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韓国はなぜ危機か
著者:韓国経済新聞 
 韓国の経済新聞が企画した記事をまとめた著作を、提携関係にある読売新聞のソウル特派員であった記者らが邦訳したもので、2016年6月の出版である。その時期は、朴槿恵政権の末期で、その翌年2017年5月の大統領選挙で革新派の文在寅が選ばれることになる。その文在寅に対する、元韓国大使による激しい批判を読んだ後であることから、いわばそこに至る前哨戦的な議論を期待していたが、実際は、この新聞社が行った世論調査に基づく、韓国の構造問題についての一般的な分析で、個別の政権・政策批判はほとんどない。そしてその構造問題についての議論もある意味、日本のそれと似ており、余り新鮮味を感じさせるものではない。その点を踏まえ、ここでは「韓国的」と思われる論点を中心に見ていくことにする。

 国民所得が2015年から2016年にかけて2年連続で減少する等、韓国の潜在成長率が低下しているというマクロの分析と、新聞が行った世論調査を受け、韓国が至急改革しなければいけない分野として取り上げられているのは、@国会と政府、A成長エンジン(産業構造転換)、B労組改革、C少子化、D教育改革、E責任転嫁という国民感情の傾向、という6つの分野である。「20年の時差で日本を後追いする韓国」という指摘の通り、それらの多くは、日本が「失われた20年」で直面した課題である。

 まず取り上げられているのは国会や政府に対する不信感の拡大であるが、これは日本を含む多くの国でも常に議論となる課題である。その中で、韓国固有の課題として挙げられているのは、「国会先進化法(与野党間で意見の食い違いがある法案を本会議に上程する場合、在籍議員の5分の3以上が賛成しなければならない)」の問題である。これは、米国の同様の法律を真似たものであるが、「成熟した合意の文化がない」韓国風土の中では与野党間の駆け引きの激化を生むことで、迅速な法案処理ができない「国会麻痺法」に転化しているという。ただこの議論は、先の文在寅政権批判の中でも全く言及されていない論点で、それがこの政権の北朝鮮政策や対日関係等に影響を与えた訳ではないようだ。どちらかというと、韓国の国内政策に影響しているということなのであろう。その他個別法案で、「ポピュリズム(大衆迎合主義)立法」が増えている、というのも、日本ではあまり聞かれない国会批判である。他方、巨大化する政府の非効率性と、「省庁のタテ割主義」の弊害や「古い法令集だけへの固執」、「事なかれ主義」といった公務員の保守主義的傾向は、もちろん日本でも良く指摘される問題である。大臣の任期が1年余り、公企業や大企業の最高経営者が「どんなに業績が良くても単任の任期(3年)を終えれば退かなくてはならない」ことから、長期的な視点を失う傾向がある、というのは、韓国のそうしたポストが「専門性」から選ばれるのではなく、「政治任用」色が強く、政権変更の影響を受けやすいということを示しているのだろう。

 経済成長エンジンの欠如の問題で指摘されるのは、韓国の経済成長を支えた電子・自動車・造船・石油化学等の成長鈍化と、それに代わるバイオ、インターネット関連、ロボット、宇宙航空、医療・観光などのサービスといった新たな成長産業の欠如という問題であるが、これも日本を含む、多くの先進国が格闘している課題である。低迷する革新型企業と創業者精神の欠如、サラリーマン化し、研究論文数だけを目指す科学研究者といった課題も、多かれ少なかれ日本等と重なる。ここでは当然、中国の追い上げが課題となっているが、それを突破する具体的方策は提示されていない。

 大企業労働組合の自己本位で攻撃的、排他的な姿勢は、韓国に進出する外資系企業にとっても大きな障害であった。「労働市場の非効率性と非柔軟性」が、「生産性低下による企業競争力の弱体化」と「正規職に対する過保護」や「正規職と非正規職、大企業労働者と中小企業労働者」の格差拡大をもたらしている、というのも、韓国労働市場固有の問題として以前から指摘されている通りである。若者の就職難や外資系企業の韓国撤退の動きが、こうした問題の解決を促しているが、ここでも具体的な処方箋は示されていない。日本企業にとっては、徴用工問題による資産差し押さえ問題もあるが、それもここでは言及されていない。

 少子化問題は、日本を含む先進国共通の問題であるが、韓国については、日本以上に厳しい展望が示されている。この時点でのOECD予測によると、加盟国23か国で2100年までに人口が減少するとされている国は9か国で、その内20%以上減少するとされているのが、韓国、日本、ドイツ、ポルトガルの4か国。しかし、減少幅は韓国が「断然一位」であるという。外国人移民労働者への低賃労働の依存と彼らの法的地位の問題も、日本と共通している。この辺りもいろいろ策は練られ実施されているようであるが、現状効果は限定的で、国民の支持も上がっていないのも日本と同様である。

 創意あふれる人材教育も、日本などと共通する課題である。家計を圧迫する私教育負担と、有名大学進学後も、大企業への就職のため「受動的」な学習に努める大学生といった問題も同様である。

 そして最後に、何事も困難を「他人のせいにする文化」という韓国社会の特徴が挙げられている。それは時として、国、大企業、あるいは親に対する厳しい批判となって噴出する。またそれが「情実採用」という批判が向けられる政府機関や大学などで、今度はガス抜きのための「抽選制度」導入が進められるが、今度はそれが競争精神の欠如を促すことになるという悪循環も指摘されている。国会・公務員批判もその一例であるが、こうした文化・国民感情は、多かれ少なかれどこでも見られるものであるが、韓国の場合はより鮮明で、彼らの「事なかれ主義」を促す要因の一つであるとされている。

 こうしてこの本では、最後に有力政治家、公務員、財界、学会関係者のインタビューを加え、こうした課題への対応を提案させているが、どれも単なる「言い放題」で、具体的な処方箋を提示するものにはなっていない。

 以上のとおり、この新書は、先に読んだ日本人元大使による文在寅批判のような、特定の政権と政策に対する議論ではないことから、余り読んでいて刺激がない。そして、繰り返しになるが、多くの指摘されている課題は、日本を含む先進資本主義国共通の問題である。そして、それらは、足元の新型コロナや、ロシアによるウクライナ侵攻で表面的な議論は消えているが、実は益々深まっているというのが現実である。その意味で、ここで提示されている課題は、隣国の一つの課題ではなく、むしろ日本が突き付けられているものであると認識すべきなのであろう。競争力のある産業育成(「新しい資本主義」???)、そのための人材教育、そして少子化対策による労働人口減少への対応等、それなりに日本政府も対策を講じているが、まだまだ十分というにはほど遠い。そうした日本自身の課題を提示している報告として読む必要がある新書である。

読了:2022年5月5日