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モンゴルはどこへ行く
編著者:窪田 新一 
 9月に4泊5日のモンゴル旅行を予約していることから、この国の最近の状況を少し知っておこうということで、図書館で見つけ手に取った単行本。2022年1月の出版で、編者は私と同じ1954年生まれで、外大のモンゴル語学科を卒業した後、80年代には中国内モンゴル大学の客員教授を務めたりしながら、2005年から現在までは日本モンゴル協会理事長となっている。特にモンゴル仏教史を専門にしているということである。その彼がその活動を通じて知り合ったと思われる、この国に関する各分野の人々からの寄稿をまとめた作品である。出版時期が丁度新型コロナの感染拡大期で、この国はどこよりも厳しい入国制限をひいていたようで、その部分では、私の今回の観光旅行の様に、現在は大きく状況は変わっているが、それ以外の部分については、「広大な草原に覆われた遊牧民国家」というイメージしかないこの国の現在を知ることができる。

 政治体制については、社会主義を脱却した後の1992年制定の憲法に基づく民主主義国家で、直接選挙で選ばれる大統領の下、人民革命党と民主連盟という2大政党が競う内閣が行政を担うことになっている。但し政権交代により公務員が大きく入れ替わることから政策の一貫性が損なわれ、また鉱山利権や土地の許認可での汚職(癒着・腐敗)が一般的であり、一部の富裕層と一般庶民の貧富格差という問題を抱えているとされる。最近の日本留学組を含め、こうした汚職に批判的な若い世代が新たな政党を立ち上げるといった動きもあるが、まだ少数勢力に留まっているようである。

 外交的には、この国は、元朝が中国等を支配した一時期を除けば、中国の支配下にあり、そして近代はそれにロシアの強い影響力が加わったということになる。そして日本との関係においては、満州国の建国後の植民等で繋がると共に、ノモンハン以降は敵国として、第二次大戦後は戦時賠償問題や日本人抑留者問題などが残ることになる。そして日本で正式の外交関係を模索する動きは、1961年のモンゴル国連加盟までなかったようである。その後の接触を経て正式な外交関係が樹立されたのは1972年2月。そして戦時賠償に代わる経済協力として、日本からの資金によるゴビ(カシミヤ)工場の建設などが行われたが、社会主義下のモンゴルとの関係は文化・人材交流も含めてなかなか進まなかったようである。それがようやく軌道に乗ったのは1989年の市場経済移行からで、同年の同国経済危機への対応も含め、日本を始めとする国際社会からの支援を受けて、モンゴル経済はそれなりに発展することになったようである。
 
 ただやはり寒冷地であることに加え、乾燥地帯で降水量も大きく変動すること(国土の約8割が草原である)から、農業はなかなか広がらず、遊牧中心の牧畜業に頼らざるを得ない状況は変わらない。他方カシミヤなどの伝統産業を除けば、産業基盤がない状態であったが、鉱物資源(銅、石炭、そして砂金等)が豊富であるということで、この開発に急速に傾斜するが、それが環境汚染問題を引き起こしていることが伝えられている。

 モンゴル伝統医療の説明に続いて、乗馬ツアーが語られるが、これは今回の我々のモンゴルツアーの一つの目玉であることから、興味津々であった。ただ初心者から経験者夫々に適したツアーの説明は一般的で、それほど参考になるものではない。しかし、この国で10年に及び、遊牧業に従事しながら乗馬のエコツアーの運営をしている日本人女性(山本千夏氏)がいるというのは驚きであった。今度訪問した際にはこの名前について現地で聞いてみたいと考えている。

 モンゴルの食生活や「草原文明研究所」といった文化研究の試みなどの説明は流し読み。2014年に日本のそれを参考に設立された高専卒業生の日本での研修や就職斡旋、ひいては母国での活躍への期待といった部分は、これからの課題であろう。そして最後はこの本の編者であり、長年モンゴル仏教学者としてこの国と日本の民間交流に尽力してきた窪田の回想記。特に1983年8月から約3年間の、妻と幼い子供を連れての(そしてそこでの妻の出産もある)中国内モンゴル大学での研究生活は、私と同じ年齢の著者が、私がロンドンに駐在した時期に、それとは比較にならない厳しい環境で生活していた様子が綴られており、なかなか感慨深い。

 いずれにしろ、モンゴルと言うのは日本にとっては、関取の供給源ということを除けばあまり外交や経済面での関係はあまり深くなかったし、今後も大きな進展は期待できないように思われる。覇権主義を強める中国に対する牽制と言った面でも、然程の力を持っているとも思えず、日本国内でこの国への関心がいっきにたかまるということもないだろう。それを前提に、しかしかつてはチンギス・ハーンが欧州の一部を含め世界帝国を形成したこの国の現在の姿を、今回の旅行で確認しておきたいと思うのである。

読了:2024年7月12日