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韓国「反日フェイク」の病理学
著者:崔 碩栄 
 1972年韓国ソウル生まれで、1999年から日本に在住している韓国人著者による、韓国での反日感情の広がりについて批判的な視点から論じた2019年4月出版の新書である。

 日韓関係については、足元ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領の下で、急速に改善が進んでいる。徴用工問題での韓国司法判決による日本企業への強制執行を阻止するべく、政府による代替支払い案が提示され、中断していた首脳によるシャトル会談の復活、そして日本による半導体材料規制の解除や軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の正常化といった方向に進むことが期待されている。他方で、1965年の日韓協定やその後の慰安婦問題などで、政権が代わる度に合意事項が反故にされた日本からの懸念は残っており、簡単にこの日韓関係が改善されるという訳でもないだろう。特に、今回のユン大統領の動きに対して、韓国内で起こっている「屈辱外交」批判をどう抑えるかが最大の課題であることは言うまでもない。著者は、そうした韓国内の「反日感情」が政治的に操作されたものであり、その背後で北朝鮮の息のかかった勢力が存在していると批判的に論じている。

 その議論は、日本の立場から見るとたいへん分かり易く、感覚的にも説得力がある。まずは、韓国メディアの傾向として、米国への姿勢は右翼系と左翼系で異なるが、日本については全てのメディアが「反日」であり、その報道については、多くの歪曲記事や誤報があるが、それの真相が明らかになっても謝罪や記事の修正が行われることがほとんどない、というところから議論が始まる。その例として、2017年に公開された韓国映画「軍艦島」に登場した「朝鮮人強制連行労働者」の悲惨を綴った落書きが、北朝鮮支持者により、映画の演出として制作されたものであったが、2020年にそれが明らかになった後も、それを批判するどころか、それが公共放送や歴史教科書等で公然と使用され続けたことを挙げている。1965年に制作された日本統治時代の悲惨な朝鮮の姿を描いた映画でもその落書きが使われていたが、同時に、北朝鮮支持者が制作したその映画は、1965年の日韓国交正常化を進めた当時の朴正煕政権に対する批判でもあったという。そこには、日韓関係改善を阻止しようとする北朝鮮関係者の策略が見えていると考えるのである。

 一風変わった例としては、竹島近辺に生息していたアシアについて、日本統治時代の日本による乱獲で絶滅の危機に晒されている、という議論が報道されているが、実際には1970年ごろまでこの地域にアシカは生息しており、またこの話が広がったのは2005年に、島根県が「竹島の日」を制定してからであるということで、政治的な意図に満ちたものであるという。

 韓国は、反日に関する問題の取扱いで「ダブルスタンダード」を駆使しているとして、著者は、「天皇―日王」呼称問題、「日本海―東海」名称問題、「旭日旗(戦犯旗)」問題等の例を挙げる。韓国で「天皇」を使うのに抵抗感が広がったのは1989年、つい最近のことであり、終戦後、それまでは何の抵抗もなくその呼称が使われていた。また韓国も対外的にその呼称を使っており、金大中や廬武鉉が使っても特段拒否反応は起こらなかった。しかし日本人、や右派政治家がこれを使うと反発するという「ダブルスタンダード」になっているという。「日本海」という呼び名が韓国内で拒否反応が広がったのは、これもある海洋会議がソウルで開催された1994年以降のことであり、特に韓国人がこれを使うと「親日」として非難を浴びるという。それでも、中国が「日本海」と呼ぶことは特段批判されることはない。著者は、韓国は「東海」を使い、日本他は「日本海」と呼ぶだけで、「日本海」を使うものを非難する必要はない、と主張するがその通りであろう。そして最後の「旭日旗」に対する拒否反応も2010年以降という最近のことである。そして似たようなデザインが使われても使う主体により非難されたりされなかったりという「ダブルスタンダード」になっているということである。そして次に議論は、日本と韓国の間で常に軋轢の原因となっている慰安婦と徴用工の問題に移る。

 慰安婦問題は、韓国内では、その強制連行や奴隷のような生活に異議を唱えることがタブー視されており、そうした議論がある種の魔女狩り的に非難される風潮が一般的である。著者は、より客観的な分析が炎上し、場合によっては名誉棄損として訴訟沙汰にまで発展した例を挙げながら、「被害者の証言」だけを基に、それを真実だ、とする風潮を批判することになる。そして「日本軍の慰安婦問題」が注目を浴びるようになったのが1991年以降であり、戦後長きに渡ってその問題が大きく取り上げられることはなかった事実や、朝日新聞が取り上げ、その後虚偽と判明された「吉田証言(済州島からの200名規模の女性の慰安婦としての拉致)」が、日本ではその朝日新聞が大きな批判に晒されたのに対し、韓国では依然としてそれがいろいろな局面で「真実」として使われているといった奇妙な実態を指摘することになる。あるいは国連人権員会で、スリランカ人であるクマラスワミ弁護士主導でまとめられた報告書の作成過程で、慰安婦問題を主導する勢力からの相当なロビー活動があったことなども取り上げられている。そして強制連行や虐待があったかもしれないが、その反面で朝鮮戦争時の米国兵向けのそうした施設を含め、「自発的」にそれに応募していったという事実や、戦前・戦後のそうした日本の施設に、日本人のみならず朝鮮人も通っていた、という証言なども取り上げて、日本軍のそれだけを一方的に非難し、政治化している背後には、それを利用し、且つ韓国全体の風潮を作り上げている政治勢力があるとするのである。そしてそれは「徴用工」問題についても同様で、一方で「しょっぴかれたと被害を主張する人と、自発的に行った人が同時に存在し、賃金を受け取れなかったという人と、賃金を貯めて故郷に戻りそれで成功したという人が同時に存在する」ということになる。そして、この問題についての「バイブル」と言われる1965年に日本で出版された「朝鮮人強制連行の記録」という本が、北朝鮮の影響下にあり、また日本のみならず米国帝国主義、そしてそれと結託する韓国の政権を批判している点も指摘している。いわば、日米と韓国の連携を阻害することが、その大きな政治的目的となっている著作ということになる。しかし、日本と比較して米国に対する感情は韓国では然程強くないことから、結局占領が長く続いた日本に対する批判感情を刺激するという結果になったということにある。そしてこうした点を総合的に判断すると、慰安婦や徴用工についての日本批判の背後にある政治勢力は北朝鮮やその影響下にある左派勢力で、日(米)韓の連携強化を妨げることがその最大の政治目的であるという結論になるのである。本当は日本が大好きな韓国の人々も、こうした風潮のもと、大きく声を上げられない状態が依然続いている、というのが著者の意見である。

 この著者の議論を見てくると、韓国にもこれほどの「親日派」がいるという驚きと、他方でこの著者は韓国ではそれこそそうしたレッテルを張られ非難の対象になっているのだろうという懸念を感じざるを得ない。またそれに加え、確かに日本側からするとたいへんまっとうな議論なのであるが、同時に日本の保守勢力からは相当の支援も受けているのではないか、という感覚も否定できない。

 問題は、こうした議論が韓国で依然強い非難に晒されている根本的な要因が何か、ということになる。冒頭に述べたような、足元のユン大統領の政策転換が、ウクライナや中国による台湾への武力侵攻の可能性、更には北朝鮮による軍事力強化といった緊張関係の激化を踏まえた対応であることは確かであるが、それがより永続的な流れとなることがあり得るかどうか、というのが当面の最大の関心である。政権基盤が弱くなるとナショナリズムが強まる、というのはどの国でも、いつでも起こり得る現象であるが、韓国の場合はそれが反日を刺激するという動きなるというのが、何度も繰り返されてきた実態である。それは、やはり1910年以降、本来は「朝貢国家」で格下の日本に植民地支配されたというある種の劣等感に起因する歴史意識故であるのも明らかで、それは同じナショナリズムが、「反米」と異なる要因である。そうであるとすると、その「植民地支配」という歴史がある限り、こうした反日ナショナリズムは、政権基盤は不安定になると何時でも頭をもたげることになる。そして著者が指摘するような、北朝鮮関係勢力による(あるいは、足元の情勢を考えると中国やロシアも加わった)政治的策動の余地は常に考えておかなければならないだろう。同じ植民地支配を受けた地域でも、台湾では「親日意識」がこうした問題にならないこととの比較は常に言われるが、おそらく韓国の状況が簡単に変わることはないのであろう。改めて日韓関係の難しさを感じさせる著作である。

読了:2023年3月21日