アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
川崎通信
永遠の始まり T/U
著者:ケン・フォレット 
(永遠の始まり T)

 手元に分厚い「Fall Of Giants」と題されたペーパーバックがある「凍てつく世界」の前編ではなく、やはりこの後編の邦訳に先に手をつけることになってしまった。1961年から始まるこの作品では、「凍てつく世界」に登場した多くの人物の子供や孫が主人公となり、改めてベルリン、ワシントン、モスクワ、ロンドンを舞台に、当時の重大事件が、夫々に関与することになった人々の視点で語られることになる。前作では、冒頭夫々の登場人物の関係が頭に入るまでに相当の時間がかかったが、それが残っていることから、今回はすんなりと話の展開に入ることができ、楽しみながら読み進めることになった。

 まずは1961年、「第一部 壁」。前作で、ナチによる迫害とソ連兵による略奪を生き延びたカーラとヴェルナーの養子で長女のレベッカは、28歳となり、ベルリンのソ連管理地域に住み、司法省に勤務するハンスという男と結婚し、有能な高校教師となっている。その新婚1年目である彼女は、ハンスの振舞に若干の疑惑を持っており、学校の同僚ベルントにそれを打ち明けている。その彼女がシュタージの呼出を受け、その本部に行ったところ、そこでハンスと鉢合わせ、彼が司法省ではなくシュタージであったこと、そして自由主義的な発想を持つレベッカやその家族を監視するために彼女と結婚したことが分かり激高し、ハンスと別れる決心をするが、ハンスもまた報復を口にしている。またカーラが赤軍兵士に強姦されて身籠ったが敢えて出産し育ててきた長男ワリは、ギターを抱えてベルリンの西独地域でのコンテストに参加し、そこで知り合ったボーカルの女性と共に演奏活動を広げようとしているが、東側に戻る際に警備の警察官に因縁をつけられギターを壊されている。彼の3つ下の妹リリは、カーラとヴェルナーの実子である。

 同じ頃、ワシントンでは、今や上院議員となっているグレッグの私生児を、彼やその富豪の父であるレフからの経済的支援を受け一人で育てていたジャッキーのその息子ジョージが25歳となり、ハーバード大学ロースクールで優秀な成績を残しながら黒人公民権運動に関与している。「フリーダム・ライド」という、黒人差別を無視する運動で、特に差別が激しい南部アラバマ州に向かうことになる。バスで席を一緒にした同じ運動に参加するマリアという可愛い黒人女性に恋心を頂くジョージであるが、そこで暴徒の襲撃を受け、マリアを庇いながら闘い腕を傷つける。しかし、それ以上に彼らが絶望したのは、その差別主義者の襲撃を見て見ぬふりをしていた州警察の姿と、そこで見かけたロースクールの同僚で運動のシンパと思われていたジョゼフという男が、実は差別主義者のスパイであったという事実であった。

 そしてモスクワ。タス通信の有能な記者であるターニャとその双生児の兄でクレムリンに勤務しているディムカが登場。彼らはモスクワ特権層の家族で、祖父グレゴリーは赤軍将軍、叔父のヴォロージャは赤軍情報将校、その妻のゾーヤはソ連原爆開発に携わった物理学者として「凍てつく世界」で描かれている。そのターニャは、ソ連社会の強権的体質を内部から変えたいと考えており、同志と共に集会で、反政府活動の罪でシベリア送りとなっている著名オペラ歌手を救済するためのサムイズダートを配布するが、そこで逮捕される。ヴォロージャの介入もあり、彼女は救われるが、左遷されキューバ駐在の記者となる。一方、フルシチョフの補佐官となっているディムカは、失敗したピッグス湾侵攻を含めキューバに圧力をかけるケネディ政権への対応を巡るクレムリン内の権力闘争に立ち向かいながら、私生活では何人かの女性に惹かれている。

 ハーバード・ロースクールを卒業したジョージは、同窓生でマルティン・ルーサー・キングの下で働く同級生の女性からの誘いも受けるが、それを断り、ロバート(ボブ)・ケネディ司法長官のオフィスでの仕事を受けている。彼が参加したフリーライドを含め、今後は黒人差別を非難する活動や集会への参加をしないという条件付きである。ボブは、差別解消を示す立場から、彼のスタッフに、公民権について助言する優秀な黒人法律スタッフを求めていたのであるが、ジョージは、公の場ではボブが、選挙を考慮し、黒人に対する過剰な親近感を示すのに注意を払っていることに気がついている。母親からは、「内部から変えれば良いじゃない」と、また実質祖父のレフは、負け犬の弁護はするなと助言されている。

 モスクワでは、ディムカが、緊張するキューバや東ドイツ情勢を巡るフルシチョフの考えを聞いている。キューバについては、核戦争を避けるという一点はフルシチョフも踏まえているが、逃亡者が増加する東ドイツ、特にベルリンについては、フルシチョフはディムカに「壁を作る」と言い放つのである。そしてその東ベルリンでは、レベッカがハンスに呼び出され、教師を解雇された後無職でいるのは犯罪で逮捕理由になると脅されている。それを受け、レベッカは西側への逃亡を決断することになるが、彼女が境界線に辿りついた時、既にそこは兵士と警察により封鎖されていたのである。

 「第二部 盗聴」(1961―62年)。ワシントンでは、ジョージが、強硬派の軍部の関係者とケネディ大統領のベルリン政策を巡って議論をすると共に、ワシントンに戻り大統領のオフィスで勤務するマリアと再会して胸をときめかせている。しかし、それまで男を寄せ付けず処女を通してきたマリアは、ケネディ大統領にまずは、仕事を評価され舞い上がり、次に彼に誘惑され、彼に処女を捧げ、彼の愛人となる。それを知らないジョージは、交際を申し込むが、マリアは「好きな人がいる」といって彼を拒絶している。そのジョージは、FBI長官フーバーの補佐官に呼び出され、マルティン・ルーサー・キングが共産主義者の弁護士と一緒に働いているので、彼の電話を盗聴する許可をボブから出して欲しいとの依頼を受けている。公民権運動のシンパであるジョージは当然それに反対であるが、それを聞いたボブは、キング牧師に、その弁護士との関係を断つよう説得することをジョージに指示することになる。シカゴでキング牧師と会ったジョージは、牧師から「弁護士は無神論者の共産党員ではないので、関係を断つことはしない」と説得され、「任務は失敗だ」と呟くことになる。

 ロンドンでは、労働党議員ロイズ・ウイリアムズとデイジー、そして写真家のウディ・デュアーとベラの、そしてデイジーの親友であるエヴァの息子といった10代の子供たちが交流している。彼らは、祖母エセルの一代貴族襲名の式典に参加したり、その陰で酒や煙草を嗜んだり、そして夫々の異性に交錯した想いを寄せている。そのエセルは、式典の後で家を訪れたロイズの実父である年老いたフィッツハーバー伯爵(「凍てつく世界」で、伯爵家の使用人であったエセルが彼の子供を身籠り、そのロイズが、エセルを追求し真相を知った経緯が描かれている)を、そうした事実を伝えることなく孫の男の子に紹介している。そしてロイズの長女は、高校の演劇祭で、オフェリアを演じ、最後は裸になって喝采を浴びている。

 東ベルリン。ハンスから復縁を迫られたレベッカは、壁を突破して西に移る決断を下し、彼女とベルントの決死の逃亡劇が臨場感を持って描かれる。決定的なところで、壁の監視にあたる警察官の関心を逸らして彼らを助けたのは、弟でカーラを強姦した赤軍兵士の子供であるワリであった。越境には成功した後、ベルントは障害を持つ身となったが、二人は永久の愛を誓いあうのである。

 「第三部 島」(1962年)。ここからはキューバ危機である。モスクワでフルシチョフの補佐官を務めているディムカと女友達ニーナとの会話で、ソ連とカストロの微妙な関係や、クレムリン内のカストロに対する異なった見方などが語られる。他方、米国ではキューバ侵攻を企む軍部と、それを阻止しようとするケネディ大統領ら民主党政府が対立している。そしてボブから、ⅭIAがキューバで企てている小さな破壊工作である「マングース作戦」の実態を観るよう指示されたジョージが、小さな船でキューバに向かっている。それは海岸の小さな小屋を焼き払い、そこにいた警備員を射殺するようなどうでも良い作戦であったが、帰国後それを報告し批判したジョージに、ボブは、「それでも何かをしなければならないんだ」と呟いている。一方、モスクワでは、米国との戦争を避けたいディムカの会議に、米国のマングース作戦の情報が届き、米国のキューバ侵攻とカストロへの軍事支援の強化を主張する軍部の意見が力を増し、フルシチョフもキョーバへの核配備を認めている。フルシチョフからミサイル等のキューバへの秘密裡の輸送作戦の指揮を任されたディムカは、その任務を受けざるを得ないが、世界の終わりが近いことを感じ始めることになるのである。そしてクリミア半島はセバストポリに赴き、そこから一般の生活物資という表示でミサイル等の武器を満載した船が秘密裡にキューバに向けて出航するのを確認している。そのキューバでは、姉のターニャが、キューバ軍の対米強硬派であるパス将軍に惹かれながらも、ディアムと同様に、こうしたキューバとソ連の対応が米国による反撃を受け、世界の終わりをもたらすのではないかと危惧している。そして米国では、U2機が撮影した写真から、キューバには既に核ミサイルが配備されていることが確認され、ジョージも出席している会議でケネディ大統領にも報告される。ケネディは、テレビ演説で、キューバでの核ミサイル配備が確認されたこと、そして対抗策として、キューバに向かう全ての船舶を会場で臨検することを発表するが、それはモスクワのフルシチョフにも届けられ、ディムカもニーナを家族に紹介する夕食を切り上げクレムリンの会議に参加することになる。席上、ディムカは、フルシチョフから、「何でミサイル配備が米国に知られたのか?」と問い詰められるが、会議はアメリカへの対抗策に移る。そして米国による攻撃を受けた場合に、キューバにいるソ連軍の将軍に、核ミサイル発射権限を与えるという軍部の主張が、コスイギンらの反対で退けられ、フルシチョフはキューバに向かう船に引き返すよう指示を出す。取りあえず最悪の事態は回避されたとディムカは安堵するが、もちろん危機は続いている。そして世界の終わりを感じる中で、ディムカは、クレムリンの情報担当ナターリヤと、そしてキューバではターニャがパス将軍と濃密な肉体関係を持つところで、この第一巻が終わるのである。

 ベルリン危機からキューバ危機に向けての世界的大事件を、それに巻き込まれた個人の視点でリアルに追いかける手法は、「凍てつく世界」から続いている。そしてそこに登場する人物と彼ら相互の因縁も、「凍てつく世界」からそのまま引き継がれている。更に、息抜きの様に、そうした関係者のポルノ紛いの性的な交わりも挿入され、息をつかす暇もなく読み進めてしまう。既に第二巻に入っている。

(永遠の始まり U)

 米国では全爆撃機が戦闘態勢を整え、キューバ海域では海上封鎖が始まっている。その緊張した動きが詳細に語られる。一部の船舶がソ連に戻ることが確認されているが、依然キューバに設置された核ミサイルは敢然と存在している。それを感じながら、ジョージは、マリアが病欠していることを知らされるが、それを教えてくれた女性秘書は、彼の実の父であるグレッグ上院議員とかつて付き合っていたことを告げている。彼女は、前作で、グレッグが、公園でジャッキーと幼いジョージと会っているのを目撃し、婚約を解消した女性である。そして心配してマリアの自宅を訪問したジョージは、マリアがまさに中絶したところで、その相手が大統領その人であることを確信するのである。またモスクワでは、フルシチョフが、キューバのミサイルを引き上げる見返りに、トルコにある米側のミサイル撤去を提案しようとしているが、そこではディムカが、ニーナと夫のいるナターリヤのどちらを選ぶか悩んでいる。しかし、「子供は出来ない身体」といっていたニーナの妊娠が分かり、結局彼はニーナを選ぶ決断をしている。またロンドンでも、ロイズとデイジーが、彼らやエヴァの子供たちと、そのキューバを巡る米ソの対立を議論している。

 キューバに設置された核ミサイルを巡り、米国内では強硬派の軍部が主張する侵攻が現実味を増しており、ジョージは懸念を強めている。またモスクワでは、ディムカが、キューバのミサイル配備が米国に知られたのは、彼の作戦が漏れたのではなく、U2による撮影によるものであったことが分かり、溜飲を下げている。そのディムカは、祖父のグレゴリーや、ヴォロシーロフ、ゾーヤ等も呼んだ家庭パーティーで、ニーナとの婚約を発表しているが、そこではグレゴリーが、かつて彼の弟のレフが米国に渡った経緯を語っている。レフの娘がロンドンにいるデイジーで、また腹違いのグレッグが米国にいるジョージの実父である。ここでもまた登場人物間の因縁が示唆されるのである。

 フルシチョフからの、キューバのミサイルを引き上げる見返りに、トルコにある米側のミサイル撤去という提案が米国に届き、軍部は反発しているが、ケネディ大統領は受け入れる方向で調整を進める。しかし、その頃、キューバでは、パス将軍がターニャに対し「フルシチョフが米国と事前の相談のない取引を行った」と激怒しており、またそうしたフルシチョフへの不信もあり、米国のU2偵察機が撃墜され、パイロットが死亡、米国内では軍部から報復のためキューバを攻撃しろという意見が強まるが、大統領はそれを抑え、フルシチョフ提案を受ける発表を行うのである。ジョージの眼を通して描かれるこの辺りはまさに手に汗握る展開で、著者の真骨頂である。そして大統領とベッドにいるマリアは、「あなたは世界を救った」と語りかけ、キューバでは、パスがターニャに「モスクワは裏切った」と告げ、二人の関係が終わる。モスクワでは、ディムカがニーナと結婚式を控え目に行うことを話している。

 「第四部 銃(1963年)」。カーラが、赤軍兵士に強姦されて生まれたワリの、姉レベッカに続く壁を越える亡命が描かれる。ハンスの嫌がらせで、東独での音楽活動を阻まれたワリは、パートナーのカロリンと共に西側への亡命を企てるが、最後の瞬間にカロリンは現れず、一人で国境を突破。しかし、カロリンへの思いを断ち切れないワリは、西側の亡命組織が作った地下トンネルを使って再び東側に戻り彼女を連れ帰ろうとするが、結局そこでも最後の瞬間にカロリンに拒絶され、再び一人でそのトンネルを抜けて西側に戻ることになる。カロリンを尾行していたハンス一派の追跡を受け、トンネルは爆破されるが、ワリは何とか西側に逃げ延びるのであるが、これも実際に当時あった事件なのだろうか?その描写もたいへんリアルである。ワリはその後、ハンブルグで、下半身が麻痺して車椅子生活を続けているベルントと暮らす姉レベッカのもとに転がり込むことになる。

 米国アラバマ州でのキング牧師らによる人種差別撤廃を唱える公民権運動と、それに対する白人差別主義者の暴力、そして差別主義者に怒りを覚えながらも、選挙のためにそれと徹底的な対決を避けるケネディ政権の様子がジョージの眼を通して描かれ、合間にキング牧師のもとで働くロースクール時代の同級生ヴェレナとの性愛や、母親が薦めるシンディーとのデートなどが挿入されている。

 同じ頃のロンドンでは、ロイズとデイジーの息子デイブが、勉強をさぼりギターばかり弾いているのをロイズが叱っているが、デイブはそれを無視し、知り合いのバンドに加わり、ハンブルグでの演奏に出かけることになる。またエヴァの息子のジャスパーは、学生新聞の記者からの脱皮を模索して、ロイズとデイジーの娘で女優のエヴィーとポップ歌手ハンクとの情事をゴシップ紙に売り込んでいる。またモスクワでは、キューバから戻ったターニャが、自分の身代わりとなり逮捕されシベリア送りとなった劇作家の消息を辿り、その彼が書いたシベリア収容所での暮らしについての手記を手に入れている。彼女はそれを「新世界(ノーヴィミール)」という文学誌を出している出版社に売り込むが、これはソルジェニツインをモデルにした話ではないかと感じている。また彼女は弟ディムカにその劇作家の消息調査を依頼し、彼が刑期を終わった後も電気技師としての使い勝手からシベリアに抑留されていることを知る。姉の依頼を受けたディムカは、フルシチョフに彼の恩赦の許可を求め、嫌味を言われながらもそれを得るのである。ただそのディムカは、妻のニーナが臨月を迎える中、ナターリャとの関係が切れず、バーで彼女と濃厚なキスをしているところを、ニーナの出産を告げに来た秘書に見咎められている。

 米国ではキング牧師率いる公民権運動が益々盛り上がっているが、アラバマ州では民主党員ではあるが人種差別政策を支持するウォーレス知事が、それに敵対する動きを行っている。ウォーレスは、差別政策を隠しながら、この動きを中央のケネディ政権による連邦軍派遣による地方自治の侵害という問題に巧みにすり替えている。これを見たケネディ政権は、ついに新公民権法案提出を決断し、ジョージらを安心させている。そしてその法案を含めたケネディ政権の各種法案審議を順調に進めるためには、キング牧師の運動が過激化しないことと、FBIのフーバー長官が主張する牧師の「共産党員」との付き合いの断絶が必要で、ジョージは、それを牧師に説得するため、ボブの指示を受け、牧師のもとで働くヴェレナを訪れている。ジョージは彼女にも想いを頂いており、かつて一度だけあった肉体関係も改めて持つことになる。

 ハンブルグのレベッカの家に転がり込んだワリは、ギターを抱えてレーバーバーンのライブハウスに売り込んでいるが、経営者との音楽趣味が合わず仕事は得ることが出来ない。そんな中、ロンドンからハンブルグに来たデイブが、縁戚のレベッカを訪問し、そこでワリとも出会っている。丁度、デイブのバンドのギタリスト、ジェフが、ホームシックからアルコール付けになり、きちんとした演奏ができない状態だったところにワリが参加し、聴衆の支持を受ける。デイブはギタリストをワリに替えることを決めるが、解雇されたジェフは、デイブが15歳で演奏しているのはドイツの法令違反であると垂れ込み、デイブらはドイツから追放されるのであるが、ワリは彼らと共にロンドンに渡ることを告げるのである。ハンブルグで人気を確立したビートルズにも言及されるこの辺りは、当時の英国バンドのこの地での武者修行を楽しく描いている。

 ロイズ家族のスキャンダルを記事にして原稿料を稼いだジャスパーが米国に渡り、かつてロンドンで会ったデュアー家の世話になっている。そこでキング牧師の主催する大集会があると聞き、絶好の記事の素材と興奮している。またデュアー家を通じてジョージやその実父グレッグとも知り合ったジャスパーの視点で、その公民権運動の大集会が描かれる。その10万人を優に超える人々が集まったワシントンでの集会では、ジョーン・バエズ、PPM、そしてボブ・ディラン等に続いてキング牧師が、「私には夢がある」という大演説を行っている。ただ演説後彼と面会したケネディ大統領は、彼の提出している公民権法案の成立は簡単ではないことをキング牧師に次げている。その大集会を報告したジャスパーの記事は評価されるが、ロンドンに帰った後、彼が狙った新聞の編集長の地位は別の既成勢力により横取りされている。それを受け、彼は自分の新聞を立ち上げることになる。彼が居候するロイズの家には、ハンブルグから移ったワリも同居している。そしてこのU巻は、米国での公民権運動とケネディの暗殺で締め括られることになる。

 アラバマ州での日曜礼拝への爆弾事件、FBIフーバー長官によるキング牧師と共産党との繋がりという主張を巡る攻防、そしてベトナムでのゴ・ディン・ディエム政権排除のクーデターとケネディの意に反したディエク兄弟のCIAによる処刑等、ケネディ政権を巡る緊張が高まっている。そうした中で、公民権法案にとって重要なテキサス州へのケネディ大統領夫妻の訪問が計画されることになる。その展開は、次に起こるダラスでの大統領暗殺を容易に連想させる。そしてその知らせを聞くことになる、登場人物各自の状況と反応が描かれる。ジョージは、司法省でのボブとのプールサイドでの昼食会議の最中に、フーバー長官からの電話でそれを知らされる。サンフランシスコの学校で授業中のデュアー兄妹は、教師からその知らせを受けている。ロンドンでは、ジャスパーやロイズが観劇しているエヴィーの演劇公演中にそれが届けられ、公演は中止される。ハンブルグでは、市会議員の集会に出ようとしていたレベッカがテレビでそれを知り、ベルントと共に驚愕している。そして東ベルリンでは、ワリの子供を身籠ったが、東側に残ったカロリンが、シュタージであるハンスの脅迫で親に見放された後保護されたカーラの家で、末娘のリリも見守る中出産をしている。カーラはそのニュースより出産が大事と呟くのである。モスクワではディムカがナターリャと逢引きをして遅い時間に帰宅し、待っていたニーナに「仕事で遅くなった」と告げるが、ニーナは、クレムリンがケネディ暗殺の知らせで何度も連絡してきたと、彼の嘘を非難している。そしてワシントンの資料館で調べ物をしていたマリアは、駆け付けたジョージからその知らせを聞き、泣き崩れるのであった。ケネディ暗殺の知らせが届けられた夫々の人間の状況。1963年11月21日、当時9歳の私は、家族旅行で電車を待っていた早朝の東武線浅草駅で、その知らせを聞いたことを思い出していた。

 「第5部 歌」(1963年―1967年)。ケネディ暗殺後、副大統領から大統領を次いだリンドン・ジョンソンが、ジョージらの不安を覆し、公民権法案の推進を決断し、議会の諸手続きを利用し、巧みな多数派工作と反対派への圧力を強めていく様子が描かれる。そして法案成立の希望が見えたところで、ジョージはヴェローナを自分のアパートに誘うところでこの第U巻が終わるのである。

 ということで、第T巻から続くキューバ危機から、米国の公民権運動、そしてケネディ暗殺に至る1960年代初めの世界の動きが、引続き、夫々に因縁を持った各登場人物の視点で描かれることになる。そこに挿入されるハンブルグでの英国バンドの活動なども、丁度これを読了した日の夜に、1960年代の英米ポップ音楽を楽しむ集まりを持ったこともあり楽しく読み進めることになった。そして相変わらずの登場人物間の濃厚な性描写で、緊張感が適度に緩むことになる。あと2冊。こちらも直ぐに読んでしまうだろうことを感じている。

読了:2023年5月2日(T)/ 11日(U)