アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
アジア読書日記
その他アジア
韓国「反日民族主義」の奈落
著者:呉 善花 
 今年2月に読んだ「韓国併合への道 完全版」(別掲)の著者による2021年4月出版の新書。前回読んだ著作で、1910年の日本による韓国併合迄の過程を追いかけ、この併合が、韓国の近代化の失敗によるー特に韓国の支配者である李朝が、頑固に旧来の清国への朝貢体制に固執し、近代化を拒んだのに対し、日本は韓国の開国と近代化を意図してその対朝鮮政策を進めたーと論じた著者は、ここでは韓国の「反日」についての批判的な考察を行うと共に、発表時の韓国文在寅政権に対する全面的且つ徹底的な批判を展開している。

 いうまでもなく、文在寅政権の下で、日韓関係は、従軍慰安婦、徴用工問題に加え、両国間の安保・防衛協力問題(自衛隊機へのレーザー照射等々)等で、戦後最悪と言われるまでに悪化してきた。その後、2022年の現尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の保守政権への転換を経て、急速に改善してきた日韓関係であるが、昨日(11/23)、旧日本軍の元慰安婦らが日本政府に損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、韓国のソウル高裁が23日、国際法上の「主権免除」を認めず、元慰安婦らの訴えを認める等、引続きこの問題を含め日韓関係には多くの障害が残っていることが改めて実感させられた。その日韓の問題を含め、著者は文在寅政権について、「ファシズム化」といった激しい言葉で批判していくのである。

 その批判は、文在寅政権による国内での、国民の表現の自由を脅かす様な手段を使用しての保守派排除のあからさまな動きに始まり、強大な大統領権限への唯一のチェック機能を担っていた検察改革から、反日教育・感情の強調、北朝鮮への融和政策等、全面的である。そして著者は、先ずは、日韓関係の主要な課題である従軍慰安婦、徴用工、竹島領有権、日韓併合時の日本の韓国での諸政策等々で、韓国内で、政権主導による大きな嘘が堂々と主張されている、という議論から始めることになる。

 文政権のみならず、韓国の歴代政権が、多かれ少なかれそうした反日政策に依拠してきた要因を示すことになるが、著者はその根底にあるのは、「反日」ではなく「侮日」であり、「小中華主義」であるとする。文化的に中国や韓国から離れている日本は「明らかに自分たちよりも劣った野蛮な夷賊」で、より高い位置にある朝鮮半島が、そうした日本に支配されたという大いなる劣等感こそが、こうした「反日―侮日」の心理的な要因であると見るのである。他方こうした「中華意識」は、中国に対する「事大主義」的な姿勢を生み、その中国の影響圏となっている北朝鮮に対する阿りの要因にもなっているとする。また韓国の「民族主義」は、一般の途上国のそれと異なり、「反日民族主義」と言え、それは@「朝鮮侵略史観」、A「中華主義思想」、そしてB「祖先が受けた被害については、子孫はどこまでも恨み続け、罪を問い続けいくことが祖先への孝行だ」という「儒教的道徳観」から構成されると説明している。こうした中で、「反日」自体は、戦後の独立と共に役割を終えたはずであるのに、韓国ではその後の国民意識の一体化のために使われ続けた訳だが、その歴史的根源は、李朝時代から続く挙国一致体制の欠如にあり、それが戦後も続いたということになる。また韓国独立の評価も、終戦直後は、日本の敗戦と、南北対立の中での米国による保護が明らかであったことから、流石に「自ら勝ち取った独立」とは言えなかったが、文民政権が成立し、そうした戦後の記憶が薄れてきてから、そうした主張が前面に出てきた、とされるが、そうした意識が為政者や国民の蟠りとして依然残っていることも指摘されている。そうした意識にとって、「反日」という御旗は国民統合のために非常に使い易い力を持っているのである。

 そうした分析を経て、著者は足元の文在寅政権批判に入る。2020年4月の総選挙で文在寅の与党「共に民主党」は大勝を収めたものの、その後噴出したスキャンダル・不正や内外に渡る失政で支持率を急落させ、最終的には、2022年3月の大統領選挙で、保守系野党「国民の力」の尹錫悦に大統領を譲ることになる。この著作では、その政権交代前の文在寅政権の数々の問題を指摘することになる。

 詳細は省くが、スキャンダルについては、文在寅の娘家族のタイ移住が政府からの不正支出に関係しているのではないかといった疑惑から始まり、大統領周辺幹部の失脚や不正揉み消し疑惑、セクハラ疑惑などが列挙される。また「失政」としては、社会主義的色彩の強い憲法改正や経済停滞、対米(対トランプ)での存在感の低下に加え、頼みの北朝鮮、中国関係でも相手にされない状態に陥っていった点などが挙げられている。もちろん日本による韓国への「輸出管理強化」も、文政権は慰安婦・徴用工問題への日本の報復、と批判するが、実際は韓国を経由しての北朝鮮への戦略物資横流し疑惑が最大の理由であるとする。更に「従北・人権問題」とされる反対派への言論統制等も、政権の末期症状の現れとされる。そして文政権は、「自由民主主義」から北朝鮮的な「人民民主主義=国家社会主義=独裁・ファシズム的傾向」へ以降しつつある、とまで言い切ることになるのである。またそうした反対派潰しのために「反日」が使われるというのも、この政権の特徴であるとして、そうした事例も列挙している。更にこの時点では、文政権側近の疑惑を追及する尹錫悦検察総長率いる検察対大統領府の抗争にも広がることになる。そしてこの著作の最後の章は、文政権下で進む「歴史観の北朝鮮化」とそれに伴う韓国政治の「従北化」を取上げ、それにより北朝鮮は益々韓国に対して高圧的・侮蔑的姿勢を強め、同時に欧米日本は文政権への不信を強めているという事例を報告しこの本を締めくくることになる。

 この前に読んだ「韓国併合への道 完全版」の評でも書いたが、これだけ「親日」的立場からの議論を出すと、著者は韓国側からは相当批判を浴びるだろうと想像されるが、著者のひるまない姿勢は評価できる。そして結果的には、この新書出版後の大統領選で文在寅の後継候補であった李在明(イ・ジェミョン)は敗れ、政権交代が行われることになったことで、著者が溜飲を下げたのは確かであろう。

 韓国の政権については、私自身は以前からリベラル派に親近感を持っていた。そして軍事政権の時代から、金大中を始めとする民主化運動家が激しい弾圧を受けながらも最後は民主化を達成し、政権も獲得するという実績を積み上げるのを、好感を持って眺めてきた。もちろん政権自体はその後、保守派への政権交代もあったが、それでも2017年5月、文在寅が、保守本流の朴槿恵(パク・クネ)から政権を奪った際は、相応の期待もあったというのが正直なところである。しかし、その文政権の下で、日韓関係が戦後最悪と言われる状態になったことについては、たいへんな失望感を抱くと共に、何でこうなったのか、という疑問も抱き続けていた。その意味で、この著作により、その理由の大きな部分が理解できただけではなく、韓国のリベラル勢力の問題点もそれなりに認識することになった。それはある意味、日本のリベラル政権であった民主党(特に鳩山由紀夫首相)時代の対中国弱腰外交を含めた内外政策での失政等と類似していると言えなくもないが、韓国の場合にはそれに「反日」という要素が加わることになるのでたちが悪い。しかし何故リベラル政権であると「反日」が強化されるのか?恐らくは、統治能力の不足から、そうした「ポピュリスト的手段」への依存に頼ることになる、というのが真相であろう。冒頭に書いた足元の慰安婦問題はあるが、その結果が現在の尹錫悦政権での日韓関係の改善になったことは好ましいのは確かである。当初著者に接した際に感じた、典型的な保守派の議論への違和感は薄れ、むしろ現地の情報に精通した著者の、尹錫悦政権への評価を含めた今後の韓国政治・経済・社会についての分析・報告に期待しているところである。

読了:2023年11月23日