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アジア読書日記
中国
日米中アジア開戦
著者:陳 破空 
 1963年、中国四川省生まれで、1986年から中国で民主化運動を組織、1989年の天安門事件に関り二度投獄された後、1996年、米国に亡命、コロンビア大学客員研究員などを経て、現在は政治評論家として活動している著者による、2014年5月邦訳刊行の新書である。丁度、中国による「東シナ海防空識別圏」の突然の設定や、米中軍艦が衝突しそうになった事件、更にはクリミア半島のロシアによる併合等が起こっていた時期の習近平政権の戦略分析や、それを念頭に置いた日中戦争のシミュレーションの試みなど、内側から見た中国分析として結構面白く読める。但し、亡命した中国反体制派という立場から、中国に対する見方は相当偏っており、その点は注意する必要はある。

 著者の立場は、中国共産党の一党独裁支配が現在の中国の覇権的行動の主要因であり、それを止めるのはこの国の民主化のみで、そのためには欧米日本に全力を尽くしてもらいたい、ということに尽きる。こうした視点から、著者は、中国の軍拡の現状や、南シナ海におけるベトナムやフィリピンとの争奪戦(中国による「九段線」の設定は、中国も調印している「国連海洋法条約」違反である)、2012年の紛争地域が記載された新パスポート発行、2013年の中印国境紛争や南シナ海を航行する外国船舶への立ち入り検査等々の「覇権主義」的な中国の行動を並べ立てる。

 この覇権的行動を強める中国指導部の権力闘争について著者は、軍事部門の掌握、という視点からケ小平や習近平の台頭を説明している。ケ小平は、華国鋒から権力を奪うために中越紛争、そしてベトナムへの侵攻を行い、軍の実権を握ったという。そして「防空識別圏」の設定などの軍事的強硬路線も、中央軍事委員会主席としての習近平の権力強化を目指した政策であるということになる。ただ、東シナ海防空識別圏に関しては、尖閣が含まれているが、ここでは米国が「日米安保条約」の適用対象となる、という立場をとっていることから、中国も実際の活動については慎重な姿勢を取らざるを得ない。

 こうした状況下での、中国対日米の構図での、夫々の陣営による周辺国との「同盟関係」強化の動きが説明されているが、現状のウクライナ問題を考えると興味深いのは、著者の見る中国―ロシア関係である。「世界最長の共同境界線」を抱える中露関係は、常に領土紛争を巡る緊張を抱えている。そのためロシアは、インド、ベトナムを巻き込んだ「中国包囲網」を強化しようとしており、他方中国も「北極グマ」の動きを警戒し、「背後から襲われる事態を防ぐ」ため、ロシアとの関係には注意を払っているということになる。ロシアから中国への武器援助は続いているが、著者は、これはロシアにとっては「金儲け」が主たる理由であり、それに対しインドやベトナムへのそれは、この「中国包囲網」を目的とした戦略的な動きであるとしている。こうした微妙な関係は、現在のロシアによるウクライナ侵攻に際しての中国による「煮え切らない」姿勢も説明することになる。中国にとっては、ロシアは、あくまで米国に対する牽制が主目的であるので、ある程度の支援は行わざるを得ないが、それが米国を強く刺激することも避けなければならないのである。今後のウクライナ問題への中国の対応は、こうした枠組みで見ていくことになるのだろう。
 
 続いて、著者は、現在の人民解放軍の実際の士気について、清朝末期の北洋水師(北洋艦隊―日清戦争で日本に敗北した)と比較して、派閥主義や汚職で、その脆弱性が極めて似ている、と指摘している。これは中国人ならではの観察であるが、他方著者の立場を考慮した楽観的観測という見方も捨てることはできない。

 こうして、著者は、大量の漁船団を伴った中国船による尖閣上陸に始まる日中開戦の開始と、そこに米軍が参戦し、空母「遼寧号」の撃沈等を経て中国が敗北するというフィクションを挿入している。敗戦を経て、中国共産党の指導部の退陣と、それを契機にした民主化運動の盛り上がりという最後は、著者の希望的観測である。

 これはフィクションであるが、実際には、サイバー戦激化を含め、米中間の緊張が高まっている。温家宝元首相や習近平家族の金銭スキャンダルの情報漏洩など、反体制側による情報リークも勃発し、中国側が神経を尖らせながら、このサイバー部隊を増強している様子が説明されている。2013年5月には、中国が、米国防システムに侵入し軍事機密を入手している、という米側の発表も公表された。他方、米国の情報管理システムを暴露したスノーデンが、当初香港に亡命したのも、中国の関与を疑わせるという。そして、先日読んだ佐橋亮著の「米中対立」(別掲)のとおり、オバマ政権後半以降の、米国による軍事力のアジアシフト(ピボット政策)は顕著となっている。この緊張が高まる契機が、@台湾、A北朝鮮、そしてB尖閣であるという著者の指摘はその通りであろう。そして本書は、改めてフィクションとしての米中開戦を簡単に描いて終わることになる。

 繰り返しになるが、現状は、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、米国は、物理的な軍事力を欧州に増強せざるを得ない事態となっている。プーチンは、この侵攻を開始するにあたり、米国のアジアシフトの隙をつくことを考えた可能性もあるが、現実は、反プーチンに向けて欧米側が強い結束を示したことで、その思惑は外れることになった。他方、中国にとっては、やはりアジアでの米国の軍事力が一時的に弱体化することにはなっているが、それを見込んで、この地域で更なる覇権主義的動きを行う姿勢は示していない。さすがにウクライナ問題で「踏み絵」を提示されている中国にとっては、ここでロシア支援、反欧米を鮮明にするリスクは取ることはできない。しかし、中国が、ウクライナ問題の進捗を懸命に追いかけ、それを自国のために利用しようとしていることは疑いない。著者を始めとする中国の反体制派も、このウクライナ問題がどう展開するかは、固唾を飲んで見守っていることであろう。その意味で、今回のウクライナ問題は、冷戦後、ある意味安定していた世界秩序が、欧州とアジアで思わぬ方向に進む契機となりかねない。そこでは、戦術核使用という、全く次元の異なる問題も浮上している。そうした新たな展開を考える上での一つの切り口を提示してくれた著作であると言える。

読了:2022年3月14日