ロシアと中国 反米の戦略
著者:廣瀬 陽子
(2022年)11月14日、インドネシア、バリ島で開催されたG20会議で、米国・バイデン大統領と中国・習近平主席が、トップとしては初の首脳会談を行った。両国トップの対面での首脳会談としては、2019年の大阪でのG20サミット以来3年5か月振りとなったその場では、相変わらず台湾問題では平行線を辿った様子であるが、最低限対話の継続という点では合意したとされている。他方、ロシアは、プーチン大統領は欠席し、ラブロフ外相以下での参加となったが、会議ではロシアのウクライナ侵攻を非難する共同声明が出されたが、他方「見解の相違もある」ということで、ロシアに対しても一定の配慮がなされることになった。かように、ウクライナや台湾情勢を巡り緊張関係が続くこの3か国の動向は、引続き国際情勢の最大の関心であり続けている。こうした情勢下、先日読んだ小泉悠と同様、ウクライナ問題で頻繁にメディアに登場している慶応大学教授による2018年7月出版の新書であるが、メディアでのやや控えめなコメントと比較して、ロシアと中国の関係を中心に結構面白い議論を展開している。
まず、最近の中露関係の節目としての2004年と2014年を挙げている。2004年は、長年の懸案であった中露(ソ)国境問題が解決した年。そして2014年は、ロシアのクリミア併合を受けたウクライナ危機の深刻化を受け、欧米からの制裁を受け孤立したロシアが中国に傾斜し、中ロ関係が親密化した年である。1960年代の中ソ論争以来、緊張と接近を繰り返してきた両国が、反米という立場で近年最も近い関係となったことが指摘されている。
しかし、それにも関わらず「中露はそれぞれ大国意識が強く、両者間には、勢力圏争いともとれる動きがしばしば見られる。ロシアが中国の勢力圏拡大およびロシアの勢力圏の侵害を警戒している。」そして「(ロシアの勢力圏での)政治・経済はロシア、経済は中国という分業のバランスが崩れる恐れ」があり、特にロシアが独占してきた中央アジアでの石油、天然ガス権益を巡る中露の争いは激しくなっている。中国による、この地域のインフラ整備への進出が、中国の政治的影響力を高め、ロシアが懸念を示すことになっているというのである。
他方で、ロシアによるユーラシア経済同盟と中国によるシルクロード経済ベルト構想(一帯一路)の連携は、2015年に両国間で協定締結が締結されるなど、両国の地域政策の戦略的な連携基盤となっている(中国の場合は、それに「宇宙情報回廊」戦略も加わる)。更に、金融面では、中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行―ADBと異なり、中東、南米、アフリカからも参加)とBRICS版国際開発金融機関としてのNDB(新開発銀行)がこれを支える。ただBRICS内で中露の主導権争いが、NDB内で進行しているとの憶測もあるという。
そうした地域でのインフラ整備は、例えば、中国、カザフスタン、ロシアを結ぶ、全長7000キロの高速鉄道計画等で現れることになる。モスクワーカザン間が、2015年中国中鉄が受注し、2018年着工、完成は2022-23年を予定しているという(ただ現在、それが開通したという話は聞かない)。また欧州との鉄道網も整備が進んでいる。2011年、中国・重慶とドイツ・デュイスブルグ、中国・北京とドイツ・ハンブルグ、2014年、スペイン・マドリッドと中国浙江省義鳥を結ぶ世界最長(1万3000キロ超)、2017年、英国・ロンドンと浙江省義鳥(1万2000キロ)が開通。これらは中央アジア経由であるが、2017年アゼルバイジャン、ジョージア、トルコを結ぶ850キロの路線も開通している。但しこれらはロシアを迂回していることからロシアのメリットが少ないという実態があるという。ロシア側は、「南北縦貫回廊」の鉄道路線(イランーアゼルバイジャンーロシアーフィンランド)を構想しているが、中国側は既に2017年から、ロシア、カザフスタン経由でフィンランド・中国を結ぶ鉄道の運行を開始済と、両国の思惑にはややズレも出ているようである。
ウクライナ問題を考える上で重要なのは、ソ連崩壊後進んだ中国とウクライナの強い関係である。「ロシアが出し渋る軍事技術、兵器、空母などの多くを、中国はウクライナから供与してもらった」、「ウクライナの技術者たちは薄給や給与未払いで、孤児的に情報を横流しした例も多い」という。更に「(中国からウクライナへの)150億ドルの大規模融資提供や、輸出先に困っていたウクライナのトウモロコシの大量購入」、そして2015年には、両国通貨間での「通貨スワップ協定」で、ウクライナの外貨調達を支援。その他、農業、エネルギー、石炭分野などで、両国関係は緊密化。ロシアは、国際的孤立の中で「ある程度黙認せざるを得ない状況」であったという。また後述のロシアと中国の軍備協力で詳しく説明されることになるが、ウクライナで建造途上となっていた空母「ワリャーグ」が中国に売却され、中国最初の空母「遼寧」として生まれ変わったというのも、両国間の緊密な関係を物語っている。こうした中国とウクライナの関係が、今回のロシアによるウクライナ侵攻で、現状どのようになっているかは興味深いところである。
外交面での中央アジアでの両国の関係を見る上で、中ロ関係のバランサーとしてカザフスタンが大きな鍵を握っているという指摘。特に高齢(この時点で78歳)のナザルバエフ大統領の後任問題が指摘されているが、その後の動きとしては、5期目途中の2020年に彼は大統領を辞任し、元老院(上院)議長のカシムジョマルト・トカエフが第二代大統領に就任することになる。大統領辞任後も、ナザルバエフは国家安全保障会議議長として「院政」をひいていたが、2022年1月、燃料価格高騰等に抗議するデモとその鎮圧過程で多数の死傷者が発生したことの責任を取らされ、それも辞任、30年に渡る彼の「独裁」が終焉したとされている。しかし、彼の後を継いだトカエフ体制が揺らいでいるという話は聞かないので、それなりに安定は保たれているのだろう。加えて、ロシアのウクライナ侵攻後も、カザフスタンの、ロシア及び中国との微妙な距離感は保たれているようである。
地球温暖化問題や海底資源を目的とした北極圏大陸棚を巡るロシアの攻勢と、中国の関心強化も、マスメディアでは余り取り上げられていないテーマであることもあり、今まであまり知らなかった話である。デンマーク(グルーンランド独立問題も絡む)やカナダも別途自国権益を主張しているというが、「氷上シルクロード(北極海航路開発)」での中露連携(中国の開発資金への期待と、中国のプレゼンス向上への懸念のバランス)というのも、今後頭の片隅に入れておこう。
著者は、軍事面での中露関係についても、歴史を遡りながら、その微妙な関係を追いかけている。戦後中国の軍事技術はソ連への依存が続いたが、1960年代の中ソ論争でそれがいったん停止し、中国軍の近代化が遅れたが、その後はロシアからの支援が復活し現在に至っている。しかし、国家間の軍事支援は、旧式機材のものとなるのは常識であり、そして中国に関しては、ライセンス契約を無視した「コピー」―特に、ジェットエンジン技術を含めた戦闘機、や爆撃機や地対空ミサイル等。他方、原潜を含めた潜水艦技術は提供されていない―による自国生産の拡大という問題が、発生しているという。面白いのは、ロシアはインドには相対的に新しい軍事品を提供するが、中国へはそれよりも古いものの提供に留まっているという点。それは夫々の国家間関係の濃淡差を示すと共に、インドの「コピー」技術が劣っているとロシアが判断していることもあるのではないだろうか。ここでは、著者は、ロシアから中国に提供された詳細な軍備リストを検証しながら、先日読んだ小泉に負けるとも劣らない「軍事オタク振り」を披露している。
こうして著者は、「離婚なき便宜的結婚」と揶揄される中露の利害関係を、以下の様に整理しているが、これは非常に分かり易い。@利害の一致:反米、多極的世界の維持。経済的実利(軍事、エネルギーにおいて)、A微妙な関係:上海協力機構やBRICSでの表面的な協調と内部での勢力争い。天然ガス取引価格、B相反する関係:地政学的戦略(ロシアの勢力圏を侵害する中国)。軍事技術などロシアの知的財産を中国が侵害。
最後に、著者は、こうした中露関係や米国への対抗軸を勘案しながらの日本外国についても論じているが、これはそれほど新鮮な議論はないので省略する。
ロシアによるウクライナ侵攻に関わる報道で、マスメディアに小泉と同様、頻繁に登場している著者であるが、正直そのコメントは、常識的なものがほとんどで、余り刺激的ではなかった。ただこの著作を読むと、著者はこの現状に関し、もっと立ち入った見解を有しているのではないかと思える。特に、欧米によるロシア制裁が益々強まる中、積極的なロシア支援は行わず、但し制裁に関しては一貫して反対する姿勢を貫いている中国が、現在及び今後のロシアに対する姿勢をどう展開していくか、というのが重要である。間違いなく、今回の侵攻で、政治的にも、経済的にも、ロシアの国力が低下しているのは間違いなく、その意味では、上記の「微妙な関係」や「相反する関係」分野で、中国の優位が高まっているのは間違いないが、それが今後両国関係とこの地域での動きにどう繋がるかについての著者の見解を聞いてみたいものである。またカザフスタンを筆頭とする中央アジア諸国が、この戦争の中で、どのような対応を考えているか、そして何よりもこの著作で説明されている中国とウクライナの、特に軍事面での親密な関係が、この戦争下でどのようになっているかも、たいへん興味深い。そして最後に、こうした状況で、今後台湾を巡る中国の戦略がどのように展開されるのかは、日本にとっては最大の問題である。そうした議論を行う上で、予想以上の情報と分析を与えてくれた著作であった。
読了:2022年11月15日