アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
アジア読書日記
中国
2023年台湾封鎖
著者:北村 淳 他 
 中国による台湾進攻のシミュレーションを中心に、中国の軍事的脅威に対抗する備えや侵攻時の経済への打撃等について、軍事関係の研究者・評論家等が寄稿し、宝島編集部がまとめた2021年10月出版の著作である。論調としては、明らかに右寄りのものであるが、中国が軍事力を強化し、香港の民主主義を圧殺、他方でロシアによるウクライナ侵攻の東アジアへの波及といった戦争の切迫感が高まる中、こうした議論が勢いと説得力を増していることは否定できない。「平和主義」は理想ではあるが、他方で、局面によっては赤裸々な力が支配する国際政治の現実は踏まえなければならない。そうした観点で、ここでの主要な議論を確認しておく。

 米国の軍事研究者が想定する、中国による台湾進攻のあり得る可能性は、「中国自身と台湾側の状況そして国際情勢などのタイミングを見計らって完全なる主導権を確保した奇襲攻撃」としての「短期激烈戦争」であるとする。それが成功すると、台湾の抵抗力は瞬時に失われ、米軍による台湾支援も、「米中戦争へ発展する覚悟をしつつ台湾に米軍を送り込む」という決断は難しく、あくまで東シナ海や南シナ海に「中国海洋戦力と対峙する最前線部隊を投入」し、それ以上の中国支配地域の拡大を抑えることくらいしかできない、ということになる。その場合、新たな前線は、台湾と日本の間に作られることから、在日米軍基地が、米国側の戦略拠点となることは言うまでもない。台湾侵略に際し、在日米軍の参戦と、それに対抗する中国による在日米軍基地の攻撃という事態は、米中全面戦争の契機となることから、米軍側も中国側も避けるだろうというのが、現状では主流の見方であるが、もちろんその危険がゼロという訳ではない。そしてそうであれば、この中国による「短期激烈戦争」を決断させないための「抑止力」を米軍や台湾・日本がどのように構築するかということになり、その主要な手段は日本や台湾への長射程ミサイル戦力の整備であるとするのである。もちろん「平和主義」の立場からは、そうした赤裸々な力の争いになる前に、外交努力や経済関係強化、あるいは国際世論の形成を通じて、そうした事態をもたらさないような努力を行うことが先決であるが、ロシアによるウクライナ侵攻を考えると、そうした努力が水泡に帰す事態も十分あり得ることは留意しておかなければならないだろう。また別の論考では、米国バイデン政権のアフガン撤退は、米国の国際戦略の失敗であり、「自由で開かれたインド太平洋」という安倍元首相が提唱し、その後アジア地域での西側の主たる戦略となった理念も、この米軍のアフガン撤退で、ロシアや中国は軽視することになったという議論が出されている。もちろんこのアフガン撤退は、米軍戦力を、台湾防衛を核とする東アジアにシフトするという戦略ではあるが、「時国を守る意志のないアフガンのために、米国の若い兵士たちを戦死させることはできない(=自らを守ろうとしない国のために米軍は犠牲を払わない)」というバイデンのコメントからも、日本自体の防衛力強化(軍事予算のGDP比1%から2%への引き上げ)の議論が焦眉の急となる。この実現は、その金があるのであれば景気対策等に回すべきということで、個人的には反対であるが、客観的な状況は、野党の抵抗にも関わらずその方向に向かっている気はしている。言うまでもなく、中国はロシアのウクライナでの動きに対する欧米日本の対応を慎重に見ており、それに綻びがあれば、ロシアの軍事支援も受けつつ、台湾進攻を行う可能性が高まっていると思えるからである。まずは、この秋の習近平の主席3期目以降の動きに注目であるが、いずれにしろこれから2−3年は何が起こるか分からない状況が続くのであろう。

 紛争時の情報戦を含めた様々な戦略の中では、海底ケーブル切断による情報攪乱という議論は面白い。実際1904年の日ロ戦争では日本がロシアのケーブルを、第一次大戦では英国がドイツのケーブルを切断した先例があるというが、現代のサイバー戦では、それ以上に効果が大きい。中国の海洋調査船が、東アジアでの改定ケーブルの状況を頻繁に調査しているという話や、英国がその保護や切断時の修復戦略をたてているというのも納得できる話である。2021年2月に改正・施行された中国海警法(曖昧である「中国海域」で、武器の使用を含めた外国船舶の取締りを可能とする)にも留意する必要がある。

 台湾海峡での軍事対立は、戦後3回発生している。第一回は1954年9月で、この時は、米軍顧問団にも二人の死者が出て、台湾側が大陸に近い2つの小島から撤退した。2回目は1958年8月で、この時は米軍が本格的な武器供与と警告を行った結果、終結することになる。そして第三回は、1995年―96年、台湾初の民主主義選挙で李登輝が第三代総統に選ばれた直後で、この時もクリントン政権が、この地域への「ベトナム戦争以来最大級の具磁力を動員」した結果、中国側もミサイル攻撃を止めたという。しかし、米中のこの地域での戦力バランスは、この時と大きく変わり、中国側が圧倒的に優勢になっている。過去の例は、現在の状況で武力対立が発生した時の参考にはなりそうもない。

 その他、台湾関係法の整備という議論も面白い。米国は。1979年の中華民国との断交にあたり台湾に関する国内法を制定し、「台湾を諸外国の国家または政府と同様に扱う」と規定し、その後の台湾との外交関係の基礎にしたが、日本は中国に配慮し、そうした法整備は行っていない。その結果、防衛協力や緊急時の法人保護の法的枠組みの欠如、そして事実上の大使館である「交流協会台北事務所」の法的地位欠如といった問題がある。日本にとっての台湾及び台湾海峡の政治的・経済的重要性や、現在の中国の動きを勘案すると、これはまじめに議論する必要がありそうだ。

 ということで、この本への寄稿者ほとんど全てが警告している「平和ボケ」に陥ることには注意しなければならないにしても、それを日本の軍事予算の増額に短絡させるだけではない議論を進める必要がある。東アジアの民主主義国家の仲間であり親日感情が強い台湾を見捨てることなく、しかし今や日本の最大の貿易相手国として、政治的・経済的には対立できない中国との関係をうまくコントロールしながらバランスをとっていく外交努力がここ数年は益々重要になることは間違いない。

読了:2022年7月24日