アジア・ドイツ読書日誌と
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川崎通信
追いつめられた男
著者:B.フリーマントル 
 チャーリー・マフィン・シリーズ第5作で、1981年の発表。前作同様、ロンドンの保険ブローカーで、チャーリーの恩師の息子であるルウパード・ウィーロビーからの依頼案件を巡る話で、今回の舞台はイタリア、ローマである。

 冒頭、英国の情報部員が、世界各地で次々に殺されている。英国のスパイで亡命を考えているチェコ駐在のソ連外交官が、英国情報部員の名簿が、ローマ経由でソ連側に流れている、という情報をもたらし、英ソ両国の闘いが始まっている。おりしも、ローマではNATOの主要会議が行われる予定で、英国情報部はそれに合わせてローマの大使館にいると思われるソ連スパイの摘発体制を準備。そして同じ頃、ロンドンの街を冴えない格好でうろついているチャーリーのもとに、ウィーロビーから、ローマ駐在の英国大使夫人の宝石に掛けられている盗難保険の更新があり、保管体制を確認するためローマに行って欲しいとの依頼が入り、彼はローマへ飛ぶことになる。その情報を得たソ連側は、チャーリーを良く知る情報部トップのカレーニンが、英国の動きを阻止するため、チャーリーをその道具に使う計画を立てることになる。

 こうしてローマでの、英国、ソ連のスパイたちにチャーリーが絡む話が進むことになる。ローマでは、チャーリーは早速英国ローマ駐在大使であるビリントンの公邸に赴き、その身振りを怪しまれながら、宝石類の防犯装置のチェックを行っている。そこで夫には内緒でチャーリーを追いかけてきたクラリッサと再会し、躊躇しながらもまた肉体関係を持っているが、それはソ連のスパイたちに監視されている。他方、ロンドンの情報部は、ローマでの情報漏洩の容疑者として大使館員二人を特定し、彼らの身辺調査を始めている。またソ連情報部のカレーニンの指示を受けた男が、ビリントン宅の宝石を盗む実行犯を雇い、関連の防犯装置の詳細情報を渡している(彼が誰からこの情報を仕入れたかが、物語の最後に大きな鍵となる)が、同時にカレーニンは、この盗難をチャーリーが行った様に見せる手はずを整えている。拘束した英国のスパイで、チェコ駐在のソ連外交官の拷問の準備を始めながら・・・。

 実行犯による、ビリントン邸からの宝石盗難。彼は実行時、大使夫妻が帰宅して逃げ場を失うが、何とか逃れ、また邸宅の境界を越える際に身体を傷つけながらも、そこから脱出している。他方、ロンドンの情報部は、調査する大使館員二人の内の一人が、妻が若い頃オーストラリア共産党活動に関与した事実を突き止め、彼への疑惑を強めている。またカレーニンの指示を受けたソ連情報部員は、盗んだ宝石を、保険会社に買い取らせるべく、チャーリーをその交渉の代理人とするよう通告し、チャーリーはビリントン大使にそれを受入れさせている。

 こうしてイタリア警察による宝石盗難捜査と、チャーリーによる宝石買取り交渉が並行して進む。そして、そのローマでの宝石盗難事件の報が届いたロンドンでは、情報部トップが、首相から、サミット前の大使館のスキャンダルとスパイ情報漏洩の始末をつけるべくローマに飛ぶよう指示を受け、彼らもローマに飛ぶことになる。ソ連、英国のスパイと、盗難へのチャーリーの関与を疑うイタリア警察、そして英国大使館やイタリア警察には自分の素性を知られたくないチャーリーとの4者入り乱れた闘いの幕が挙げられることになる。

 チャーリーの盗難グループとの秘密交渉と買戻しの場所の指定を受けて現金を用意。しかし、イタリア警察にはそれは知られないようにしなければならない。そしてイタリア警察の追跡をまいたチャーリーは、まず大使より任命された大使館員―彼は情報漏洩の容疑者であるーをまず先に買戻し指定場所に送るが、彼は実行犯の男と共に、ソ連情報部員にその場で殺される。そして遅れてそこに着いたチャーリーは、待ち構えていた英国情報部員に拘束され、独房に放り込まれ尋問を受けることになるのである。彼には、英国情報部への裏切りに加え、そこで行われた殺人事件の容疑者としての疑惑も加わっている。また彼の共犯としてロンドンのウィーロビーとローマにいるクラリッサも拘束され尋問を受けている。他方英国情報部と、この事件を問題視するイタリア警察との軋轢も続くが、結局イタリア警察は、サミット前に事を大きくしないよう、この宝石盗難事件や、それに続いた殺人事件を闇に葬ることに合意している。そしてチャーリーへの尋問がピークを迎え、彼への数々の疑惑が確認され絶体絶命となった時、チャーリーは最後の逆転の大技を振るうことになるのである。それにより、ローマからの英国スパイ名簿漏洩事件と、今回の大使官邸での宝石盗難事件の真犯人と、その背後にあるソ連情報部カレーニンの意図が判明し、チャーリーは自らの潔白を明らかにするのである。但し、ウィーロビーには、チャーリーとクラリッサの関係が、クラリッサ自身の口から知らされることになるのではあるが・・。

 今回もまたチャーリー独特の自己保存の第六感がいたるところで発揮されることになる。彼を利用しようとする様々な勢力の裏をかき、誰も信用せず、自らの保身に全力を掲げるチャーリーの姿がここでも巧みな構成と共に示される。正直、最初に読んだ時は、ローマからの英国スパイ名簿漏洩事件と、今回の大使官邸での宝石盗難事件の関連が理解できなかったのであるが、改めて展開を追って見ると、著者の巧みな伏線が張られていることが分かった。そうした構想と展開はさすがである。

 ただ、最終盤、ローマからの英国スパイ名簿漏洩事件と、今回の大使官邸での宝石盗難事件の真犯人が判明する過程は、大きなどんでん返しで、予想を覆す展開であったが、真犯人がそれを白状する過程は余りにもあっさりとしており、もう少し激しい応酬があってもおかしくないと感じたのである。著者のシリーズの次作までは、今回は少し時間を空けようと考えているが、それでも次作への期待が弱まることはない。

読了:2024年9月29日