アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
川崎通信
凍てつく世界 T、U
著者:ケン・フォレット 
(凍てつく世界T)

 2012年発表の大河小説。図書館で、このTと、今続けて読み始めているUを見つけたが、調べるとWまであるようなので、しばらくは退屈しそうもない。1933年のドイツから始まり、Tでは大戦前のドイツや英国でのファシズム勃興と、それに対する人々の反応が克明に語られることになる。

 まず「もう一方の頬」と題された第一部。1933年のベルリン。カーラ・フォン・ウルリヒという11歳のドイツ人少女の見る当時のドイツ社会の様子からこの物語が始まる。カーラの父は社会民主党の国会議員、母は英国生まれでリベラルな新聞の記者であるが、彼らは、新首相に選ばれたヒトラーとナチスの台頭、そして息子でカーラの兄エリックがそのナチスに傾倒するのを苦々しく眺めている。カーラは、親友であるフリ−ダの兄ヴェルナーにほのかな思いを寄せているが、そのヴェルナーは、後年反ナチスの活動家として再登場することになる。カーラが母に伴って訪れた新聞社に突撃隊員が侵入し、警察が突撃隊員を支援するという混乱の中、そのフォン・ウルリヒの家族の許をロンドンから訪れているのが、母の旧友で英国庶民院議員のエセル・レクウィズとその息子のロイド。このロイドが、その後主人公の一人となっていくが、彼はドイツとドイツ語を勉強するために母と共に旧知のフォン・ウルリヒの家族を訪問したのである。労働党の家族の下、ロンドンはイーストエンドで育ち、自らも労働党青年部員であるロイドも、ナチスの台頭を批判的に見ているが、それは、彼らが食事をとっていたヴォン・ウルリヒの叔父が経営するレストランに押し入った突撃隊員の一人が、「ユダヤ人の巣窟」を理由に安く買収させろと強要する姿を見てより強まっている。その頃国会議事堂で火災が起こり、ヒトラーはそれが共産主義者による放火であるとの大々的なキャンペーンを張っている。そしてロイドは、ヴェルナーと共に社会民主党の反ナチス集会に参加し、そこでソビエト大使館駐在武官の息子であるヴォロージャ・ペシュコフと出会っているが、その集会にも突撃隊が侵入し、ロイドらとの間で暴力沙汰になっている。一方、11歳のカーラは、家の家政婦であるアイダが突然産気づき、助産婦が来る前に、訳も分からないまま血だらけになりながら新生児を取上げている。同じ頃、帝国議会ではヒトラーが全権委任法制定のための長い演説を行い、レストラン経営者の叔父たちは突撃隊員マッケに逮捕・拘束され、その内の一人は監獄で犬に嚙殺されている。そしてエセルはカーラの母に、生まれ故郷の英国に避難するよう薦めているが、彼女は「私は今やドイツ人」と言い、ドイツに留まることになる。

 そして話は突然、1935年の米国バッファローに跳ぶ。ロシア移民で、禁酒法時代にその裏をぬって大金持ちになった男の娘で19歳のデイジー・ペシュコフが、ドイツから留学で同じ学校に来ていた、同じ歳でユダヤ系医師の娘エヴァ・ロートマンと話をしている。デイジーの父親レフは、今や大統領の晩餐会に招待される身分であるが、そこには母親ではなく女優の愛人を同伴している。そしてデイジーは、同じような金持ちの息子でやや内気なチャーリー・ファーカーソンを伴侶としてつかまえることを目的にパーティーに参加する。その頃、レフは、デイジーの義兄弟のグレッグを伴い、老朽化した映画チェーン買収の交渉を仕掛けている。そのグレッグは、父親と訪れたワシントンで、黒人女優の卵ジャッキーと出会っているが、これは父親が映画館チェーン買収のために仕組んだ罠の一環で、これによりスキャンダルとなったその経営者は、映画館チェーンを安く叩き売ることになる。また地元選出の上院議員の息子であるウッディ・デュアーは、その映画館チェーンのオーナーの娘で、労働者支援デモなどにも参加している年上のジョアンに恋心を抱き、彼女にアプローチをかけている。しかし、デイジーの目論見は、映画館買収スキャンダルを仕掛けた父親への反感から実現せず、野望を抱く彼女は英国に渡ることになる。

 時は1936年。英国に戻りケンブリッジで学ぶロイズの周囲にも、オズワルド・モズレー率いる英国ファシズムが影を落とし始めている。反ファシズムの著作を出している母と共に、大学で開催される集会に参加しているロイズは、学友で労働運動を行っているルビーに思いを寄せている。ロイズの母親は、ロイズから、かつてフィッツハバード伯爵の家のメイドであったが、その息子のボーイがファシズム信奉者であると聞いてびっくりしている。

 親友のエヴァを伴い英国に留学したデイジーは、パーティーで、そのボーイとロイズの双方と出会うことになる。ロイズは、デイジーに関心を寄せるが、デイジーは大金持ちの貴族であるボーイを誑し込もうと策を練る。一方ロイズは、スペインでの共和国軍とフランコ反乱軍の戦争の話を聞き、義勇兵としてそこに参加する気持ちを持ち始めているが、当然ながら家族からは反対されている。そしてロンドン塔を起点とする英国ファシストの行進阻止の戦いに参加したロイズは、そこでファシスト側で参加したデイジーと会い、彼女からボーイと婚約したことを告げられる。それを聞いたロイズはスペインに行くことを決断するのである。

 ベルリン、ロンドン、そして米国はバッファローという3つの場所を舞台に、因縁で結ばれた多彩な登場人物が登場し、当初はその人間関係を頭に入れるだけでも苦労するが、それが分かると次第に、歴史の大きな転換点の中で、彼ら彼女らが夫々の立場からどう考え、行動していくことになるかを面白く追いかけることになる。話の展開の中で徐々に明らかになるこうした因縁と運命のドラマはUに続いていく。たいへん読ませる展開で、しばらくはこの作品に没頭することになろう。

(凍てつく世界U)                   

 そして第U巻は、1937年のソ連、モスクワに移る。そこで、かつてベルリンのソビエト大使館駐在武官で現在は軍司令官となっている男の息子であるヴォロージャ・ペシュコフが、赤軍情報本部で、かつてベルリンで知り合ったヴェルナー・フランクがリクルートした、ドイツ大使館付のスパイであるマルクスと接触するところから始まる。そのマルクスは、愛人が当局に拉致され拷問を受けたとヴォロージャに抗議しているが、そこに秘密警察が押し入り、その拘束・拷問は秘密警察の仕業であったことが分かる。それに抗議するヴォロージャ。しかし、秘密警察の実行者ドヴォルキンは、ヴォロージャの妹の恋人であり、且つヴォロージャは彼と共に内乱が起こっているスペインに送られることになる。

 そのスペインには、英国からロイズも何人かの同志と共に到着し、そこでテレサという魅力的なスペイン語教師の女性や、かつてベルリンでの反ナチ集会で出会ったヴォロージャと再会している。そのヴォロージャは、共和国軍にいるスパイの摘発ということで、ロイズの部隊にいた男を拘束している。ロイズとの言い合い。しかしヴォロージャはやりたい放題で、その男もナチス・シンパのスパイであることを自白し、ヴォロージャが勝ち誇ることになる。そしてロイズも激しい戦闘に巻き込まれていくが、そこで描かれるのは、共和国軍を支援するということで送り込まれているヴォロージャのようなソ連軍関係者が、共和国軍内部の同志をトロツキストだ、アナキストだ等と非難しながら粛清している実態であった。そして反乱軍との激しい戦闘の中、ロイズの同志も実際にソ連軍の兵士に殺されるが、ロイズは負傷しながらも何とか一命をとりとめ、ロンドンに戻ることになる。

 1939年のベルリン。ゲシュタポ隊員となったマッケが、今度はそこのソ連大使館で活動しているヴォロージャを監視している。スパイをリクルートする任務でベルリンに送り込まれたヴォロージャは、マッケの監視をくらまし、かつての旧友で反ナチスであったヴェルナー・フランクが紹介したスパイ候補のドイツ人と接触している。しかし、その接触から戻ったところで、現地の女友達から、ソ連とドイツが不可侵条約を結んだという知らせを聞く。彼は、「そんなことのために父等は革命に参加したのか?」と呟くことになる。

 同じ頃、米国では、上院議員のガス・デュアーが、ルーズベルト大統領に会い、欧州に平和を取り戻すために米国が国際連盟に参加し、指導していくことを直訴している。それに付き添った息子のウッディは、そこで学生時代に恋心を寄せたジョアンと再会しているが、彼女は別の男と婚約していることを知ってガッカリしている。また大統領との面談後立ち寄ったバーで、グレッグ・ペシュコフの姿に目を止めるが、彼はデイジーの異母弟で、二人は英国貴族と結婚した彼女が戦時下の英国でどうしているか話している。またグレッグとは学生時代に、デイジーの父親レフによる映画チェーンの買収を巡り喧嘩したことを思い出している。またそのグレッグは、買収の抗争の中で、父親が仕掛けた罠で知り合った黒人女優のジャッキーとも再会している。そしてベルリンでは、10代後半になった成績優秀なカーラが、大学での医学部入学を目指して面接試験に臨んでいるが、女性蔑視の試験官により落とされている。ラジオからは、ドイツがポーランドに侵攻したというニュースが伝えられている。

 ドイツとの戦争準備が進むロンドンでは、子供が出来ないデイジーが、ボーイとの結婚生活に苦しんでいる。彼女の親友エヴァは、軍人のジミーと結婚し、平穏な生活を送っているが、エヴァの両親のユダヤ人夫婦は、父親がベルリンでの医師としての仕事を奪われた上、ドイツから出国できず厳しい生活を強いられている。それを知らされたデイジーは、かつてボーイと共に英国のファシスト勢力を支持した自分に恥ずかしさを感じている。そのボーイは、デイジーに追及されて自らの不倫を仄めかす様な言葉をデイジーに投げかける。政界では、ドイツのポーランド侵攻に対するネヴィル・チェンバレンの煮え切らない姿勢に対する批判が高まり、労働党員のロイズの家族もそれを感じているが、結局チェンバレンはドイツとの戦争を公式宣言することになる。

 第二部「血の季節」に移る。1940年4月、ウェールズで軍事訓練に参加しているロイズは、一部を軍に提供したフィツハバード伯爵の屋敷に滞在しているが、そこでデイジーと再会している。デイジーは、ロイドに、伯爵家で見た写真の中の親族とロイドの顔がそっくりだということと、ロイドの母が、政治の世界に入る前に伯爵家でメイドをしていたということで、ロイドの本当の親は、伯爵が関係しているのではないかと伝え、ロイドもその真相を調べたい気持ちになっている。デイジーの流産をロイドが助けたことで、二人の親密度は増すが、結局ロイドが急遽異動になったことで、そこでの二人の逢引きは実現することはないまま終わることになる。ロンドンに戻ったロイドは、両親に詰め寄り、最後に彼の実の父親は侯爵であったことを知るが、その後彼はフランス戦線に送り込まれることになる。

 以降、ベルギーとフランス国境での、ドイツ側で参戦したカーラの兄で元ヒトラー・ユーゲントのエリックの戦闘や、英国側で参戦したロイドのフランスでの闘いが描かれる。エリックは、戦闘の悲惨を体験した後、ドイツ軍の勝利を目撃し、ロイドは、連合軍の敗戦の後、ダンケルク撤退から漏れてドイツ軍の捕虜となる。しかしロイドはフランスでの移送の最中脱走に成功。現地の反ナチス勢力の支援を得てスペイン国境に辿り着き、そこでかつての内戦時に出会ったテレサに救われ、バルセロナ経緯帰国することになる。一方、ロンドンのデイジーは、空軍から一時家に戻ったボーイの浮気現場を目撃し、大喧嘩をした帰宅途中で、ドイツ軍の空爆現場に遭遇。そこで救急車を運転し、怪我をした子供を助ける。ボーイを見切ったデイジーは、彼と同居しながらも、爆撃下での救急車運転手として活躍することになるが、被害現場でロイドと再会し、彼の実の親についての告白を聞きながら、彼とついに肉体関係を持つことになる。

 1941年。ベルリンのカーラは、11歳の時に自分が取り上げ、名付け親となった障害児であるアイダの子供の施設を訪れているが、そこでアイダは、その子供が特殊医療の病院に移送されることを告げら、その後その子供クルトの死亡通知が届けられることになる。更に恋人であるヴェルナーの障害児の弟アクセルも、同じ病院で死亡したという話を聞いて、ナチスによる障害児の計画殺人が行われていることを確信する。しかし、その計画殺人を阻止しようと動いた父親や知り合いの医師らは、マッケらゲシュタポの攻撃を受けて、父も命を落とすーその死亡を確認するのは、既に医師免許を剥奪されているエヴァの父親のロートマン医師であるーところで、第二巻が終わることになる。

 実際の歴史的事件を、そこに巻き込まれた人々の実際の世界の中で描いていく筆力に圧倒させられる。そして第一巻でも書いたが、夫々の人々の複雑に交錯する関係の設定。多くの登場人物の関係を頭に入れるだけでも大変であるが、それが分かると次なる展開を期待して心がはやることになる。

 ここまで読んで連想したのは、つい最近見た韓国映画「国際市場で逢いましょう」(別掲)である。歴史的大事件を背景に、それが個々の人々にどのような運命をもたらしたのか、という発想は、その映画とこの小説に共通する。ただ韓国映画では、それが、朝鮮戦争、ベトナム戦争、そして南北朝鮮の離散家族再会計画という、韓国戦後史で、且つ登場人物は主人公の男とその周辺の友人たちに限定されていたので、分かり易かった。それに対し、この小説の事件は1933年のヒトラー首相就任と全権委任法に始まり、それを受けた米国や英国国内の動きを経て、スペイン内乱、そしてナチスの侵略開始から第二次大戦勃発とヒトラーによる大陸の制圧という、欧州現代史の良く知られた事件を取上げるが、そこで蠢く人々は、特定の誰が主人公ということではなく、多彩な人々が夫々の場所でスポットライトを浴び、そしてそれらが交錯する因縁で結びつけられることになり、より複雑に描かれることになる。あとV巻、W巻と続くことになるが、著者が人々の運命をどう展開させていくかはたいへん興味深いところである。ただ、足元は、義母の逝去への対応もあるので、ここでしばし小休止することにしたい。

読了:T:2023年3月31日 / U:4月5日