タリバンの眼
著者:佐藤 和孝
これも気分転換が目的で手に取った新書で2021年12月の出版。著者は、私と同世代、1956年生まれのジャーナリストで、40年に渡り、バルカンや中東などの戦場に赴き、テレビ局などにそこからの報告を送ってきたという。ここでは特にイラク戦争前後からアフガンからの米軍撤退、タリバンによる支配の復活といった時期に、彼がこうした地域に滞在して感じた印象を中心に、そうした経験から形成された著者の戦争報道の倫理感等を綴っている。偶々最近TVニュースで、ウクライナ戦争等で孤立感を深めるロシアが、アフガンのタリバン政権と、石油などの輸出を通じた関係強化に乗り出しているといった報道もあったことも、改めてこの地域の動向を確認しておこうという気持ちにさせられた。ただ全体的に、論理的というよりも感覚的な議論が多いので、ここでは簡単に著者の経験や考え方をまとめておく。
まず著者のアフガン取材経験から始まるが、彼が最初にこの地に入国したのは1979年のソ連による進行直後。その後は1992年のイスラーム義勇兵による共産党政権打倒時、1996年のタリバン第一次政権樹立時。そして2021年8月のタリバン再制圧時は、直前にビザ申請をしていたが、タリバンの侵攻があまりに早かったために入国できなかったということである。そうした経験を見ると著者はこの地の取材については相当の経験を有していると言える。著者は、まずこの地の人々は清潔意識が強く、そのためコロナ感染も余り拡大しなかったとするが、これは単に統計がないだけではないか、と突っ込みたくなる。他方、タリバンによる人権抑圧や女性排除は1996年の第一次政権時と同じで「いつか来た道」というのはよく言われる通りである。こうした取材は時の権力に同行することが多いが、それが偏向したものにならないよう注意しているというのは、ジャーナリストとしては最低の倫理であろう。
タリバン、アルカイダ、ISの相違の説明から、1992年タリバンの創設と第一次政権での権力獲得に至る過程。内戦で混乱する中、当初は「世直し運動」から始まったこの勢力が宗教独裁政権に転化していく過程も知られているとおりである。結局のところ、この国も問題は、天然資源等、財政の基盤が全くない点に加え、民族問題(人口の約4割を占める多数派、パシュトゥン人(スンニ派)と、その他のハザラ人(シーア派)やタジク人との確執)と政権を獲得した勢力による腐敗、そしてロシアや米国による干渉、ということになる。それらが内戦の継続から独裁となり、本来は「文明の十字路」に位置し、かつてはそれなりのイスラーム文化を育ててきた国を、2001年のガンダーラ遺跡の破壊などの非文明的な「失敗国家」としてしまうのである。そしてその直後に湾岸戦争開始とイラク制圧に続いてアフガンにも米軍が侵攻し、米軍傀儡政権であるガニ政権を樹立したものの、結局2021年の米軍撤退に至るまで内戦は終わらず、財政を支える産業のみならず、道路、電気ガス、水道といった国内インフラも整備されないままであった。著者は、そうした姿を日本の明治維新等と比較したり(「中東は百年前の日本」)、ブッシュによるイラクのフセイン政権打倒の是非等を論じているが、特段新鮮味はない議論である。
むしろ興味深いのは、2021年以降活発になる中国によるタリバン政権への接近で、パキスタンとの関係強化を含め、著者はこれを中国の新疆ウイグル対策として説明している。実際著者はアルカイダに参加して捕虜となったウイグル族の兵士とも面会している。イスラーム過激派勢力が新疆ウイグル独立運動と結びついた場合の脅威は、中国も感じているのだろう。
この本の最後は、戦争ジャーナリストとして彼が従ってきた行動規範や、日本人を含めたそこで犠牲になった人々への追悼である。彼らについて政治家たちが口にする「自己責任論」を批判する部分もあるが、これは政治家の立場に立てば止むを得ないコメントであろう。ただ著者のような戦争現場の状況を伝えるジャーナリストは社会にとって必要であることは間違いないので、ジャーナリストのみならず、目的を持ったこうした危険地帯への渡航者で犠牲が出た場合は、政治家たちも少なくとも最低限の追悼の意思を示すくらいはするべきだろう。著者は、長年の取材パートナーであり、2012年にシリア・アレッポで取材中に銃撃を受けて死亡した山本美香を始めとする、外人を含めたそうした戦争ジャーナリストの犠牲者への追悼でこの新書を終えているが、その思いは共有できるものである。
ということで、冒頭に記した最近のロシアによるアフガン接近を含め、この地域は引続きいろいろな展開があるのだろう。それがマスメディアの注目を浴びるかどうかは分からないが、少なくともそうした報道の陰に著者のように危険を犯してその地に赴いている人びとがいることを忘れないでおこう。
読了:2025年8月19日
(追伸)
9月4日(木)朝のNHKニュースで、山本美香を追悼する写真展が彼女の出身地である帯広で開催され、彼女の取材パートナーであった著者が協力したということで紹介されていた。インタビューでは、現在ウクライナで取材を行っている著者は、今後も戦争地の取材を続けたいという意向を語っている。なかなかの根性を持った同世代のジャーナリストである。