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アジア読書日記
中国
膨張中国 −新ナショナリズムと歪んだ成長
著者:読売新聞中国取材団 
 欧州統合に関する報告の最後に、東アジア統合の展望に触れられていたが、その東アジアは、日本、中国そして南北朝鮮が政治的に全く共通の利害を見つけられないのみならず、経済的にも先進国である日本と躍進目覚しい中国が、一方で相互依存関係を強めながらも、他方で政治体制の相違にも起因する緊張が、近い将来の共同体形成など全く展望できない状況をもたらしている。日本は、この東アジア地域では、経済的なイニシアティブを確保するしか、指導力を発揮する余地がないにもかかわらず、そのカードさえも今や中国に握られているのである。米国という背後のスーパーパワーの「虎の衣」を借りつつ築いてきた戦後秩序は既に壊れているが、それに替わる新たな秩序の契機は全く見えてこない。それを模索するためには、中国を知るしかない。巷に溢れている同種の本の中から、この新書がどのような位置付けになるかは分からないが、少なくとも、1年前の反日デモ以降の動きを頭に入れておこう。そうした気持で読み進めたが、読売新聞にシリーズ物として掲載されたレポートとして、それなりに客観的な現在の中国の多様な姿を伝えているという印象を与えてくれる。

 第一章「新ナショナリズム」は、反日教育を含めた現在の中国の政治教育の諸相をレポートしている。昨年の4月、中国全土で反日デモが繰り広げられた時、日本の一部の論調では、これは当局により扇動された対日圧力の一つの形態だ、と主張されたが、ここでは、中国当局は「反日デモは党への敵対行為」と断じたとされ、その背景には、貧富の格差拡大に伴う党に対する民衆、なかんずく農民層の不満があったとしている。「小泉首相が再度靖国を参拝すれば、デモは抑えきれない。」それは共産党の一党独裁を壊しかねない時限爆弾だ、というのである。そして北京では抑えられた大規模デモが上海では抑えられなかったことの理由として、上海の外資系企業に勤める「党を恐れないホワイトカラー」がデモの中心となったことを挙げている。更に、当局はデモ対応マニュアルに従い、問題になった日本総領事館への投石問題についても、投石は許すが館内侵入は徹底して阻止したと、当局のコントロール下にあったことが書かれている。

 一党独裁を堅持する中国共産党は、すべての政策が「党の利益」への配慮から決定されており、それは対日関係においても、1972年の日中国交回復を含めそうであったという。ソ連との深刻な対立を受けた親日政策から、80年代の経済的支援の活用、そして天安門事件による党の求心力低下を受けた、愛国反日教育の強化。そうした経緯を経て、2001年10月以降は、日中首脳の往来は途絶え、そして靖国問題が、その外交関係の中心になっているのが現在の状況なのである。

 確かに、中国は、このカードを国内向けに使おうとしているが、それは一方で国内の爆発を惹起させかねない、危険なものであることは疑いない。特に低価格パソコンとインターネットカフェ(ワンパー)の急速な普及により、インターネットによる大衆運動が容易に組織できる現代は、益々そうである(「最近は人民解放軍まで動員し、数十万人が二十四時間、サイバー空間を監視している。」「ネットは現代の壁新聞だ。」)。日本での議論で言われているように、確かに靖国を中国の主張に従って解決しても、中国は国内向けに新たなカードを必要とするのは間違いない。しかし、その時はその時だ、と考えるべきであろう。

 この本の取材に当たって、何人かの若者(愛国教育世代)に行ったインタビューが掲載されているが、彼らの対日感情も様々である。しかし、押付けの歴史教科書に対する反発が強い若者であっても、一般的に靖国問題や日本人の中国蔑視感についての反発は強いことは認識しておくべきであろう。刷り込まれた意識は、大衆運動として火が付くと、直ちに大きく燃え上がる可能性がある。またテレビや新聞についても、2003年以降、胡錦ケ政権の「報道改革」を受け、乱立するTVチャンネルや次々に発行される地方新聞が、視聴率や販売数による熾烈な競争を行うなど、一見自由が拡大しているように見えるが、実際には当局から厳しく規制されている実態があるという。SARSを当局が隠蔽したとか、地方官僚による農民虐待や北朝鮮の金正日批判といった報道を行ったメディアが発禁処分を受けたり、それを批判した大学教授が大学を解雇され、米国に追放されたりしているという。

 他方、富裕層の子女は米国を向いていると言われるが、引続き日本での出稼ぎは、成金への近道として人気があり、それに伴う中国内外の詐欺等の問題も多数発生している様子や、2008年の北京オリンピックや翌年の万博に向けた準備が新たな国民のプライドを形勢しつつある様子も語られている。但し、オリンピック委員会は、2004年のサッカーアジアカップでの暴徒化や2005年の反日暴動を受け、「観戦マナー教育」に務めていると言う。

 また、軍事面で言えば、「台湾解放」は未だに大きな政治目標であり、これを巡る米国との軍事的緊張と、日本への影響も無視することはできなくなっている。「海の長城」建設を目指す中国海軍の日本近海での動きは、時折、中国潜水艦の津軽海峡潜航通過といったように、日本との関係でも緊張をもたらしている。

 第二章は「揺らぐ社会主義」と題し、「社会主義市場経済」の光と影を追いかけている。社会主義市場経済が正式に導入されたのは1993年。一党独裁と市場経済の両立とは言うものの、本来の「公正な競争」は期待できず、言わば党官僚のコネをうまく利用した者が、一般人とは全く異なる規模の利益を得る構造になっている。また中国の富豪の実に6割が不動産業によりのし上った者たちであるという事実が、この国の社会主義市場経済の実態を物語る。地方官僚と結託し、土地を安く手に入れ、開発後に高値で販売する。日本のゼネコンがバブル時代まで行っていた手法を、更に権力の支援を受け大規模に行っていると言えるだろう。また個人が居住用住宅の転売で設けることも、1980年のケ小平による「持ち家認定」以降可能になったという。中国政府も、さすがに2004年以降は投機抑制に乗り出し、2005年には住宅ローン金利の引上げを行っているが、この不動産バブルが消える兆候は見えていないと言う。

 都市バブルの昂揚に反比例して農村の疲弊が進んでいる。ケ小平の個人農認可を受けて「万元戸」が誕生したのが1980年代であるが、それはごく一握りの幸運な農民で、産業全体としては衰退に向かいつつある。農村から都市への出稼ぎが一般化し、それが低賃金労働者となって都市の成長を支えている。社会主義下の農民の収奪というのは、毛沢東による権力奪取の歴史を考えると皮肉である。開発目的での土地収用を巡る農民反乱も頻発し、また業者と結託する官僚の汚職もあとを絶たない。国営企業の整理でレイオフは留まるところを知らず、社会主義政権下の失業が増大している(1998年から2004年までに破綻整理された国有企業は3484社。これにより発生した一時帰休者は667万人。向こう4年で新たに2167社の閉鎖・破産を行う方針で、これにより新たに366万人がリストラされる予定であると言う。)。

 第二章が、「社会主義市場経済」が社会主義体制に及ぼしている影響の報告であるとすると、第三章は「社会主義市場経済」そのものの内在的分析である。2005年7月(もう1年経ったのか)の、人民元の電撃的な2.1%切上げに見られるように、もはや中国は、自国内で経済通貨政策を貫徹することができなくなっているが、それはまさに「市場経済」を導入したことの必然的帰結であった。

 政府は、人民元の切上げが、国内経済に及ぼす影響を真剣に検討している。その影響の大きさ(切上げ幅5%で失業300万人以上、10%で1000万人以上)から、それは国際政治問題であると共に、国内政治問題でもある。かつての日本がそうであったように、外国投資・貿易は中国経済の生命線である。しかし、人民元切上げ後も、輸出の増加は止まらず、貿易黒字額も増大し、米国からの切上げ圧力は引続き強まっている。

 エネルギー争奪戦における中国の動きも世界の注目を集めている。1993年に石油輸入国になったのみならず、今や国内の石油輸入量は日本を抜き世界第2位、輸入依存度は40%になっているという。カナダの石油大手企業ペトロカザフスタンの中国による買収は、こうした石油「資源調達先の多様化戦略」の一環である。特に、米国と対立するベネズエラや、西欧各国が人権・民主化問題で非難するスーダンやミャンマーが格好の資源外交の対象先となる。他方、急速な産業化により年15%以上需要が伸びている電力の供給能力は、急速な原発の増設にもかかわらず慢性的に不足状態にあると言う。

 2005年5月、中国の「レノボグループ」によるIBMのパソコン部門の買収は衝撃的であった。「走出去戦略」と呼ばれる官民一体となった海外進出が行われている。その原資は巨大な貿易黒字である。日本でも大手機会メーカーの上海電気集団が、再建手続きを終えた工作機械メーカーの池貝を買収したが、丁度銀行に入りたての頃、よく耳にしていたこの名前が中国企業の傘下に入る時代になったことは、邦銀の力の低下を物語っている。但し、中国の世界進出は、他方で、米国石油大手ユノカル買収断念に象徴されるように、「中国脅威論」を刺激しかねない。「発言は慎重に。実効性を重視せよ」という国家副主席の指示は、今後中国の進出が静かに進められるであろうことを示している。

 反日運動の経済面での影響については、一方で日本企業が明らかに不利な立場に立たされているのと同時に、反日オンライン・ゲームといった反日を売りにする商品の売上増加等、政治・経済双方の面で懸念される現象が発生している。「偽物天国」中国での知的財産権の保護問題も、日本企業を悩ましている。また苦しんでいるのは日本企業だけではなく、台湾企業も政治関係と経済要因で、否が応でも中国との関係を強化せざるを得ない状況になっている。他方、一時期経済面でも沈滞した香港に対しては、中国は「金の卵を産むアヒル」として慎重に梃入れを続けていると事態も注目される。

 第四章、五章は、再び膨張過程に入った中国が周辺諸国にもたらしているインパクトとそれも含めた対外関係ついてのレポートである。

 フィリピンの覚醒剤製造に、中国人、台湾人、華人の人脈、金と技術が結びついているという事例が紹介される。検挙された犯罪者達も、軽い刑罰で済むか、あるいはうやむやのうちに釈放されてしまうケースが多いという。中国のブラックマネーにとってフィリピンは天国であるという。またアムール川で中国と国境を接するロシア、ハバロフスクには大量の中国商人と商品が流れ込んでいる。長い対立を経て現在蜜月時代を迎えている中ロ関係は、ウスリー島などのアムール川中洲の島々の領有問題の決着が大きい要因であったというが、反面で中国は経済関係強化によるロシア周辺地域の「静かな植民化」を行っている、という指摘もロシア側から聞こえてきている。また話題の北朝鮮についても、鉄鉱石、亜鉛、銅、鉛に加え、モリブデンやタングステンといった「レアメタル」軍事戦略資源の宝庫であることから、インフラ整備支援を中心に実質的な植民地化に向けた手を着々と打っているという。金正日もそれを承知の上で虚々実々の駆け引きを繰り広げられている。日本も拉致事件を含めた日朝関係については、こうした背景を充分踏まえた対応を行うべきなのであろう。

 台湾問題については、中国は従来の強硬路線から、「柿の実が熟するのを待つ」戦略に変えたようである。面白いのは、中国資本が香港企業という隠れ蓑を使い台湾メディアに浸透しているという疑惑である。台湾の言論自由化の中で乱立した数々のメディアに静かに浸透する、という戦略は確かに狡猾である。また、一時期、中国とは緊張関係にあったベトナムも、中国の経済成功体験から学ぶために中国に政治的に急接近している。

 ASEAN諸国での中国の存在感は急上昇している。タイは、中国との貿易量が急増し、シンガポールには中国からの留学生が訪れ、卒業後もそのまま残るケースが多くなっているという。韓国に対しては、儒教文化を利用し「孔子」を送り込んでいる。中国語養成機関「孔子アカデミー」の設置である。韓国における第二外国語は、日本語よりも中国語を選択する例が多くなってきているという。

 こうした中国の覇権国家的動きは、当然ながら現在の超覇権国家アメリカとの摩擦を生む。もちろん外交は常に「右手に棍棒、左手で握手」の世界である。軍拡の一方で、周辺国への懐柔、米国の留学生を利用したスパイ活動の高度化、ユノカルに見られた広範囲のロビー活動、更には国産大型旅客機の製造計画から宇宙開発での急速な前進まで、米国との関係でも双方の思惑が複雑に絡み合う局面が多くなっている。米国も自国の経済政策から、中国を無視するわけには行かない。他方、地下教会への暗黙の支援といった、共産党独裁国家の内部切り崩しにも余念がない。

 しかし、かつて天安門事件の中心勢力であった都市中間層は、経済発展により愛国的傾向が強まり、最早中国国内の反抗勢力はむしろ農村部、あるいはそこからの都市への移民になっている。この本の最後に、こうした農村部の民衆暴動について簡単に触れられているが、言わばこのレポートで追いかけられているのは中国の陽の部分が多いように思われる。陰の部分をどう見るか。今、これを書いている最中に読んでいる別の新書で、この部分が報告されるであろう。

読了:2006年7月28日