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シニアひとり旅 バックパッカーのすすめ アジア編
著者:下川 祐治 
 これまで何冊も読んできた同年代の「バックパッカー旅行専門家」による2017年7月出版のアジア旅行記である。60代を迎えた著者の、アジア・バックパッカー旅行の総まとめといった感のある一冊で、私自身の関係国訪問時を思い出しながら気楽に流し読みできる一冊である。

 中国、香港、台湾、韓国、タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーが取り上げられているが、夫々マニアックなテーマでの旅行記になっている。中国と韓国は、私が最も経験のない、あるいは少ない地域であるが、前者については石井731部隊跡や南京大虐殺記念館という、大戦時の痕跡巡りという重たいテーマを除けば、中国茶や寝台列車での旅といった話題、後者では、都市部を除くと言葉も通じず、文字も読めない地域での食や酒場の苦労といった本音話が微笑ましい。香港、台湾も、私は長らくご無沙汰している地域であるが、前者については、一人で入れる店の少ない食についての昔話が中心であるが、その後の民主化運動弾圧で、この街の現在の姿は大きく変わったのだろうと思わざるを得ない。後者は、監獄島という、戦後の戒厳令による本省人弾圧の痕跡を除くと、やはり食や酒を中心にした軽い話題が大半である。

 こうして以降は、東南アジアに移る。まずはタイ。かつてはバックパッカーたちのメッカであったバンコク・カオサンの変貌により、彼らは郊外を目指すことになったことが語られる。著者は、「タイの鉄道路線を全て乗り潰す」という旅を続けていたということなので、そのバックパッカー振りは堂に入ったものである。そしてタイが接しているマレーシア、ミャンマー、ラオス、カンボジアという4か国の国境を越える様子が報告されているが、私が体験したのは、このうち北部のミャンマー国境、しかもヴィザなしでの短時間のミャンマー滞在だけである。南の国境を船で越える、というのは、とても私ではできない経験である(もちろん2001年の軍事クーデター後はこれも困難になっているのだろう)。但し著者もこれを試みて、バスの事故で肋骨を3本折ったということなので、著者にとっても相当難儀なものであったことが伺われる。ラオスやカンボジア国境は、それに比べれば簡単であろうが、私は経験することはできていない。タイの最後では、丁度この著作出版の直前2016年10月の、ブミボン国王の逝去に触れられている。あれからもう6年が経ってしまったのかというのが個人的な感慨である。

 ベトナムについては、胃にさやしかったベトナム料理が、経済発展と共に脂っこくなっている、あるいはベトアム春巻きは、かつては注文しなくても自動的に出てくる前菜であったが、それがいつの間にか一つのメニューになったといった食の話と、「フランシーヌの場合」等の反戦ソングをネタにしたベトナム戦争の追想が中心である。後者への「少し遅れてきた世代」という感覚は、同世代の私のそれと略重なるが、かつてベトナム戦争に反対した世代が、実際にベトナムに行ったことがなかったという点(著者は1972年に初めてベトナムに入ったという)と、それ故にこの内戦の実態を本当に理解していたのか、という指摘も何となく理解できる。

 カンボジア。かつてタイに集結していたバックパッカーたちが、タイの経済発展でそこに滞在することに疲れ、あるいは違和感を持ち向かっていくのがカンボジア、という指摘がされるが、これはかつて私の友人が本にした「タイで身ぐるみ剝がされた訳あり中年が落ちていく先がカンボジア」という話と重なる。

 ラオス。私が経験したのは、仕事でのビエンチャンと観光でのルアンパバーンであるが、著者はベトナム国境を越えた街ムアンクアについて語っている。ルアンプラバーンを含め、貧しいけれども静かで誠実な雰囲気は、バンコクなどでは失われてしまったものである、というのは私も同感である。

 そして最後はミャンマー。ヤンゴンの気楽な「飲み屋」と、軍政が終わり「開かれた」国境、特に中国への越境の話。それは果たせなかったようであるが、昨年のクーデターで、著者の計画は当面お預けになっていることは言うまでもない。

 ということで、著者のバックパッカー旅行者としての長年の経験を総括したアジア旅行記になっていて、簡単に流し読める著作である。恐らくその後新型コロナ感染拡大による各国の事実上の国境閉鎖で、著者も動けない日々が続いたのではないかと想像されるが、それが、中国は兎も角、東南アジア諸国では緩和された現在、再び著者は動き出しているのであろう。次の著作は、コロナで欲求不満がたまっていた日々と、それから解放された喜びに満ちたものになるのではないかと予想している。そんな彼も、私と同様、最早70歳に近くなっているのではあるが・・。

読了:2020年12月12日