中国不動産バブル
著者: 柯 隆
この3月、中国西安に旅行した際に、この田舎都市で、空港から市内までに至る高速道路沿いに高層マンションが乱立している様子を見て、いったいこれらの高層マンションはそれなりに入居者がいて稼働しているのだろうかという疑問を持った。確かに田舎都市ではあるが人口は、東京23区並みの13百万人を擁するので、それなりの住宅のニーズがあることは理解できるが、それだけ多くの庶民がそれを購入する財力を持っているということが考え難かったのである。一方で、中国は現在不動産バブルがはじけ、恒大集団(エバーグランデ)といった大手デベロッパーが債務不履行に陥る等で、建設中の物件が放棄されていることを含め、商業用・居住用不動産に多くの不良在庫が発生しているとの報道がなされている。私が西安で見たこうした多くの高層マンションは、実際に人々が入居しているのだろうか?その疑問は、旅行中、現地ガイドに直接聞くこともできず、分からないまま帰国したのであった。
その後、中国経済関連の報道は、トランプの米国との間での貿易戦争・関税応酬に移り、この中国不動産バブル崩壊問題はやや後景になっているが、引続き現在の中国経済を見る上での大きな鍵になることは間違いない。そうした関心から、これについて書かれた2024年4月出版の新刊の新書があったので手に取ってみた。著者は1963年南京生まれ。1988年に来日し、愛知大学で経済学修士を取得した後、長銀総研、富士通総研等を経て、現在は東京財団政策研究所や静岡大学で研究を続けているということである。
ここでの議論のポイントは、ネット(アマゾン)の書評でもまとめられているので、まずそれを引用させて頂く。
【不動産から見える中国社会の歪み】
●主要大都市の不動産価格が大きく下落
●開発途上の不動産プロジェクトが次々とゴーストタウンに
●中国政府が不動産開発を熱心に進めた理由
●共産党幹部とデベロッパーが熱中したマネーゲーム
●別荘にプライベートジェット……賄賂を使って贅沢三昧
●地方政府が財政危機に陥れば、年金難民が発生する
●海外へと脱出する中国人が急増
●賃貸市場を敬遠し、マイホームを重視
●「見栄を張る」ことをやめられない中国人
●統制か自由化か、岐路に立つ習近平政権
著者は、まさに自身が来日直後に目撃した、日本の90年代の不動産バブル崩壊と比較しながら議論を進めるが、そこで主張している両者の相違は、日本のそれが「市場の失敗」であったのに対し、中国のそれは「共産党独裁政権による政策の誤り」であり、それ故に、今後その影響は金融問題に留まらず、行政・政治システムに跳び火していくことになろうという。日本のバブルが、円高阻止のための市場での過剰流動性の結果で、それが次に金融引締めにより破裂し、金融危機へと進んだのであるが、中国のそれは、共産党政権による不動産投資を通じた(固定資産税がないために)コストの安い「成長戦略」に、地方党官僚、不動産デベロッパー、国営金融機関や地下銀行が群がった結果であり、それが行政、金融機関での汚職とも相まってバブル化したが、それがコロナ禍や米国との貿易戦争等に伴う経済全般の不調で顕在化したということになる。
確かにケ小平による「改革・解放」路線以降、国営企業分野以外での民営企業の活動がある程度許容され、それが「共同富裕」の名のもとに、投機的活動を促してきた。そして国民経済での比重が高い不動産分野においては、一般庶民の「持ち家志向」に便乗し、過剰な不動産開発を促してきた。それが、関係者への高額賄賂も全く問題にならない様な富裕層の超過利潤をもたらし、結果的に「共同富裕」どころか、貧富格差を拡大することになった。そしてそれが弾けた現在、その落とし前を払うのはそうした富裕層ではなく、住宅ローンを借りながらも物件を入手できず、またその物件を売ろうとしても価格がつかず路頭に迷っている一般市民である。その対応を間違えると、共産党政権自体の存立にかかわる、という著者の議論はそれなりに納得できる。
しかし、他方で、習近平政権は、個人独裁傾向を強めており、ネット環境を使った国民監視態勢もとんでもなく強化されている。政権が多少この問題の処理を誤り、国民に不満が生じたとしても、それを強権的に抑えることで、表面化を抑えることは出来るのではないか。そして何よりも、政権側から、この不動産不良在庫のデータが全く出てこないのはいつものことである。私が、旅行中に抱いた冒頭の疑問への回答については、この新書でも正確には触れられていないが、これはそもそもデータ自体が不明、あるいは信憑性が問題という研究者にとっては厳しい現実の結果であろう。
そうした中で、習近平政権は、ケ小平の「改革・解放」路線というよりも、毛沢東時代の「統制強化による共産党一党独裁(個人独裁)強化」に舵を切っているのは間違いない。毛沢東時代はそれでもまだ経済格差が少なかった(共産党幹部の贅沢な暮らしは、一般庶民には知る由もなかった)のに対し、現代では、共産党幹部の特権やそれに群がり巨万の富を蓄積した民間富裕層の暮らしが一般庶民の知るところとなっており、それが大きな怨念を抱かせることになっているという。それに対して共産党政権は、汚職官僚や民間人の摘発・処刑で対応しているが、それによって一般庶民の怨念が収束するかどうか、そしてそれが政治的動きとなった際に、共産党の支配体制強化で抑えきれるかどうかが、今後の中国でのこの問題の展開の鍵になるのであろう。ただ個人的には、共産党政権の力の方が強く、市民の中では、富裕層は、この本でも述べられている様な海外への資産逃避の移住で対応し、それが出来ない一般庶民は泣き寝入りをすることでこのバブル破綻は処理されるのではないかと想像される。その意味で、これが政権の危機をもたらす可能性がある、という著者の見通しは甘い、と言わざるを得ない。
習近平のみならず、トランプやプーチン等、こうした「個人独裁者」には常に様々な形での「失脚」展望が語られるが、現実はそう簡単ではない。ウクライナ戦争や米ソ貿易戦争の展開も見えない中で、益々世界は混迷度を高めていることは間違いない。中国におけり不動産バブルの処理も、こうした大きな世界情勢の中で見ていく必要があるものの、他方でそれを展望するのは簡単ではないことを痛感させられた著作であった。
読了:2025年5月3日