アジア・ドイツ読書日誌と
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アジア読書日記
中国
暗流 米中日外交三国志
著者:秋田 浩之 
 当面、東京で私の参加できる最後となった読書会での課題である。前回の読書会で課題とした進藤榮一の「東アジア統合」論が、地域政治バランスにあまりに楽観的だとの評価を受け、中国を軸にした日本の政策を、もう一度見直しておこう、ということで取上げた作品である。著者は、日経新聞記者で、ワシントンと北京での駐在経験を持つ40代半ばの中堅記者である。

 本書の全体の論旨は、読書会用に作ったレジュメを最後に付けておくので、それを参照して頂くこととして、ここでは会での議論を総括しておこう。

 まず、私の印象であるが、この作品の書評で、東大の高原教授が指摘していたとおり、米国側について、中国警戒派と融和派双方につき行っている幅広い政府高官らへのヒアリングと比較して、中国関係者への取材が弱いのは確かである。米国では、対中国政策について、この二つの勢力の間での綱引きが常に行われており、その場合の鍵となるのがどのような勢力や人物であるのか、それなりにイメージが掴めるのに対し、中国サイドはそうした国内の勢力図が見えてこない。そしてその結果として、対米国のみならず、対日、対アジアでの中国の政治的意図が見えてこないのである。現在の胡錦涛政権による、対米、対日融和政策が、「時間稼ぎ」だとしても、その後の戦略は書けているのか、また、いくつかの路線の選択肢があり得るとすれば、その選択の契機となるのは何か、またそれに国内のどのような政治勢力がどのように関わってくるのか?結局、これはかつてのクレムリノロジーではないが、言論統制により、外に出てくる情報が限られている国家の国内政治バランスを、どのように分析するか、という、中国政治分析の根幹にある問題であるように思える。
 先に述べた進藤の中国脅威論批判もそうであったが、現在日本で出回っている中国本をいくつか手に取ってみると、中国に対する評価が両極端に割れているような気がしてならない。例えば、やや昔(2006年)の新書になるが、私が読んだ中では、読売新聞社編の「膨張中国」は、中国楽観論。他方、興絽一郎著の「中国激流」は、逆に現在の中国で発生している、地方官僚の汚職やそれに対する農民の反乱、あるいは現代の出稼ぎ労働者の「女工哀史」等をこれでもかこれでもかと書き、国内政治の危機が、容易に対外強硬路線をもたらすかのように論じている。どの現象に議論の焦点を当てるかで、当然、今後の外交路線についての議論も大きく変わってくる。こう考えると、中国の国内政治過程について、できる限り客観的に分析し、その上で今後の内外の政治路線の展望と、それを決定する諸要因を理解していくことが必要となる。

 こうした中短期的な中国の政治過程の予測とは別に、会で議論になったのは、「朝貢国家」としての中国の中長期的な性格である。「中国3000年の歴史の中で一貫しているのは、この国は常に朝貢される国家として振舞ってきた、ということである。現在は一時的に、そうした意識は表に出ていないが、今後経済力が拡大し、政治的影響力を行使できるようになれば、容易にその朝貢意識が顕在化することになるであろう。他国、特に日本のような近隣国は、それを意識した政策を考えねばならないだろう」というのが、ある参加者の議論である。
 確かに、広域的な大国である中国は、その国内的統一が確保されていれば、否が応でも「大国」となることから、周辺国家はそれこそ問答無用にこの大国に「朝貢」し、中国にもこうした意識が染み付くことになる。統一が危機に晒されると、周辺国には一時的に遠心力が働くが、それが新たな統一と共に復活するという繰り返しが続いているというのである。
 この議論は、丁度最盛期のローマ帝国やオスマントルコがそうであったように、一方では「朝貢国家」として認知されている限りは、この国は、他国へのあからさまな侵略は行うことはない、という楽観論にもなる。また例えば、常に緊張をはらんでいる台湾問題は、中国が主張しているように、第二次大戦後発生した新しい「国内問題」で、日本等に対する外交方針とは異なるということになる。
 しかし、冷戦期を経て、更にグローバル化した世界の中で、地域大国が持つ影響力は、最早当該地域に限定されたものではなくなっている。地域大国は、否応なくグローバル大国として地球規模での政治過程に巻き込まれるのであり、そこでは周辺国に対する「朝貢意識」の有無は、相対的な問題でしかない。むしろ問題は、最近の中国の資源外交のように、自国の利害のために、国際的な秩序に一瞥も払わず動き、その結果投機的な思惑を刺激することによって、グローバル規模で資源価格の高騰と、それに伴うインフレ圧力を惹起していることに見られるように、中国の動きがグローバル規模で負のインパクトをもたらしていることである。現在の「国際秩序」自体は、確かに欧米により作られた、それこそ彼らの利害関心に基づくものではあるが、それでも先進国の経済の安定を通じて、グローバルな政治・経済の安定に、一定の範囲で寄与することは間違いない。しかし、中国の現在の政策は、そうした先進国の安定よりも、自国の成長を確保することを優先している。そして、それが結果的に、例えば石油価格の高騰により、ブーメランのように自国に回帰し、国内のインフレ昂進や株式市場の不安定化といった自国経済の不安、ひいては自国の政治秩序の危機をもたらしてしまうとすれば、これは決して「欧米のための秩序」だけへの影響に留まらなくなってしまう。

 こうして見てくると、これも出席者の一人が指摘したように、この作品は、短期的な米中日3国の政策決定過程の表面をなぞったものに過ぎず、現在の中国で、いったい何が起こっており、また政治勢力のバランスはどうなっているのか、そしてそれがグローバル世界に対してどのような影響をもたらすかを、もう少し客観的に考える上では不十分ということになる。むしろ、現在の中国の内政の実態はどのようになっており、そこでの政策決定がどのように行われ、且つそれはどこを目指しているのか?またそうした政策が大きく転換する契機は見えるのか?まさに足元、チベット問題から四川大地震という激震に襲われ、またオリンピックも控え、中国自体が大きな転換期にある今、客観的にこの国の政治過程を見てみる必要があるのではないか、というのがこの会の結論となったのである。そうした要求を満たしてくれる作品が、この会の次の課題となるのではないだろうか?

読了:2008年5月6日

(参考:2008年5月30日読書会レジュメ)

はじめに
・2007年8月:小池百合子防衛相→ライス国務長官
 日米豪印による安全保障対話の構想に対し、ライスは「中国へのあやまったシグナルを送るリスク」と慎重。米国の対中姿勢に変化。イラク内戦、北朝鮮、テロ戦争の中で、中国との対立を抱え込みたくないという姿勢。
・米国歴代政権の対中姿勢の経験則
 当初は共産主義中国を警戒し、挑戦的スローガンを掲げる→やがて中国との対立の代償が高くつくことを悟り、折り合うことを学ぶ。
  (例)1971年7月のニクソン・ショック
     1998年 クリントン訪中(日本素通り)
 ⇒米日中の関係がこれからどこへ向かい、日本の行方にどのような近未来図が待ち構えているか?

プロローグ 米中、新冷戦か接近か。日本に迫る激震
・ブッシュ政権の対中政策:戦略的競争国(ライス)か、戦略的パートナー(クリントン政権)か?警戒論(国防総省)と協調論(国務省)、中間論の間での激しい駆け引きが持続
・現状は「協調派」にシフト:北朝鮮問題解決に向けての中国の支援期待→2007年10月、6カ国協議での、北朝鮮の三つの核施設の無力化をうたう合意文書発表へ。
・こうした米中関係の行方が、日本の針路を左右する大きな変数になる。

第一章 中国の覇権を許すなーペンタゴンのうごめき (米国・対中警戒派の動向)
・国防総省ネット・アセスメント室長A.マーシャル(35年にわたり、中長期的安全保障戦略を担当。85歳の現役)は、中国戦略に注力。中国の「不確実性」という脅威。
・マーシャルの弟子たちは、「軍事力を中心とする力関係」を重視するリアリストとして中国の台頭を警戒(2006年2月の「四年ごとの国防計画見直し」で中国を「潜在的な軍事競争国」と規定⇒「対中防波堤戦略」の推進。シンガポールの利用等)。
・在日米軍再編(約35300人)の意図は、日本の「対中不沈空母」化。契機は、ラムズフェルドの抱いた中国軍拡への懸念(台湾海峡の制海権と制空権、空母保有による海上進出)。
・日本の「核保有問題」:米国は、北朝鮮核問題の協議に際し、対中圧力に利用。但し、中国は「黙殺」。次は、「日本の核保有を米国は黙認」というサインか?しかし、日本の「核武装」論は、「米軍の日本からの撤退」論を惹起。
・対中政策の主戦場の変化:台湾海峡からアジア全域へ。軍拡・兵器拡張からエネルギー戦略も含めた議論へ。
・「弱すぎる中国」への懸念:内部のもろさ(失業、そしてチベットも?)が、中国の対外政策に及ぼす悪影響。

第二章 立ちはだかるキッシンジャーの「王国」 (米国・対中協調派の動向)
・対中協調派の重鎮としてのスコウクラフト(キッシンジャーの一番弟子、ライス、ハドリーらを指導。チェイニー、パウエルへの影響力)。日米同盟を基軸とした対中外交への批判。中国経済の対外依存が深まることで、国際ルールに従う公算は高いと見る。⇒人脈と影響力を行使した米中対立回避行動(9.11テロ後の、中国によるアフガン情報提供の橋渡し、天安門事件後の極秘訪中等)。米国政権内のキッシンジャー人脈の影響力(二番弟子としてのブッシュ・シニア)。
・2005年8月、米中次官級定期対話の開始:日米定期対話を設置したアーミテージが反対。後任ゼーリックが開始し、ブッシュ政権対中政策の軸足の、協調派へ移行を象徴。ゼーリックの「Responsible Stakeholder(責任ある利害共有者)」路線=「責任大国路線」。但し、2006年6月、ゼーリックは辞任。元GSの財務長官H.ポールソンが中国関係を仕切る。
・閣僚クラスによる日常的なやり取りも増加。米国務長官―中国外相のホットライン。特に北朝鮮核開発問題での中国の役割が増加してから頻繁に。
・日中関係の悪化にかかわる米国の懸念。特に対中協調派内で。米国対中警戒派の懸念は、歴史問題への対応を誤れば日本のアジアでの指導力が弱まり、中国の影響力の拡大が加速するというシナリオ。日本による「F22Aラプター」の調達問題。
・民主党対中協調派(ペリー元国防長官、S.バーガー元大統領補佐官、コーエン元国防長官ら)の動き。1996年3月の台湾海峡危機への反省。
・民間の対中協調路線支援組織:米中関係全国委員会。ハーバード大学(中国共産党若手・中堅エリートの研修プログラム)

第三章 ブッシュ政権、対中融和の葛藤
・2001年9.11同時テロ以降の、中国による米国へのテロ情報協力。同年4月の「米中軍用機接触事故」以来の緊張を緩和。「中国は自国内のイスラム独立勢力弾圧のために、対テロ戦を隠れ蓑に使っている」という警戒派の懸念。しかしアフガン等で中国国籍の不審者が逮捕されることで、中国の主張が裏付けられることに。
・米国FBIと中国公安省の連携強化。拠点と定期協議機関の設置。ブッシュによる「対中軍事交流」の厳命。米中危機管理のチャンネル確保への舵きり。
・2002年10月の「第二次朝鮮半島核危機」が、更なる米中協力を推進。但し、対中警戒派には、常に「中国に与える情報のほうが多い」という批判(ラムズフェルド等)が。2007年1月の中国による衛星攻撃兵器実験に対する米国国防総省の反発。
・ブッシュ政権の親台湾政策の転換。台湾の独立封じ込め路線へ(最新武器の売却延期等)。他方で、個人的なクリスチャンとしての、中国におけるキリスト教弾圧問題への憤りも。

第四章 知略めぐらす中南海の長計
・胡錦涛国家主席の米国での洗礼:2002年5月(副主席時代)のラムズフェルドとの会談と2006年4月の国家主席としての初のワシントン訪問時の反中デモ。「純国産指導者」としての胡の苦悩と自負。
・ケ小平・江沢民からの「対米外交方針=対米融和」の引継ぎ。江沢民の「賭け=金正日からの距離とイラク攻撃の黙認」。台湾政策での「内政不干渉」から「台湾独立阻止に向けた米国との共同戦線」へ=「米国の対中強硬派封じ込めの時間稼ぎ戦略?」
・他方、米国への疑心暗鬼も。海軍力増強を促す論文、「反日デモの背後で糸を引く米国」論、ウクライナ「オレンジ革命」波及の懸念⇒「排米入亜=米国のアジアでの影響力排除」への戦略的外交。米国への変化球としての「日本脅威論」と日本への変化球としての「米国追随からの脱却」と「日中安保体制」⇒「戦略的互恵関係」(安部・福田政権)の示唆。
・米国でのロビー活動の本格化

第五章 「接近の法則」は繰り返すか
・歴代大統領のほとんどが、就任後二年以内に中国との「手打ち」を果たし、米中関係を改善・発展のレールに乗せている。警戒派と協調派の並存とせめぎあいの今後の展開は?
・警戒派の議論:協調派の優位は、中国の国力が低い時代のもの。中国の大国化による危険へ警告。米中の求心力になっている三つの協力分野の、「対立の主戦場」への転換
@ 朝鮮半島への長期戦略にかかわる米国内の議論:全面撤退論と中国の脅威論のせめぎあい
 A 対テロ協力での軋轢:パキスタンで拘束し、グアンタナモ基地移送したウイグル人の身柄引渡問題
 B経済の相互依存の息切れ:中国の経済発展に伴う通商摩擦、人民元の為替レートや対中貿易赤字問題
・その他、長期的なアジアや世界の秩序づくりでの両国の思惑の相違は顕著
第六章 日本、突きつけられる連立方程式―米中の波動がもたらす衝撃
・米中関係と日中関係のバランスがもたらす影響。
 ―良好な米中関係が継続する場合の問題は、日中関係の悪化で、米国による「頭越し外交」が繰り広げられるリスク=「ニクソンの亡霊」。北朝鮮の「テロ支援国家」指定解除問題。北朝鮮の六カ国会議復帰決定の「事後通告」やミサイル発射に対する国連による制裁決議案採択の経緯(中国への配慮)。「日本そのものに関わる」問題の、米中による主導。中国のサミット加盟問題。日米の会話チャンネルの「地下水脈」の重要性。
 ―米中対立のリスク:台湾問題「現状維持」の終焉。「中国はいざとなれば武力行使してでも台湾を統一する姿勢を変えていない」。中国軍の能力状況と日本の関与への米国からの圧力=日米同盟の試金石に。

第七章 中国の台頭、日本に残されたシナリオ
・20年、50年先を見据えた長期的なシナリオ作りの必要性。二つの「巨大変数」=米国のアジア戦略(特に軍事的な関与)と中国の対外路線
 ―米国のアジア関与の弱体化のリスク:米国の財政力と米世論の息切れリスク。アジア関与縮小論の存在。
・日本の直面する四つのシナリオ
 @日米同盟の維持強化(現状維持):米国アジア政策の維持が条件。対米追従批判の甘受が前提。
 A日中接近による、対米依存の相対的減少:米国のアジア関与の後退時の選択肢。「戦略的互恵関係」の強化。このシナリオに追い込まれ、中国に譲歩せざるを得ない展開も。
 B自前の自衛力増強による、自主独立路線:小沢一郎「普通の国」路線。物理的コストと「離米」路線的な印象。シーレーン確保と終わりのない軍拡レースの開始リスク
 C非武装中立路線:最低限の自衛力に基づく「鎖国体制」
・実際には、二つの「巨大変数」で日本の選択肢は左右される。どのような展開になってもあわてず適応できるような努力が必要。⇒「日米同盟を堅持し、米軍をアジアにつなぎとめる努力を払う」とともに「日中関係の悪化を防ぎながら、自前の防衛力も充実させる」

おわりに
・「日本は明確な戦略に沿って動くのではなく、大きな衝撃を外部から受け、それに反応する形で進路が決まる(危うい)国家」ではないか、との米側の懸念。

(読書会レジュメ終了)