アジア・ドイツ読書日誌と
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アジア読書日記
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東アジアの論理
著者:岡本 隆司 
 沼津滞在時に、ホテルの部屋で読了した。1965年生まれのアジア近代史研究者が、2017年から2020年頃まで連載した中国や韓国を中心としたコラム(但し、元々掲載された媒体が何であるかは明示されていない)を、テーマ毎にまとめた新書である。この著者の名前は全く聞いたことがなかったが、清朝から辛亥革命時期を中心にした研究書があるようである。ただここに集められている小文は、やや傍観者的な姿勢から、この時期に発生した中国や南北朝鮮を中心とした政治・経済・社会現象とそれに対する日本や米国を始めとする国際社会の対応を、見方によっては皮肉っぽいが、歯切れの悪い口調で綴っている。そんなことから、まじめに集中して読む気にはならず、それこそ気分転換の旅行中の気晴らし程度が手頃、といった新書であった。

 唯一、中国・韓国現代史研究者として一貫しているのは、中国・韓国の「中華」思想による日本への見方と、それに対し「西欧的」対応を取る日本のズレが日中・日韓関係の歪みをもたらしている、という主張である。中国では、多くの王朝の変転がありながらも、儒教的発想に基づく「世界の中心」としての「中華意識」が伝統であり、それが昨今の政治・経済力の回復で、ますます強く出るようになっている、というのは一般的な見方であるが、その意識は韓国も共有し、それが地域の「より周辺」に位置する日本に対する「優越的」意識となっている、というのは、あまり聞かない、やや牽強付会な議論と言えなくもない。著者に言わせると、慰安婦や徴用工問題で、既に解決済みという両国間の「合意」を反故にしても何ら臆することのない姿勢はその表れであるという。従って、それに対し、「国際合意違反」と感情的に反発しても、何ら解決にならないと言う。しかし、日本が「国際合意違反」と主張することが「感情的な批判」とは思えないし、韓国の反応の基礎にそうした「中華意識」があると認識しても、それは解決にならない。結局著者はそれ以上の解決を提示していない、という不満が残ることになる。あるいは、2017年、トランプが大統領就任直後に行った台湾や香港についての「一つの中国」無視発言は、「中国の歴史に疎いアメリカ」を示している、というが、中国の「中華意識」を認識することと、そうした発言を行うことは別の問題である。トランプ発言を擁護するつもりはないが、トランプの政治判断は、歴史認識とは別の次元で評価されるべきものである。その後の香港民主派への締付けや台湾海峡での中国の動きは、歴史認識とは異なる政治判断が求められることを如実に示している。

 その他、歴史家としての著者の面白い指摘は、習近平の「反腐敗」キャンペーンにつき、清朝第五代皇帝が打ち出した「養廉銀」という腐敗防止のための手厚い勤務地手当の支給と比較し、この「周到な改革でも、効果は永続しなかった。いわんや(習近平の)制度改革をともなわぬただの反腐敗では、権力闘争に堕しかねない」というもの。もちろんこれはもともと単なる権力闘争である。その点では、この本では触れられていないが、習近平により現在進められている「共同富裕」キャンペーンの方が、もちろん習の延命が動機であるとは言え、より根本的な改革運動と言える。これがどこまで本格的に進むかは、それこそ著者的に言えば「注目」される。

 著者の「傍観者的考察」を見ているだけでも、ここ数年の中韓と日本との関係は大きく変転しており、またこれから数年も予想を超える動きがある可能性は高いと思わざるを得ない。トランプによる「衝動的」なパフォーマンスが終わり、「地に足をつけた」民主党バイデンの地域政策が前面に出てきているが、この地域の地政学はもともとそれだけでは対応できない性格を有している。バイデン政権は、政治経済面での対中強硬姿勢を強めながらも、環境、資源問題に関しては中国を取り込むべく融和的動いている。その中で、中国は、この本でも触れられているように、対米感触を意識した対日融和策に出ると共に、香港や台湾問題に関しては依然強硬姿勢を弱めることはない。他方韓国は、来年3月の大統領選挙に向けて、著者の言うところの「総じて北朝鮮と思想的に一体」の(現政権)左派と、2016年の「ろうそく革命」で政権を失った右派の「党派抗争」がますます激しくなっている。その帰趨が、対日政策にも大きく影響することは間違いない。そして北朝鮮は、トランプによるパフォーマンスへの便乗から、再び孤立姿勢に回帰しており、その行動は予測不能である。現在流動的になっている次の日本の指導者には、そうした厳しい地政学的環境を乗り切る胆力が必要とされる、と言うと、この本での著者による小文のまとめ方と全く同じ「傍観者的」姿勢ということになるが・・。

読了:2021年9月9日