは、フィリピン(マルコス新政権発足直後ということで、調整ができなかったのであろう)、ブルネイ(例年、あまり出席の実績はないと思われる)、ミャンマー(いうまでもない)を除く各国から集まっている。それにインド外相やスリランカ大統領、オーストラリア元首相、韓国次期駐日大使、中国元商務次官や北京大学教授等々、周辺諸国からもそれなりの人物が参加。日本からも、岸田首相が基調講演を行った他、学会、経済界等々から多くの関係者が出席している。東南アジアを中心に、毎回これだけの参加者を集められる日経新聞の力には敬意を表したい。

 そうした会議であるが、今回は当然ながら、新型コロナの感染とロシアによるウクライナ侵攻という足元の懸案が暗い影を投げかける中での議論が展開されることになった。上記主要参加者の講演の概要を簡単にまとめると以下の通りである。

 シンガポールのリー・シェンロン首相は、現在のロシアによるウクライナ侵攻を「国際ルールに基づく社会システムを根底から覆した」という認識を示すことから、その公演を始めた。シンガポールはASEAN諸国の中では唯一、ロシアを非難する国連の総会決議に賛成した。それを強調しながらも、米国が提示した「民主主義」対「専制主義」かという対立軸は、中国をロシア側においてしまうことで、アジアの安全上は問題があるとした。この地域での中国の経済的な影響力は拡大が続くことは間違いなく、中国を如何に地域に統合した形で、安全協力についても協力させるかを考えるべきであるとする。オーストラリアや欧州も含めたすべての利害関係者の協力により、アジア地域の軍事力と影響力のバランスを取るべきであり、バイデン政権が進める環太平洋経済連携協定(IPEF)を自由貿易協定(FTA)に発展させることを検討しつつ、中国が進める「一帯一路」とも連携しながら、建設的且つ互恵的な方法で米中を含めたすべての関係国が関わる道を模索することが課題であるとする。そしてそこに「アジアにおける主要な投資国であり、地域の自由貿易化強力な提唱者」である日本が積極的な役割を果たしていくべきと結ぶ。当然ながら、そこでは、中国との関係深化にも配慮しながら、米中の緊張の中で「二者択一」を迫られることを回避したいという意向が示されることになるのである。シンガポールらしい、米中双方に配慮した優等生的演説といってしまえばその通りである。

 インドネシアのジョコ大統領も、今年のG20議長国(その後7月8日より、ジャカルタでG20外相会議が始まり、ロシア、ラブロフ外相の出席が論議を呼んでいる)として、ロシアによるウクライナ侵攻を「新たな段階の地政学的リスク」としつつも、ここで米国とロシアのどちらに与するかは言及しない。国際政治の緊張が増す中、グローバルなサプライチェーンが混乱し、様々な商品需給がひっ迫し、世界的景気低迷が避けられない中、G20の枠組みが世界経済回復の触媒となることを目指したいという。優先事項として彼が挙げるのは、@国際的な保健医療体制の仕組みの拡充によるコロナ対応、A脱炭素に向けたエネルギーの移行、Bデイジタル・トランスフォーメーションの推進といった、ある意味、ロシアによるウクライナ侵攻以前からの課題を繰り返すだけに留めている。

 タイのプラユット首相に至っては、冒頭、バンコク東方にある経済特区「東部経済回廊(EEC)」に対する日本の更なる投資を促すことから演説を始めている。その他彼の主たる関心は「開放的な市場を維持することで(タイの?)経済成長を実現する」ことにあり、2022年に議長国を務めるAPECを通じて「平和と経済の発展に取り組む」としている。そのための注力分野としてAPEC内の人の移動を安全に再開するための「APECビジネストラベルカード」の拡大に努めるとするが、ウクライナ問題については、「人道支援と破壊された街の復旧」を促す程度である。

 マレーシアからはヤーコブ首相とマハティール元首相が出席し、講演を行っている。ヤーコブ首相は、私は今回初めて名前を意識したが、最近のマレーシアの政治混乱の中で暫定的な首相を務めているという印象である。新型コロナやウクライナ問題によるサプライ・チェーンの分断を主因に、半導体不足や食料価格の高騰が顕著で、それを受け自国優先の「内向き」傾向が強まっているが、それを避けるための地域経済の統合強化が必要で、温暖化による洪水の頻繁な発生で、気候変動に対する地域協力も益々重要となっているとする。

 これに対し、今年97歳になる、この会議の重鎮マハティールは、米国や日本による中国との関係維持・強化を主張している。習近平の3期目の総書記就任と、彼による今後の中国の成長に向けての貢献は十分あり得るとして、その中国と敵対関係を強めることは避けるべき、という。その点から、米国主導で中国を排除したインド太平洋経済枠組み(IPEF)にも批判的な見方をしている。

 その他、ベトナムのミン副首相は、南シナ海問題に言及しつつ、多極間協力の枠組みによる「地域の平和と協力、航行・上空飛行の自由を維持すべき」と、中国を意識した発言を行うが、ロシアへの対応は一切触れることはない。また、カンボジアのフン・セン首相はTPPやIPEFよりも、(中国を含む)包括的機材連携(RCEP)を重視していることを示しながら、中国だけに依存している訳ではないが、中国がカンボジアの基礎を築いてくれたことを率直に評価している。またラオスのシスリット国家主席も、ウクライナ問題については中立を貫く方針の下、中国だけでなく、日本やベトナム、国際機関などのインフラ開発の支援を求めていくとしている。ASEAN諸国以外の外国関係者の講演内容は、ここでは省略する。

 こうしたASEAN諸国首脳の発言に先立ち基調講演を行った岸田首相は、「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」として、「米中どちらにつくか」ではなく、「普遍的価値と平和秩序を、守るか失うか」という問題設定を示し、「力」ではない「法の支配に基づく自由で開かれた秩序」を築くべきとする。もちろんそれは中国を意識した発言である。他方中国の元商務次官は、ウクライナ問題には言及せず、RCEPを核とする地域経済協力の推進を促しているのも予想通りである。

 こうして見てくると、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、ASEAN諸国は、益々守りの姿勢を強めているという印象を深くする。最も欧米日本寄りの姿勢をとるシンガポールでさえ、中国との距離感を慎重に確保しており、タイやインドネシア、マレーシアも、ウクライナの事態には憂慮しつつも、二者択一を避け、欧米とロシアや中国とを仲介しつつ、国際協調の枠組みの中で何とか前向きに調整したいという意向が明らかである。ベトナムは、南シナ海問題で中国を牽制するが、長く友好関係にあるロシアへの批判は一切コメントしない。そして元々中国との関係が深いラオス、カンボジアの姿勢も予想通りである。結局、ASEAN諸国は、ウクライナ問題が、自国の安全と経済成長にマイナスの影響を与えることを何とか回避したいという一点で結ばれることになっているのである。

 岸田首相の基調演説は、こうしたASEAN諸国の立場に配慮しつつ、ウクライナ問題が、中国の覇権政策により次の東アジアの問題となることについての警戒感を改めて喚起するものとなっているが、これが彼らにどの様に受け止められているかは疑問である。結局のところ、ASEAN諸国にとっての日本への関心は、域内の安全保障という面での期待感は小さく、あくまで直接投資を中心に、自国の経済成長への協力が中心である、と考えざるを得ない。しかもその領域では、今や中国との関係が、日本とのそれを大きく凌駕していることは言うまでもない。その意味で、これだけのASEANの主要人物を集めた日本での会議にも関わらず、それにより、この地域での日本の政治的指導力が発揮できないのはたいへん残念である。

 そうは言いつつも、もちろんこうした場を継続的に設け、それを通じて、地域における安全保障と経済成長への日本の貢献を積極的に主張していくことは、日本とASEANの関係維持・強化のために今後とも必要であることは明らかである。今後、各国からの出席メンバーは変わっていくだろうが、この会議が来年以降も継続されることを願ってやまない。

2022年7月13日 記