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アジア読書日記
中国
習近平が仕掛ける新たな反日
著者:楊 中美 
 2013年最初の読書は、昨年12月初めの日本出張時に仕込んだ最新の中国事情である。これに先立つ11月に開催された第18回中国共産党全国代表大会で、新たな党総書記として下馬評通り習近平が選ばれ、今年3月に国家主席に就任する。ここに至るまでに、中国では薄熙来の失脚や、習近平自身の突然の表舞台からの退出など、共産党内部での激しい権力闘争を想像させる事件が立て続けに発生したが、結果的には予想された形で権力の承継が行われた。その他の常務委員構成などからのクレムリノロジー的な観測は依然巷に溢れているが、取り敢えずは大国中国の新たな政治体制の船出と言う大きな移行期が始まることになった。同時に、この中国での政権交代も計算に入れた形で決断された民主党政権による尖閣国有化を契機に始まった中国での反日運動は、結果的に民主党政権の想定を越えた形で日中関係の悪化を招き、それも誘因の一つとして、日本でも自民党圧勝と言う形での政権交代をもたらすことになった。米国や韓国での大統領選挙などもあり、まさに世界の主要国での指導者の交代や選択が行われ、その結果を受けて新たな2013年が始まったのである。こうした転換期の中国新政権の政策運営について、1981年に来日、その後日本の大学で講師を務めている中国人研究者が議論を展開したのがこの本である。年末に読んだ中国NGOに関する新書の著者と同様に、中国人でありながら日本語の本を出版できる人々が増えてきていることを改めて感じさせる。しかし、中国については、特にその経済成長などを中心に無条件に称賛する議論と、他方で格差拡大や人権問題などから徹底的に批判する議論が両極端に分かれる傾向があるが、この本はその意味では後者に属し、批判的な論点を次々に提示することで、大国中国の危険性に焦点を当て、そこから起因する将来の日本との軋轢等をやや誇張気味に議論している部分も多い。更に将来の中国を巡るその他の国際関係などについても悲観的な記載が溢れており、それらについては、少し割り引いて読み込んでいった方がよいだろうと感じることも多かったのである。その辺りを踏まえながら、著者の主要な議論を押さえておこう。

 まず習近平政権が抱える4つの危機。胡錦濤自身が2011年7月の講話で認めた「4つの試練」と「4つの危機」。前者は「@長期的で複雑で厳しい治国、A改革開放、B市場経済、C国際環境」の試練であり、後者は「@精神怠惰、A能力不足、B人民から離れてしまう、C腐敗根絶に消極的」という危機であるが、習近平はこの状況を引き継いでいくことになる。その中で著者がまず取り上げるのは不動産バブルであるが、この中には「官僚制の腐敗、貧富の対立、環境悪化などの矛盾が集中して現われている」。サブプライム危機からの脱却のために「内需拡大と輸出減少への対応」のために緊急財政出動された4兆元(約60兆円)は、世界経済の牽引車としての中国の評価を高くしたが、他方でこの資金はほとんどが国営企業に流れ、そこからその経営者たちの不動産投機に使用されたという。この結果不動産価格は急騰し、一般庶民の取得を困難にしていると共に、開発のための土地収用を巡る騒乱多発の原因になっている。

 これへの対応として、次期首相となる李克強は、不動産価格抑制の実行責任者として、特に2010年に幾つかの政策を打ち出したが、著者によれば、今度はそれによる住宅価格の下落が予想以上に速く、大きくなり、今度は、かつての日本のように不動産バブルの崩壊とそれによる地方政府の債務危機が深まっているということになる。一部の地方政府は、債務危機を回避するために政府の指示を無視する形で不動産開発・販売を進め、政府との緊張関係が高まっているという。

 しかし、こうした景気循環的な問題以上に深刻なのは、この不動産開発の過程で、中国における党幹部の特権階級化と「凄まじい貧富の格差」が進行したことである。著者は様々な数値を紹介し、中国での貧富格差を説明しているが、そこでの社会階層の両極化は「あの民主革命を起こし、政変を起こした(中略)キルギス、タイ、チュニジア、エジプトのそれをはるかに超えている」。そして富裕層としては特に「太子党」がこうした特権階級の温床になっているとする。

 共産党指導部は当然こうした「巨大な経済危機と社会危機」を敏感に察し、幾つかの対応モデルを実行してきた。一つは失脚した薄熙来が主導した「重慶モデル」で、廉価住宅の供給も含めた公平性確保のための「毛沢東時代への回帰」であったが、このモデルは結局「暴力団撲滅」というスローガンで収奪した富を、本来の民衆のために使用するのではなく、薄熙来ら党幹部が私物化したという名目で終止符が打たれた。

 次のモデルは「西部大開発論」と呼ばれる。これは、中国東部中心の経済発展が、日米同盟などにより頭を押さえられる可能性があることを考慮し、経済発展の中心を西部に移し、中央アジア、ロシア、中東、ヨーロッパとの関係を強化していこうという発展モデルである。但しこれはまだ理論的な段階に留まっている。

 3つ目の「広東モデル」は、経済危機を契機として、労働集約型産業の移転と高付加価値型産業の誘致により構造転換を図り、全体としての経済力を底上げしようというモデルである。著者は習近平政権の10年は「広東モデルを主とし、廉価住宅などの重慶モデルも兼用しながら、新経済政策を打ち立てていく可能性が高い」としているが、前述した危機の克服策としてのこの経済政策がどのような有効性を持つのかについては、著者は議論をしていない。

 中国の外交政策については、まず日本との間で経済面でも競争が激化すると著者は予想している。既に「高速鉄道、造船、航空運輸、鉄鋼、自動車、バイク、半導体、電化製品」での日本との競争関係は激しくなっているが、中国政府は今後「新エネルギーと省エネ、環境保護技術、バイオ医薬、新世代IT(情報技術)、航空宇宙、アニメ産業」への資本投資を増加させるとの方針であり、こうした競争分野は更に拡大すると見る。こうして経済においての「互恵から敵対へ」と変化する日中関係は、政治関係では言うまでもなく、益々激しい敵対関係に入っていく。著者は、ここでは「中国共産党は勝手に歴史を捏造している。このような愛国主義教育のもとで、全国民をあげて日本を敵視し、攻撃している。これでは政治的相互信頼関係を築けるはずがない」と、現在の政治関係悪化の責任が中国にあるという議論を展開しているが、これは著者の立ち位置を端的に示していて面白い。

 昨年(2012年)9月の大規模な反日デモについては、中国共産党が制御不能に陥った面と、誰か繰っている黒幕がいたという面のどちらも可能であるとして、もう少し客観的な見方をしている。実際、著者は、胡錦濤がこのデモにショックを受け、このデモの背後に黒幕がいるかどうか、徹底的な調査を命じたという噂を紹介している。しかし、日本の尖閣諸島国有化で日中関係が緊張し始めた時は、中国軍内部の強硬派の声が上がったが、これが次第に鎮静化したのは習近平が押さえたからであるという。ただ、今後の展開によっては彼が、これら強硬派を押さえられなくなる可能性も高いとも見ている。

 他方、日本のTPP参加については、中国は明らかにこれを米国による中国包囲網として警戒している。しかし、著者は、その他のアジアでの経済連携枠組み等も考慮すると、日本がこのTPPに加盟したとしても、これにより中国の台頭を経済的に抑制するという効果はないと見ている。即ち、日本のTPP参加は、特に足元悪化した日本の対米関係修復と言う、むしろアメリカを向いた課題であると理解した方が良い。そして改めて著者は尖閣問題に戻り、日中それぞれの主張のおさらいをしているが、ここでのポイントは、尖閣国有化を契機に、中国がこの問題を「核心的利益」と定義していることであるという。「核心的利益」と定義された問題については、著者によるとチベット自治区、新疆ウイグル自治区、台湾独立問題のように「武力行使も辞さない」問題である。従って、尖閣問題も中国が「核心的利益」と定義したからには、将来ここを巡る武力衝突の可能性が高くなっているという。そして新政権の対日外交が国家経済の利益を中心に組み立てられるとすると、中国海軍、空軍、鉄鋼、石油などの利益集団が「日本に対しても戦争を辞さない強硬派」として指導部に対して大きな影響力をもってくると見る。そのために海軍力増強を含めた政策が着々と遂行されている。日本との軍事衝突は、中国が3隻の航空母艦と原子力潜水艦の装備が整う2022年前後であるというのが著者の推測である。

 更に米中関係でも緊張は高まっていく。それは中国が時として「米中による太平洋の共同管理」とも取れる戦略を主張していることに対し、米国が強硬に反対していくのは間違いないからである。そして米中の緊張も、直接の契機は台湾海峡、南シナ海と日本であるとする。既に1995−6年にかけての台湾海峡危機は、米中が軍事衝突をする直前にまで高まった実例であるとして、当時の状況を細かく説明しているが、問題はその時以上に中国の軍事力が強化されており、またこれからもその強化が進むことは間違いないことにある。他方でアメリカの軍事力は、財政問題もあり次第に縮小してきている。中国はこうした米国の衰えを虎視眈々と待っているのである。

 当然米国はこうした中国の姿勢に対し警戒感を抱き、軍事力の「アジア・シフト」を始めている。著者によれば、2011年の中国のGDPが日本のそれを凌駕したことに対する懸念、及び米国がアフガンとイランでの兵力削減を可能にしたことで、次のターゲットとしての膨張する中国への牽制が可能になったことがその背景にあり、既にオバマ政権は中国との戦闘を想定した「エアシーバトル(空海戦闘)」というシミュレーションまで行っているとしている。紛争発生可能性のある地域としては、日本や台湾が中国と対峙している東シナ海ではなく、東南アジア諸国が中国と対峙している南シナ海であろうというのが、著者の見方である。

 もちろん中国が衝突する可能性があるのは、日本や米国に留まらない。著者も「ごろつきテロ国家」と規定する北朝鮮は、中国が米国などとの軍事衝突を回避するために安定を維持しなければならない国家であるが、両国間の関係は、最近のミサイル打上げや核開発を含め不協和音が高まっていると見る。歴史的に紛争を抱えているベトナムとも、南沙、西沙初頭を巡り再び緊張が高まっている。ベトナムも中国を想定し軍事力の強化を行っているが、この地域では中国軍が圧倒的な優位を確保しており、国際関係次第ではあるが、中国がどこかの時点でベトナムに対してかつて行ったような武力による威嚇を行う可能性は十分あると考えている。更に中国がインドとの長年に渡る国境紛争を抱えていることはいうまでもないが、それに加え、近年スリランカやパキスタンに対する支援を通じて、インドが伝統的に有する「インド洋の夢」に挑戦する動きを中国が行っていることに対する懸念がインド側で高まっていることが指摘されている。ここでは「南アジアの火薬庫」パキスタンに対するインド、中国、米国の対応が鍵になる。

 国際情勢の次は、中国の新指導部の評価であるが、これは習近平の権力基盤がどうか、という問題に集約される。まず習近平の経歴が紹介されるが、彼が広東省、湖北省、福建省、そして浙江省などでそれなりの政治的実績をあげたことは確かなようである。特に浙江省では外資の積極的導入などにより、同省経済を引上げ、これが認められ、ライバルである薄熙来らを抑えて登竜門である上海市委書記の座を勝ち取ったとされる。他方で福建省で2000年頃に摘発された大規模密輸事件に彼が関与していたという負の噂もある。

 こうした実績をかかげて習近平は、胡錦濤から党書記を引継ぐことになるが、その背景には、よく言われるとおり、後継者を巡る江沢民と胡錦濤の妥協があった。特に著者は、江沢民らの太子党が蓄積してきた既得権益を守るためには、胡錦濤子飼で共産党青年団(共青団)出身の李克強では危険であることから、胡錦濤も妥協できると思われる習近平に白羽の矢を立てたと考えている。それを考えると、当面は習近平は、太子党と共青団の間でバランスをとった政策運営を行っていかざるを得ないだろう。他方で、著者は習近平を支える人脈として@地方勤務時にできた地方の人脈、A太子党新党首となってからの太子党勢力、そしてBこれから実際に政治を動かしていく中で形成されるブレーンの3つをあげている。太子党と共青団が繰り広げてきた激しいライバル関係の歴史を考えると、彼の持つ地方人脈が大きな切り札になる可能性もあるが、やはり最後は太子党、特に軍部で圧倒的な力を持つ太子党勢力に依拠せざるを得ない。これは前述の軍部内の対外強硬論を考えると、両刃の剣となるリスクを持っているのである。

 習近平が総書記として舵を取るこれからの10年は、中国にとっては大きな転換期となる可能性がある。国内の所得格差やそれに起因する多くの騒乱、他方では国際関係における「四面楚歌」の状況。国内の政治状況が緊張を高めてくると、当然政権はそれを国際関係の緊張に転化させることになる。その意味で、習近平がこの双方をいかにコントロールしていくかで、これからの10年が中国にとってチャンスとなるのか、更なる混迷の道となるかが決まってくる。そしてそうした状況で、日本も尖閣問題などの政治課題を抱えながらも、他方で「内需拡大と産業構造の適正化への大転換」を模索する中国に日本の資金と技術を提供することで、彼らの評価を繋ぎ止めることができると考える。いわば日本も、こうした変貌する中国とのしかるべき距離感を維持しながら、この近隣の大国とうまく付き合っていくことが求められている、というのが著者の最後のメッセージである。

 やや週刊誌の記事のような、どぎつさを売りにした中国人による中国脅威論であるが、結論はごく常識的なところに落ち着いた、といえる。

読了:2013年1月6日