タイ 謎解き散歩
著者:柿崎 一郎
以前に、「シンガポール」版を読んだ「地域トリビア」シリーズのタイ版で、2014年11月の出版。ブックオフの中古で入手した。著者のタイに関する著作は、既に別掲の2冊を読んでいるが、シンガポール版と同様、著者も、この文庫本は、読者が気楽に流し読みできるタイ歴史・観光案内を意識して筆を進めている。タイの概要から始まり、バンコク旧新市街、中部、北部、東北部、南部と、それぞれの地域毎に筆を進めているが、シンガポールと比べて国土が圧倒的に広い分、より夫々の地域や街の一般的解説が多くなっている。シリーズのシンガポール版と同様、その中で面白かった記載だけを残しておこう。
タイの概要については特記すべき新たな記述はないので、私が何度も訪れているバンコク市内から始めるが、ここではまず中華街の歴史。東南アジアのどの主要都市にもある中華街であるが、バンコクのそれは、元々は今の王宮のある地域にあったが、18世紀末にラーマ一世が首都機能を、チャオプラーヤ河西岸のトンブリーから現在の場所に移したことで、中華街も現在の場所に移転したという歴史を持つという。しかし一部の土地は、既に富裕層が所有していたために、そこを貫く道路は不規則に蛇行する形になったという。確かにここを散策していて、やや方向感をなくした経験があるが、そうした成り立ちの結果だったのだろう。その入り口のロータリーにある大きな牌門は、古いものと思っていたが、前国王72歳の記念に1999年に建てられた比較的新しいものだった。
王宮のすぐ北に、チャオプラーヤ川と運河に囲まれた「ラッタナコーシン島」と呼ばれる地域があるが、これはバンコクが、かつては城壁に囲まれた要塞都市であったことを示しているという。砦の跡なども残っていると言うが、ここは、私は訪れた記憶がない。王宮は何度も訪れているが、この地域については全く知らなかったので、次の機会のために記憶しておこう。その何度も訪れている王宮に、アンコール・ワットのミニチュア模型があることも知らなかった。これはかつてタイがこの地域を直轄領として支配していたことを理由に、フランスがカンボジアを保護国化した際に、タイの宗主権を主張するために、ラーマ五世王期に完成させたが、その後タイがこの地域の支配権を取り戻すことがなかったことはもちろんである。またプーカオトーンと呼ばれる小山の上にあるバンコク最古の寺院の一つであるワット・サケートというのも未踏の場所であった。その他、特に新市街についての記述は、懐かしいものが多いが、目新しいものはない。
中部については、アユタヤ、フアヒン、パッタヤーを除くと私が訪れた場所はない。そのアユタヤ、フアヒン、パッタヤーについての説明にも特段新しいものはない。その他の場所については、例えば、第二次大戦中に日本軍が集結し、また終戦後はそこに集められ日本に帰還したというナコーンナーヨック(アユタヤの東の街)が紹介されており、周辺は景勝地が多いと言うが、是非訪れたい、という感じではない。あえて一つだけそうした場所を上げるとすれば、バンコクの西にある、かつてミャンマーとの間を結んだ泰緬鉄道(現在も観光目的で一部だけ運行されているという)と「戦場にかける橋」として著名なクウェー川鉄橋くらいか。ここはかつての大戦で、日本軍が英国人を中心とした捕虜に強制労働を強いた現場として、日本人であればその愚行を感じる必要がある地域であると思う。
北部については、私が行きたかったが叶わなかったのがスコータイ。他方最北部のチェンマイ、チェンアイからメイサと「ゴールデン・トライアングル」については、懐かしいが、特段の目新しいコメントはない。スコータイについては、この街への「玄関口」と言われるピッサヌロークという街にある「タイで最も美しい仏像」チンナラート仏があるワット・ヤイだけ、今後のために残しておこう。
東北部については、著者は「イサーン」という地名はここでは使っていないし、タイでは最貧地域であった(ある?)こともあまりコメントしていない。かつて、映画「バンコクナイツ」でもロケが行われ、その作成過程を綴った本でも紹介されていることもあり、ここでは特段記載すべき事項はない。またカンボジアとの国境紛争の原因になっているプレアヒビア寺院についての記載もあるが、特段の新しい情報はない。
そして最後は南部、モスレム人口の多い地域である。ここでは、もちろんプーケットやクラビー、そしてピーピー島といった観光地は幾度となく訪れているが、ソンクラーを含めた南部の都市は、結局行くことが出来なかった。この地は、かつてスマトラを中心としたシュリーヴィジャヤの影響が及んでおり、その様式での仏塔なども残っていると言うが、なかなかここだけを訪れるという機会もなさそうである。この地域の北にあるクラ地峡は、最も狭いところで幅60キロと、マレー半島が最も狭くなり、かつて運河の建設が計画されたというのは知られているが、あえて訪れるような地域ではないだろう。
ということで、シリーズのシンガポール版と同様、気楽に流し読みした後、手元に置いておき、この国を再訪する機会に帯同する価値はあるタイのガイドブックであった。
読了:2021年7月5日