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アジア読書日記
インドネシア
新興大国インドネシアの宗教市場と政治
著者:見市 建 
 モスレムの断食明けが、シンガポールでも「Hari Raya Puasa」と呼ばれる祭日で、3連休の週末となることから、日本から来た家族と共に、インドネシアはヨグヤカルタで過ごすことになった。ボロブドゥール、プランバナンという二つの世界遺産を訪れることがその旅行の主目的ではあったが、その旅行中に読み進め、ヨグヤカルタ空港で帰りのフライトを待っている間に読了したのが、この作品である。出版が昨年(2014年)12月ということで、現時点では、インドネシアに関する最も新しいまとまった著作である。著者は1973年生まれの東南アジア、インドネシア政治の研究者。インドネシアへの多くの取材は当然であるが、ある時期はJICA関係でシンガポールに駐在し、そこから取材を行っていたとのことである。

 主題は、インドネシアの政治過程における宗教の役割を、「政権獲得のための宗教市場の利用」という視点で捉え、その中から現代インドネシアにおけるモスレムの社会意識の変化を浮き出たせようとする試みである。特に1998年の民主化以降は、宗教市場も「自由化」したことから、イスラームの中でも様々な宗派が、様々な手法を使い影響力の拡大を目指すが、そこでは、政権や政治家が、宗教勢力を制御するのみならず、それを積極的に利用していこうという動きも顕著になっている。そしてそれが、ASEAN最大の人口を持つ、この国の政治・経済・社会に大きな影響を及ぼしていくことになる。

 まずは、2004年に大統領に就任したユドヨノと、2014年に彼の後任となったジョコ・ウィドド(ジョコウィ)という、インドネシアの民主化の象徴とみなされる二人の大統領につき、簡単に紹介される。ユドヨノは、元軍人であるが、2004年に「国民の直接選挙によって選ばれた最初の大統領」であり、民主化以降初めて二期10年を務めることになる。そして2009年の選挙では彼の与党民主主義者党は「宗教的ナショナリスト」を掲げ、それまでのイスラーム系政党の基盤にも食い込み再選されるが、政権末期は、「自ら政権の看板とした汚職撲滅委員会(KPK)によって与党のスキャンダルが次々に明らかにされ」レームダック化することになる。

 そこで登場したのが、庶民の出身で2005年までは家具輸出業を経営していたジョコウィである。地元ソロ市長として、「庶民の声に直接耳を傾ける」指導者として人気を博し、2012年、ジャカルタ市長として一躍人気者になり、2014年の選挙で、故スハルト首相の娘婿プラボウォを僅差で破り大統領に登り詰める。しかし、この2014年の選挙では、「最も世俗的(非宗教的)なイメージが強い闘争民主党の候補者」で、それまでの市長選でもキリスト教徒の副市長、副知事とペアで行動してきたジャコウィに対し、プラボウォ側はイスラーム勢力を動員し、ジャコウィを攻撃。それに対し、ジャコウィ側も「ムスリム」としての側面を強調し『失点』を防ぐと共に、穏健で多宗教にも寛容な多元主義者としてのポジティブなイメージを売り込む」ことになった。こうして、民主化以降の二人の大統領は、既存の指導者と異なる「清廉潔白さと実行力」に「ナショナリストとしての信頼と宗教性」を加えた人柄で最終的に大統領の座を勝ち取ることになる。ここに、世界最大のモスレム人口を抱えながらも、国教としてモスレムを掲げることのない世俗国家インドネシアにおける政治と宗教の微妙な関係が象徴される。またこの二人の新しいタイプの政治家の登場によって、「民主化以降も少数の政財界のエリートのエリート支配が続いている」とされるこの国の権力構造が変わっているかどうかが、もう一つの大きな論点となる。著者がこの本で探っているのは、この国におけるこうした政治と宗教の関係と既存の支配構造に何が起こっているかを、宗教の「市場」=「人々が何を基準にどのような政治的宗教的『商品』を選択しているのか」という分析を通じて明らかにしようとするのである。特に、1998年の民主化により、「自由な政治市場」が形成され、そこでは各種のコンサルによる「政治マーケッティング」が一般化したという。宗教も、「グローバル経済の浸透と中間層の台頭による消費行動とそれに伴う宗教的行動の変化」の中で、「市場にて消費される商品」としての位置がより強くなっているとされるのである。そして一方では「イスラームの規範が社会の隅々に浸透し、より敬虔あるいは保守的な人々が増えているように見える」のに対し、「全国的なレベルでは、既存の宗教組織や指導者の政治的動員に限界が見られ、こうした組織や指導者に頼るイスラーム諸政党が停滞している」という。このような、全体的な「世俗スペースの狭隘化」と「イスラーム政治勢力の停滞」は何も物語っているのか?

 この相反するように見える現象を読み解く鍵として著者が提示しているのは、「標準化」と「商品化」という二つ。「標準化」は、イスラームやインドネシアということに限らず、もともと土着信仰の影響を受けている地域宗教の中で、より正統と見做される宗派の思想への統合が進む現象で、インドネシアのイスラームの場合は、「スンナ派」伝統への回帰を促す「サラフィー主義」(アラブ社会主義やイラン革命に対抗するサウジアラビア主導の潮流)の影響拡大として表れているとされる。更にこの国では、それに「ナショナリズム」という第二の「標準化」が加わる。これは「スンナ派の基本原則から外れうる地域的習慣を排除する一方で、アラブとは違う、インドネシアの事情にあったイスラームの在り方が積極的に肯定されている」ということ。これは、2014年、イスラーム国が台頭した際、インドネシアでは、政府がこれを支援しようという運動を禁止したのみならず、既往の宗教勢力(「伝統主義」的NUや「近代主義」的ムハマディア)もこの政府の動きに協力したことにも表れている。

 もう一つの鍵は「商品化」である。これは「『逸脱』や『異端』の心配が少ないものは、時に無節操といえるほど『商品化』される」という現象である。イスラーム金融やハラール食品は、その一例であるが、ここでは「政治市場でのイメージ形成に関わりが深い、メディアにおける『商品化』」である。テレビでの「宗教ショウ」や「イスラーム学校が舞台となった恋愛ドラマ」、あるいは「JKT48による断食明けイベント」など、「メディア市場における『世俗』と『宗教』の境界線は揺らぎ、極めて曖昧になっている」という。2014年の選挙は、まさにこうした要素をフルに利用した「政治的マーケッティングの対決」であったという。

 この現象を著者はまず政治領域での、宗教政党と既存の宗教勢力との関係の中で見ていくが、ここでの特徴は、「(社会の)イスラーム化の進行によって世俗の領域が狭まった結果、おおよそすべての政党がイスラームを強調することになった」ことで、イスラーム諸政党の特徴が失われてしまった」点である。これは、ドイツで環境を主張する緑の党が80-90年代に台頭したが、21世紀に入り環境意識が他政党に共有されると、その差別性を失い退潮してしまったのと同じ現象であると言える。著者は、インドネシアにおけるこうしたイスラームの浸透を、依然権威主義的政治支配が行われているマレーシアにおけるイスラームの取扱いと比較して論じている。ただこれは、マレーシアが、特にマハティール時代に国家主導で急速なイスラーム化が行われたのに対して、インドネシアでは、スハルト時代にイスラームが反政府勢力と見做され抑圧的に対応される中、社会のイスラーム化が徐々に進行し、それが1998年の民主化以降顕在化した、という程度の違いである。そして著者がインドネシアのモスレムに行ったアンケートによると、「一日五回の礼拝やラマダン月の断食を行っている人々」の比率は高まる傾向にあり、特に、高齢者のみならず、女性や高学歴者でもその傾向が見られるという。他方で彼らの政党支持は分散化しており、これが2009年の選挙ではユドヨノ個人の「敬虔さ」で、彼の民主主義者党支持になったり、また2014年の選挙ではジャコウィの個人人気から闘争民主党(党首メガワティは宗教には無頓着とされる)支持になったりと、選挙結果が振れる要因になっている。

 こうしてイスラーム勢力の政党との関係が多様化する中、社会のイスラーム化の進展を象徴するのが「イスラーム出版市場の拡大と変化」であるとする。もともとインドネシアでは、1977年―78年のスハルト政権による学生運動の弾圧後、大学キャンパスを中心にイスラーム宣教運動が裾野を広げていった。当時は、キャンパスにはモスクもなく、授業にあたっては礼拝などの宗教儀礼への配慮はなく、また学生証へのベールの着用も認められていなかったという。これは現在からみるとやや奇異な感じもするが、スハルト政権の権威主義は、華人の弾圧のみならず、イスラームも危険勢力と見做していたということであろう。こうして信教の自由を求める運動は、バンドゥン工科大学を中心に組織化され、そこからイスラームの思想書を出版する動きも本格化する。著者は、インドネシアでの多数派であるスンナ派の出版のみならず、圧倒的な少数派であるシーア派の著作も、イラン革命以降良く読まれるようになったという現象や、最近(2014年総選挙)ではそのシーア派の著作家が、大学の多い都市部(バンドゥン)から国会議員に当選した事例を引用し、「インドネシアの宗教的多様性が維持されている」としている。更に、最近の「カリフ制国家」の樹立を宣言したISISに対する姿勢も、多様なこの国のモスレム運動を示したとして、かつてバリ島やジャカルタで爆弾テロを起こした武闘派の中でも、「カリフ制国家」そのものは認めるがISISは支持しない勢力もあることを指摘している。そして民主化以降「欧米を含めても、世界でも異例な出版の自由がある」インドネシアでは、「急進的なイスラーム主義者によって執筆・制作された書籍や映像が流通し」「ビジネスとして成立している」が、またそれが「武装闘争派内部の路線対立も表面化させることになった」と指摘している。そしてそれはインターネットの世界も同様であり、それが「宗教教義における『標準化』と同様に、よりイスラーム的な政治課題が受け入れやすい状況を作り出している」と総括されることになる。見方によっては、宗教的寛容は広く受け入れられているが、それが過激思想も許容するという、やや限界的な状況になっているとも言え、今後この国の安定性を見ていく上で注意しなければならない点だろう。

 続いて、著者はイスラーム政党の主流派である福祉正義党が、民主化以降支持基盤を拡大したが、ユドヨノ時代に至り、限界に突き当てっているとして、その要因を分析しているが、それは既に「世俗政党のイスラーム化」として説明されているので、次の大衆映画を通じて「宗教」と「世俗」市場が融合しているという指摘を見ておこう。

 それは「映画やテレビドラマなど従来からあるエンターテイメントやメディア・コンテンツのイスラーム化」と「元々宗教行為である説教や賛美歌、宗教イベントなどが、メディア・コンテンツとして商品化されるケース」の両面で表れているという。前者は「イスラーム恋愛ドラマ」やイスラーム学校を舞台とした映画の大ヒットであり、後者は「セレブ説教師」のテレビでの人気(タレント化)や「ズィクル」と呼ばれるある種の祈祷儀式の大衆化版の広がりなどに示される。特に後者は、ある種の呪術的要素を持ちながらも「穏健」な儀式であることから、急進派などのリクルートに脆弱な都市部の下層の若者たちに居場所を与え、暴力から遠ざける効果を持つとして、政権側からの暗黙の支持を得ているという。更に政治家―例えばユドヨノーが人気取りのため、こうした儀式に頻繁に参加し、自らの宗教的「敬虔さ」をアピールしているという。

 そして最終章は、こうした中での新しい庶民宰相ジョコウィの登場と、それがインドネシアのエスタブリッシュメント支配の構造を変えるかどうかについて議論される。

 彼の略歴は既に冒頭で簡単に述べられているが、彼が台頭した理由は、ひとえにソロとジャカルタという2つの都市で示された、庶民と同じ目線から繰り出される政策とその実行力にあったとされる。「これまでの政治家にない、柔軟な発想とオープンかつ低姿勢な人柄」も人々の共感を誘うことになる。そしてソロ市長時代は、交通の障害となっている露天商の移転、行政サービスの向上、貧困層への無料医療サービス、義務教育無料制度などを実現。また彼が地域的に無縁であったジャカルタ市長選でも、庶民的キャンペーンで現職を破り、市長となった後も、ソロで成功した露天商立ち退きや貧困層の医療無料化、行政サービスの効率化に加え、MRT建設の始動や鉄道駅の環境改善などを手掛け、評価を高めることになる。そして2014年の大統領選挙では、既存エリートの象徴と見られたプラボウォを僅差で破り勝利することになるのである。

 ここで面白いのは、ジョコウィは、彼を擁立した闘争民主党の党員でもなかったにも拘わらず、世論の人気を受けて、党首であるメガワティも、彼の擁立に反対できなかったという点。ユドヨノを擁立した民主主義者党が、彼のために結成されたように、闘争民主党も「落下傘」であるジョコウィの人気に乗るという決定をした訳で、これはこの国の政党が、政策論ではなく、候補者個人人気に依存して揺れ動いていることを物語っている。実際、2014年の選挙では、ジョコウィと対立候補であるプラボウォの間では政策的な争点は少なく、多くの政党内で支持が分裂することになったが、結局選挙民は、エリートで権威主義者のプラボウォではなく、庶民派で「インドネシアン・ドリーム」を売り込んだジョコウィを選択することになった。「最後には、流動的な政治と宗教の市場―とくに中間層の浮動票―がジョコウィを選んだ」のである。しかし、オバマの例もあるとおり、大衆人気で指導者となった後も、抵抗勢力を抑えて改革を実行していくのは簡単ではない。ジョコウィの与党は、メガワティなどのスカルノ一族と退役軍人が支配する古い体質の党であり、また国会でも少数与党である。今までソロやジャカルタで実行してきた地域政策が、全国規模で問われることになるのは、グジャラート州で成功し、インド首相の座を勝ち取ったモディにも共通する。しかし著者は、ここではこのあたりまえの展望を提示するだけで、冒頭に掲げられた「民主化以降も少数の政財界のエリートのエリート支配が続いている」とされるこの国の権力構造が変わっているかどうかについては、それ以上突っ込むことはできていない。そして、この本全体の総括として「格差は大きいが『地続き』の中間層が拡大し、『世俗』と『イスラーム』の境界が揺らいでいる。こうした特徴を持つ市場において、ナショナルな文脈で『標準化』されたイスラーム商品が流通している」というのがインドネシアの政治と宗教の関係であり、またそれが、「選挙が政治的対立を収拾できずクーデターに至ったタイやエジプト」と異なり、この国の民主主義が曲がりなりにも維持されている要因であるとしている。

 今回、この本を読みながら、ヨグヤカルタの町で能天気な物見遊山をしていた訳だが、そこで二つ「あれっ」という事態に直面した。一つは、マリオボロ通りという中心街のスーパーマーケットなどで、ビールなどのアルコール類を探したが全く販売されておらず、一般の町のレストランでもアルコールは提供されていないということ。6年前にこの町を訪れた時は、それでも一般の夕食レストランでビールを飲みながら食事をした記憶があるが、ガイドによると、6カ月前に町の条例で、アルコールの販売が一段と制限されたということであり、今回はホテル内で高い価格のアルコールを飲むしか方法がなかった。もう一つの驚きは、ホテルでの両替が「2日前から」禁止されたにも拘わらず、街中に両替屋が少なく、残り少なくなったルピーの調達に奔走することになった。後者は宗教的要因とは考えにくいが、前者は、明らかにこの本で指摘されている「社会のイスラーム化」の具体的な表れなのではないかと感じたのである。他方、3日間で二人ついた地元のガイドについては、初日の主婦である女性は敬虔なモスレムで、各種宗教儀式を欠かさないタイプであったのに対し、もうひとりの男性はカトリックで、当然ラマダンを始めとするイスラームの習慣には無頓着であり、この国の宗教的多様性を示していた。もともとジョコウィの出身地であるソロは、このユグジャカルタの近郊に位置し、彼はこの町で一番のガジャマダ大学(Gadjah Mada University)の卒業生であるが、彼自身は既に述べたように宗教とは無縁の世俗的な出自の人間である。しかし、政治家に転身した後は、この本で書かれているとおり、彼の無宗教性がライバルからのネガティブキャンペーンの素材となったことから、殊更イスラームへの配慮を示さざるを得なかった。前述のとおり、スハルト時代に、イスラームが反政府的な運動の巣窟として危険視されていたことを考えると、民主化以降のこの国の宗教性の高まりは注目される。それだけ、宗教的な土着性、なかんずくイスラームのそれは民衆の中に深く根を張っていたということであろう。そしてメディアの発達により、自由化された宗教は新しい形で拡大していっているのである。一方で、自由化後一時頻発した武闘派のテロはユドヨノ時代に相当抑えられ、またインドネシアはISISへの主要な参加者の提供国の一つではあるが、国内ではそれに対するあからさまな支持は抑圧されているという。この国の中産階級の拡大が、宗教の「標準化」と「商品化」を促す中で、ジャコウィのような新しい指導者がこの国をどのような方向に引っ張っていくか。この国が人口面ではASEAN最大の国であることも勘案すると、それが今後のASEANの将来を考える上での重要な要素の一つであることは間違いない。因みに、今週初めにシンガポールを公式訪問していたジャコウィは、来る8月9日のシンガポール独立50周年記念式典にも出席するということである。

読了:2015年7月18日