英雄(上/下)
著者:B.フリーマントル
チャーリー・マフィン・シリーズを読み進める中、図書館で同じ作者の別シリーズ物を見つけ読み始めたが、これがまた面白い。しかし、読み始めるとすぐに、この「ダニーロフ&カウリー・シリーズ」には前作があることに気がついた。本来はそれから読むべきなのだろうが、そちらはすぐ手に入るかどうかは分からないこともあり、まずこちらを読み進めることになった。二人の主人公ダニーロフはロシアの警察官、カウリーは米国の警察官で、前作の「猟鬼」が、モスクワで起こった米国人殺害事件についての米露共同捜査で、この二人が活躍する話であるようだが、この第二作は、米国ワシントンDCで起こったロシア人とスイス人の殺人についての同様の米露共同捜査で、またこの二人がコンビを組むことになる。
ワシントン駐在のロシア大使館員(セロフ)とスイスの投資会社社長(ポーラック)の二人が、同じような射殺体で発見され、FBIが捜査を担当することになるが、そこで、ロシアとの共同捜査の経験があるカウリーが担当官として指名されている。同様に、ロシア側では、この前の事件でカウリーとコンビを組んだダニーロフが指名されているが、彼はモスクワ民警の本部長への昇格を期待していたが、組織内の暗闘もあり、本部長には別のメトキンという彼のライバルが就任している。ダニーロフは、妻のオリガとの折り合いが悪く、親友である地区署長で羽振りの良いコソフの妻ラリサと浮気をしている。そしてモスクワにいるロシア・マフィアの関係者が、この殺人を、ある計画のために実行したことが示唆されている。こうして昇進の期待が外れ落胆しているダニーロフと、前の事件以来久々に再会したカウリーの二人による、まずは米国内、続いてロシア内での共同捜査が始まることになるが、特にダニーロフに対してはメトキンを始め。彼に敵対する勢力による数々の妨害が入ることになる。この上巻では、ダニーロフが、モスクワで発生した別のマフィア関係者の射殺事件も含め、カウリーと共にそうした妨害を跳ね返し、捜査を進めていく様子が描かれることになる。
まずは、両者の夫々の国での別々の捜査から始めるが、カウリーは、殺されたロシア大使館員の捜査でロシア大使館の妨害を受けるが、それを跳ね返している。またモスクワでは、連邦検事総長、内務省、外務省副大臣等がダニーロフの捜査に介入し、彼に多くの指示を行うと共に報告を求めている。そしてダニーロフは殺されたロシア大使館人のモスクワにいる妻ライサのヒアリングを行うが、彼女から激しい反発を受けている。後任の本部長にダニーロフを推したが果たせず引退した前本部長の自殺。そしてダニーロフは、共同捜査の開始のため米国に入り、カウリーと再会するが、他方訪れたロシア大使館では関係者の冷たい視線を受け、その後大使館員たちは彼の行動を子細に監視し、介入するのである。
殺されたロシア大使館員の日記の暗号解読で、やはり殺されたスイス投資家との関係が浮かび上がるが、確証はなかなか得られない。その頃ダニーロフ不在のモスクワでは、コソフがオリガを誘い、豪華な夕食を楽しんでいる。これはマフィアの手先となっているコソフによる、ダニーロフに対する工作の一環であることが次第に明らかになっていく。そして米国での捜査を終えたダニーロフとカウリーは、一緒にモスクワに移動することになる。
モスクワでは早速二人にメトキンが付きまとうが、ダニーロフはそれを適当に受け流している。またモスクワでのダニーロフの事務室には女秘書が配置されているが、ダニーロフは直ぐにその女が、メトキンが送り込んだスパイであることに気がつき、カウリーを含め、それを念頭に置いた対応を行うことになる。そして二人はダニーロフの信頼する有能な部下パヴィンと共に、モスクワでのマフィア殺しを含めた捜査を進めていくが、マフィア側も殺し屋アンチポフに、場合によってはダニーロフとカウリーを始末するよう指示している。
モスクワでのマフィア殺しの現場から見つかった凶器である銃の指紋がアンチポフのそれと一致したことから、彼を逮捕。ダニーロフらはアンチポフを尋問するが、アンチポフは傲慢な態度を崩さず、新たな証拠は見つからないままである。そうした中、ダニーロフとカウリーは、コソフに誘われ、オリガ、ライザを交えた夕食を取ることになる。そしてダニーロフは、連邦検事総長、内務省、外務省副大臣らから捜査の遅れについての圧力を受け、同時にそれを示す書類を提示されるが、そこに偽造書類が含まれていることに気がつき反攻を開始する。そして、証拠品である銃も消え失せたことから、アンチポフは、それを知っていた、そしてそれはダニーロフを陥れる陰謀であったのではないかとの疑念も浮かびあがり、それを仕組んだと思われるメトキンと対峙するのである。マフィア側は、メトキンが期待された動きが出来ていないことを感じている中で、この上巻が終わるのである。
そして下巻。ダニーロフへの指導部からの圧力、マフィア側での対応等が語られる中、まず大きく動くのはカウリーによるレーナという娼婦との一夜と、その後彼に届けられるその行為を撮影した写真。カウリーは、典型的なハニー・トラップにはまるのである。その後カウリーは、その恐喝に怯えながらも覚悟を決め、ダニーロフにそれを打ち明け、彼らはそれを前提に動くことになる。コソフからは、相変わらずダニーロフの動きへの牽制が投げられているが、ダニーロフは無視すると共に、コソフの車にアメリカ製の精巧な盗聴装置を取り付け、彼が車からマフィア勢力とコンタクトする情報を集め始めている。そして別に、米国で殺された二人のパスポートなどから判明した過去のスイスやパリでの滞在から、スイスでの信託口座(アンシュタルト)への、殺されたロシア大使館員のモスクワにいる妻ライサやその親族の関与が浮かび上がってきている。またモスクワ・マフィアとシチリア島のコーザ・ノストラの連携会議が行われるとの情報も入り、ダニーロフとカウリーは、イタリアでのマフィアの動きを捜査するため、ワシントン経由ローマに飛ぶことになる。
イタリアでは、マフィア取締りの指導者であるメレガ大佐の指揮のもとに、シチリアでのヘリコプター部隊まで投入する大規模な作戦が展開される。激しい銃撃戦でダニーロフは傷を負うが何とか生き残り、そこで逮捕されたロシア・マフィアの男の尋問から、モスクワ・マフィアの二つのグループ(チェチェンとオスタンキノ)がスイス口座にある数千万ドルの資金に関心を持ち、争っていること、そしてその資金は1991年のロシアでの政権転換の際に、共産党が失敗したクーデター資金として保有したもので、それを管理していたのが殺されたスイス人投資家のポーラックであったことが浮かび上がる。同じ頃、モスクワでは、カウリーをハニー・トラップに嵌めたレーナという高級娼婦がアンチポフに殺され、またコソフは、チェチェン・マフィアから、ダニーロフの動きを抑えられていないことを非難され、オリガを誘い出しダニーロフのイタリアでの行動の情報を得ようとしているが何も引出せない。いやいや共産党政権転覆とそれに対するクーデターが話に絡んでくるとは。どう展開させるのか、益々話は面白くなる。
カウリーは、レーナが殺されたという情報を聞き、益々自責の念に駆られ、ダニーロフに脅されている写真について打ち明けているが、ダニーロフはそれを受入れ、二人は共産党秘密資金の調査のためジュネーブに移動することになる。そこで、その信託口座を巡り、名義の変更等が議論されていること、そしてそれを管理していたのが、ワシントンで殺されたロシア外交官の妻ライサであったことが判明する。その口座をどうやって国に取り戻すかが、当地の弁護士などを含めて議論されるが、それは麻薬取引に関わることが証明されれば可能との結論を出している。
モスクワへの帰国。政権幹部たちへの報告では、彼らの思惑がダニーロフ自身のそれとずれていることを感じている。盗聴器で分かっている留守中にコソフと会っていたオルガとの再会と、彼女に離婚を言い出さねばならないことへの戸惑い、ラリサとの離婚後の新居の視察等。そして呼び出されたコソフには、イタリアやスイスでの捜査について曖昧な話をした上で、ライサへの事情聴取を行う。ダニーロフらが捜査に訪れた家には、彼女の愛人である外交官も同棲していた。そして彼らの告白から、スイスの信託口座は、共産党シンパであったライサの父親が設定し、彼の死後ライサが引継いでいたこと、そしてそれに気がついたマフィアに脅されていたこと等が明らかになる。米国で殺された夫とスイス人は、その口座を巡るマフィアとの争いの帰結であったのだ。ダニーロフらは、ライサと愛人をマフィアから守る目的で保護拘置することになる。
これらの事実を掴んだダニーロフは、コソフの懇請に応じて、彼とチェチェン・マフィアの本部に乗り込む。そこではカウリーの情事の写真が出されるが、ダニーロフはそれを無視して、イタリアやスイスでの捜査の帰結として、スイスの口座は既に自分が握っていることを告げる。怯えるコソフと、それが事実であることを悟ったマフィアをしり目に、彼は、証拠品の銃がなくなったことから一旦釈放されていた殺し屋アンチポフの再逮捕に踏み切る。今回は、米国の科学捜査により、アンチノフを有罪に持ち込めるだけの証拠を揃えている。更に、改めてジュネーブでの信託口座の調査から、マフィアに夫やスイス投資家を殺すように仕向けたのがライサたちであったことも判明し、彼女を問い詰めている。ライサは、それは口座がマフィアに渡らないことと、それを開いたKGB高官であった父親を守るためだったと告白している。そしてアンチノフの殺人容疑を固めることで、米露政府間の合意も取り付けている。ロシア政府の高官も、スイスの口座が政府に戻されることで、コソフを含めた政府関係者の処分は最小限とすることで、メディアも抑えられると結論付けている。コソフの懇請で再びチェチェン・マフィアの首領を訪れたダニーロフは、カウリーの写真のネガ返却と彼ら二人への資金援助と引き換えに、信託口座を譲る取引を持ち掛けるが、それは全くの嘘であった。そして改めてスイスに飛び、口座をロシア政府に返還する法律行為を確定させた上で、再びマフィアを訪れ、賄賂を拒絶すると共に、彼らを逮捕する証拠は十分にあるが、カウリーの写真を公開しなければ、敢えて逮捕には踏み切らないと告げるのである。マフィアは敗北を悟ることになる。
こうして米露の共同捜査は終了し、ダニーロフはFBIから勲章を受章すると共に、カウリーたちの送別会が盛大に開催される。しかし、ダニーロフにはまだやることが残っていた。コソフとオリガに、彼とライザの結婚を告げるという仕事である。全ての捜査が終わったところで、いよいよそれを実行しようと考えていたところに、コソフの車に仕掛けた盗聴器で大きな爆発音があり、機会からの情報が途絶えたという。それはチェチェン・マフィアがコソフの車に仕掛けた爆弾で、コソフのみならず、ライザも巻き添えとなるのである。そして最後は、チェチェン・マフィアと対立する別のマフィアであるオスタンキノに、組織の壊滅情報を握っていることを告げたことから、マフィア同士の戦闘が始まり、チェチェン・マフィアの首領二人も命を落とすことになる。ライザを失ったダニーロフが失意に沈む中、何も知らないオリガだけが明るく振る舞っている。彼女の不満は、ダニーロフに期待された本部長への昇格が、彼を現場に残すという首脳部の判断で実現しなかったことだけであった。
いったいこの作家の頭に中はどうなっているのだろう。米露に跨る殺人事件から、スイスやイタリアに及ぶマフィアの連携や抗争、そしてそれが1991年のソ連崩壊時の共産党によるスイスでの秘密資金を巡るものであったという壮大なスケールは、著者のチャーリー・マフィン・シリーズ以上の奥深いものになっている。正直、こうした全てのトリック、特にスイスの信託口座についての法的な議論等を、私自身が十分理解できたかと言うと、全く自信がない。米露の政府関係者の外国面での思惑の交錯等も巧みに描かれており、そうした入り組んだ構想が、細部についても綿密に描かれることになる。後半、殺し屋アンチノフを自白に追い込む(当時としての)最新の科学捜査も詳細で説得力があり、最後は一気に読み進めることになった。最後のどんでん返しも見事である。そんなことで、このダニーロフとカウリーが活躍する前作「猟鬼」は是非読まねばならないと考えている。
読了:7月17日(上)/ 7月26日(下)