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アジア読書日記
中国
習近平が変えた中国
編著者:天児 慧 
 2018年4月出版と、比較的新しい中国論である。どこにでもある中国論かと思って読み始めたが、内容は非常に客観的で、感情的な中国批判が目立つ最近の日本での論調の中で、複数の筆者(編者に加え関志雄、毛利和子といった良く聞く名前が参加している)が、冷静に習近平政権の意図や歴史的な意味合いを中心に解説・分析している。また最後の50頁は、「小辞典」と称して、人物や事件等々の解説を行っており、個々の論文を読み進める際に参照できる構成になっている。

 現在の中国を考える上で、重要な論点がカバーされている。主要な課題は、共産中国の歴史の中での習近平政権の位置付け、その政策の特徴としての「反腐敗」キャンペーンの意味、「中国脅威論」とその関係での南シナ海問題や中国の軍事改革(強化)の歴史と実態、中国経済の現状と問題、国際戦略としての「一帯一路」、そして最後に少数民族問題としての新疆ウイグルとチベット問題。もちろん多くは日常的に情報が溢れているテーマであるが、こうして整理されると、また改めてこの国を見ていく上での基本的な視座を固めることができる。ここでは、現在の中国を理解する上で確認しておくべき、事実や視点を備忘録的に残しておく。

 中国がGDPで日本を抜き、米国に次ぐ第二位になったのが、胡錦濤政権時代の2010年。2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博も成功裏に終えて、中国のプレゼンスを世界に示す転換点となったが、同時に、「貧富の格差拡大や非民主的な政策決定、汚職・腐敗の蔓延、沿海内陸をあわせた環境汚染の深刻化」といった問題も顕在化することになり、胡錦濤政権が掲げた「和諧社会」の実現はまだまだ先という状態であった。そして現在、習近平政権は、「二つの百年(@2021年の共産党結党100年、A2049年の建国100年)の成功」を謳っているが、これが目指すのは「中華民族の偉大な復興」であり、その具体的な姿は、「政治的・経済的に米国と肩を並べる世界の指導国家となる」ことである。

 この目標実現のため、まず習近平が進めてきたのが、国内では自身への権力の集中で、戦略的にはこれまで形成されてきた党内の様々な権力集団(共青年団、上海派、石油派、石炭派等)の弱体化、そのための手段が「反腐敗」キャンペーン(「虎もハエも同時に叩く」)であった。もちろんその過程で習近平は多くの敵を作ることになっているので、今後彼の指導下で大きな問題が発生すれば、その敵からの反撃を受ける可能性は高い。

 対外的な戦略は、言うまでもなく政治的、軍事的、経済的な影響力拡大であり、それが国際社会に中国脅威論を促すことになる。それは特に、米国トランプ政権からバイデン政権への移行を経ても変わらない、米中対立の激化を促すことになる。ここではそうした中国の国際的拡大戦略を、「意図と能力」の双方から分析している。

 まず「意図」については、ケ小平時代の「韜光養晦」から、胡錦濤政権による「韜光養晦+有所作為」へ、そして習近平政権による、「韜光養晦は米国のみの政策」と明らかに変化してきている。その大きな戦略が、後述される「一帯一路」であることは追うまでもないが、ASEAN地域においては、「親中派を取り込み、反中派を締め付ける、実質上のASEAN分断」であるという批判、あるいはASEAN以外の国については、その対外援助が「露骨な資源外交」で、「新植民地主義」であるといった批判が指摘されている。また地域的な大きな問題としての「南シナ海問題(=海洋権益拡大政策)」も、この中国の大国外交が露骨に示されている分野であるが、ここでは2000年以降、中国がこの問題については「組織としてのASEAN相手」ではなく、「小国ばかりの係争当事者との直接交渉(特に二国間交渉)や、一方的な外交・軍事戦略を重視する姿勢に転換した」という指摘を確認しておこう。南シナ海の3つの重要性―@豊富な漁業資源、A米国に対する核の第二派攻撃のための原潜の「聖域」、B世界貿易の大動脈―から、中国はこの地域の支配を「核心的利益」と位置付けているが、同時にこの問題は「アメリカを相手とする問題」であることは明確に認識しているという。当然、米国もそれを前提として「航行の自由」作戦を実行している。この問題が、将来的な「一触即発」を引き起こす危険を秘めていることは言うまでもない。

 他方「能力」については、中国の軍事力の分析が鍵となる。ここでは中国の軍事力拡大と組織や装備の近代化の歴史が説明されているが、まだ装備においても、情報戦や核抑止力で、最大の「脅威」米国に対抗するには不十分であるというのが、著者たちの結論である。当然ながら中国の軍事力増強とそこへの資源投入は続くことになろうが、他方で、最近の尖閣での対応に示されているような、「武警の軍隊化」といった制度変更に伴う武力衝突リスクの高まりにも注意が必要である。

 経済の「改革開放」の功罪も整理されているが、ここでは@進まぬ国有企業改革と人民元の国際化だけ取り敢えず押さえておけば十分だろう。前者は、「党、国家、企業の三位一体構造による(共産党と政府にとっての)既得権の保護と維持」が、抜本的な改革の障害となっていること、そしてそのためには体制改革が必要であるが、それが簡単ではないことは言うまでもない。

 「一帯一路」の詳細、「中東化」する新疆ウイグル問題やチベット問題についての歴史も頭の整理には有益であったが、ここでは詳述はしない。唯一、チベット問題では、1935年生まれで現在85歳になるダライ・ラマ14世の後継問題という爆弾を抱えていることだけ確認しておこう。

 今後の世界秩序の安定のために、中国の動きが今後とも大きな鍵になることは疑いない。特に隣国日本にとっては、尖閣問題のような領土紛争、米国の圧力が強まる中での経済関係の維持・強化、東シナ海問題のような国際問題への対応、そして新疆ウイグルやチベット問題のような「人権問題」にどのように対応していくかは難しい問題である。取りあえずは、現状のように、「是々非々」での対応ということであろうが、万一、例えば尖閣で武力紛争が発生した場合にどうするか、といったリスク・シナリオは常に意識せざるを得ないだろう。そしてその場合に、最近のバイデン政権の閣僚発言でも注目されている、同盟国米国がどこまで真剣にこの地域の紛争に「本格的に」参入するか?いずれにしろ、中国の対内、対外政策の動きから目をそらすことはできないことは間違いない。そして、ここで解説されているこうした論点は、既に多くの機会に語られているものがほとんどであるが、改めて頭の整理をする上で、有益な作品であった。

読了:2021年2月25日