アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
アジア読書日記
中国
チャイナチ 崩れゆく独裁国家 中国
著者:宮崎 正弘 
 1946年生まれの評論家・作家による中国論で、2019年11月の出版である。出版時期から分かる通り、まだ新型コロナの拡大は予想されておらず、また香港での反中国の民主化運動が盛り上がっていた状況での報告であることから、今読むと虚しさが残ることになるが、それ以外の中国自体の分析については、それなりに面白い見方もある。ただ、これも表題の「崩れゆく独裁国家」という点よりも、中国の外交・覇権主義的な動きへの警戒感や懸念をより強めるような内容が多い。もちろんこの時点では、ロシアのウクライナ侵攻は露ほども予想されていない。

 冒頭の香港での民主化運動盛り上がりについての報告は、今や全く的外れとなっている(まさに、これを書いている7月1日は、香港の中国返還25周年で、これまで毎年行われてきた民主化デモが完全に押さえられる中、習近平が、その記念式典に出席するべく、新型コロナ感染拡大以降初めての本土以外の訪問として香港を訪れ、「香港の治安が回復した」ことを評価する演説を行うとのことである)ので省略し、中国自体の現状分析を見ていこう。

 最初の課題は、中国の「過剰債務問題」である。2018年8月のBIS(国際決済銀行)統計で、中国の過剰債務は220兆元(約3560兆円)と報告されているが、これは2015年から発行されてきた高速道路、鉄道等のインフラ整備の資金調達として発行されてきた累積5兆元に及ぶインフラ債等を中心にした、「将来の返済計画がない拙速な借金」であるとする。他方失業率について、中国国家統計局は4.9%(2018年12月)と発表しているが、これを信じる者はおらず、実態は地域的に20%を超える水準になっており、例えば主要都市の一つ重慶市でも、フォード工場のリストラ等もあり、失業者が街に溢れ、抗議集会なども頻繁に開かれているという。もしろん、この状態は、新型コロナで益々悪化していることは間違いないが、少なくとも現時点ではほとんどメディアのネタにはなっていない。中国の経済成長率が落ちているのは間違いないが、それは中国だけではなく、今やロシアによるウクライナ侵攻も加わり全世界的なリセッションに入っている。これをもって中国が崩壊するという著者の期待には無理がある。

 香港動乱を含め、中国では米国の「陰謀論」が渦巻いているというが、それは習近平にとっては、その通りであろう。ただ著者が言うように、その背後にユダヤ系左派を中核とする「ディープ・ステート」(フランクフルト学派の影響を受けているという!)がいるか、と言われると、それは余りに突飛な推測であろう。またその「ユダヤ系左派」と関連する米国やイスラエルの一部が、中国に軍事技術の流出を伴う企業買収等の協力を行っている(米国のそれでは、副大統領時代のバイデンの息子が関与している)といった議論も展開しているが、このあたりは市井の評論家が内容を「面白可笑しく」するためのネタであると思われ、あまり真面目に捉える必要はなかろう。

 トランプ政権による、対中技術輸出の制限やファーウェイの摘発等の米中貿易戦争の激化が説明されているが、これらは、共和党、民主党を越えた米国議会の共通政策となっていることから、前記のバイデン関係者の疑惑にも関わらず、現在のバイデン政権でも継続・強化されていることは言うまでもない。しかし、それにも関わらず、特に軍事的には、AIや宇宙での中国による技術開発が、米国等西側への脅威となっている。中国でそうした技術開発に邁進するバイドゥ、アリババ、テンセント(BAT)は、共産党の締付けにより「独裁政権が押し付ける情報管理に貢献」せざるを得なくなっている。その意味で、米中貿易対立は明らかに総力戦となっており、その帰趨は、必ずしも米国の勝利、中国の敗北ということではない。もちろん、著者が指摘する通り、中国は、@ハイテク企業の力不足、A中間層の債務拡大とそれを契機とする政権批判の可能性、B累積債務問題、C人民元下落、D「一帯一路」の中断、頓挫、契約キャンセル等による失敗、といったリスクを抱えてはいるが、中国による香港制圧に見られる通り、中国の力を過小評価すべきではない。他方、香港の「一国二制度」破綻を受け、台湾がこれに乗る可能性は後退しており、米国による台湾有事支援は、この著作の時点よりも強化されている。ウクライナ問題は、東アジアの問題でもある、というのは、今や欧米諸国にも浸透したといっても過言ではないことから、これを巡る中国との攻防が益々激しくなることは必至である。ただそれ故に、「中国は破綻する」というのは、安易な希望的観測である。またASEAN諸国をはじめとする近隣諸国と中国の、この時点での関係もいろいろ論じているが、中国によるメコン流域のダム建設によるメコン水量調節を使った脅しといった面もあるが、基本的には、こうした近隣諸国も中国の経済力には依存せざるを得ないことから、今回のウクライナ問題に見られる通り、簡単に反ロシア(=反中国)を鮮明にすることはない(国連でのロシア非難決議にASEANで唯一賛成したシンガポールも、中国との関係には繊細な注意を払っている。他方、フィリピンでは新たに成立したマルコス政権が、南シナ海問題で、デュテルテ政権よりも反中国的な姿勢を鮮明にしたようである)。南太平洋諸国を巡る、中国と米豪ニュージーランドとの熾烈な戦いが、現在益々激しくなっていることも、著者の指摘を待つまでもない。

 新型コロナ・ゼロ政策による都市封鎖に伴う、中国製造業の低迷は、中国製造業だけではない、世界的な製造業の減産を招いており、またウクライナ危機に伴うエネルギー・食糧危機といった足元の問題も、中国の問題というよりも、途上国を含めた世界的な問題である。そうした中で、ロシアと中国は、いわゆるBRICSの連携強化等も企て、欧米日本との対抗軸設定に邁進している。インドは、「クアッド」で米豪日と東アジアでの連携に参加するが、他方でBRICSを通じ、ロシアや中国との関係にも配慮するという微妙な姿勢を維持している。その意味で、現在のロシア・中国と欧米日本の対立軸は、今後も第三国と、その様々な思惑を巻き込みながら、複雑に動いていくことは間違いない。そうした中で中国が簡単に破綻するということは、繰り返しなるがほとんど考えることは難しい。この著作を読んだ後もそうした思いは益々強く感じられるようになったのである。

読了:2022年6月28日