メコン・黄金水道をゆく
著者:椎名 誠
ブックオフで見つけたメコン関係の雑本。この著者は、ほとんど関心がなく、今まで全く読んだことはないが、かつて私の旅した地域を含むメコン圏(ラオス、カンボジア、ヴェトナム3か国)の45日間の旅行記であることから、暇な週末に流し読むことになった。あまり残しておくような記述もないが、自分の過去の経験も踏まえた若干の感想を記しておく。
全般的に、「上から目線」が目立つ旅行記である。高温多湿に対する嫌悪(これらの地域で、あまり私がこれを感じなかったのは、シンガポールの長期滞在で、既に慣れてしまっていたからだろうか?)、国内便飛行機の安全性への不安、食文化を含めた現地生活習慣に対する驚き等々、やや大げさな表現が多いというのが、読み始めてすぐ感じた率直な印象。ただ確かに、奥地に入ってくと、私が知らなかった世界が広がることになる。
ラオスでの最初の奥地は、ルアンナムター。ラオス北部のミャンマー国境の街で、私は未踏の地である。ジャングルと焼き畑だけの地に、山奥にいた山岳民族を部族ごとメコン河沿いに降ろして作った集落ということで、そうした山岳民族の生活が語られることになる。著者の旅は2003年ということであるが、彼が期待したゴールデン・トライアングルの麻薬栽培は既に取締りが強化されており、それを目にすることはない。ただそれ以外の、緑基調の斑模様の大トカゲ「トッケイ」や「土を食うアカ族の女」、あるいは彼らの「生贄祭り」等は、2011年にタイ側のこの地域を訪れた私が見ることができなかったものである。
ルアンパバーン出発のラオラオ(蒸留酒)作りや「4000体以上の仏像が祀られているタムトゥン洞窟」は、2019年に私も訪れたが、当時の自分の旅行記では、後者は「パクウー洞窟」と記されている。同じ場所なのかどうかは確認できないが、河を上る同じ方向に船で行っているので、こうした場所はそれほど多くないと思われることとも併せ、呼び方が様々ある同じ洞窟ではないかと思う。著者がへきへきした薬草サウナは、私は経験しなかったが、恐らく私にはそれほど抵抗はないと思われる。この街で私が訪れた
「クワシーの滝」には著者は行かず、代わりにビエンチャンから「コーンパペンの滝」というのを見に行っている。そしてこの辺りではメコンの川幅が20キロほどに広がり、その間に大小約4000の島々があるという。ビエンチャンは、私はビジネスと乗り継ぎでしか立ち寄らなかったが、これを見に行くためにもう少し時間をとっても良かったと思う。著者は、そこにある静かな島で数日をゆっくりと過ごし、別の滝や、そこでの住民の漁獲を眺めていたようであるが、そうした時間を過ごせるのは羨ましい限りである。
続いてカンボジアに移るが、まずはシェムリアップでのアンコールとトンレサップ観光である。これは私も2回訪れたので、あまりここで記すべきことはない。ただ、彼が体験した「騒々しい葬式」は、私は幸いにして経験することはなかった。他方、私がそれなりに楽しんだオールドマーケットや、近代的なニューマーケットには全く触れられていない。特に後者は、恐らくこの街の近代化の象徴であるが、著者が意図的にそうした近代的な部分を排除しているのか、あるいはこの時はまだ開いていなかっただけなのかは分からない。著者は、そこから船で約5時間をかけて船でプノンペンまで移動することになるが、そこでの報告はポルポト虐殺の記憶が中心である。
そして陸路でホー・チ・ミン市を経ず、ヴェトナムは、メコンデルタ地帯へ。食用カエルの皮剝、メコンの養魚場、そして、毒蛇を何気なく掴むヘビ売りなど、エキゾチックな記載が中心である。この地域も、私は何度か訪れているが、これらは目撃することがなかった。そしてメコンの河口での「ドンダイ漁」という気長な漁獲のルポで、この旅行記が終わることになる。
私のこの地域への旅行は、ビジネスの合間の、せいぜい2泊、3泊のものであったことから、どうしても行ける範囲は限られてしまった。その意味で、この職業作家が、45日という日数をかけ、それなりのガイドを得て「奥地」まで足を進めることができたのは羨ましい限りである。他方で、私がシンガポールに移動し、そこからこうした地域を頻繁に訪れることになる2008年の5年前の旅であることから、この世界がそれ程大きく変わっているとは思えない。そうした中で、あえて「エキゾチック」な部分のみを強調するというのは、「読み物」を作る上でそれなりの理由はあるにしろ、私の視点でいえば、発展著しいこれらの地域を客観的に理解する上では、やや不公平な感じもする。もちろん、かつてルアンパバーンを訪れた際に参照した村上春樹の「大名旅行」に比べれば、著者の「冒険」は、それなりに評価できる。昨今のコロナ拡大で、時間の余裕はあるにも関わらず、海外旅行の制約がある中での、ささやかな気分転換であった。
読了:2021年4月10日